バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

9月のコーディネート 単衣の加賀訪問着に、夏冬同柄の帯を合わせる

2020.09 23

今朝、店のシャッターを開けていたら、二匹の犬を連れて散歩していた女性から、声をかけられた。全く面識のない人だったので、戸惑い気味に応対すると、「ここを通る時は、あなたのお店のウインドを見ることを、いつも楽しみにしています」と話される。和装にはほとんど縁は無いが、飾ってある品物の色目や図案からは、季節の移ろいを強く感じるそうだ。

そして、「一年通して、ウインドに季節を感じる店なんて、本当に無いですから」と過分なお褒めを頂いたので、私の方が恐縮してしまう。

キモノや帯の中で表現される図案や色には、日本人の季節感が投影されている。だから、そんな品物を扱う呉服屋の店先には、季節ごとの彩が表れてくる。店の顔にあたるウインドを見れば、どのような店なのか一目瞭然であり、季節を強く意識したディスプレイにすることは、専門店としては基本中の基本と言える。

 

だが、大手デパートのように、問屋やメーカーがたやすく品物を貸すのなら、リスクを背負わずに、季節ごとの売り場を作ることが出来るが、地方の小さな店ではとてもそんな訳にはいかない。しかし、ウインドに季節が無ければ、それは専門店ではない。そして、カジュアルモノにこそ、旬が色濃く表れる品物を置かなければ、趣味のあるお客様には見初めて頂けない。だから店主は、自分の目を肥やしつつ、春夏秋冬それぞれに相応しいモノを探して店に置く。「売れ残るリスク」とは常に背中合わせだが、それを回避していては個性的な店が作れない。

和装を嗜まない方でも、ウインドに季節を感じ取って頂ける。これは呉服屋として、何よりの評価かと思う。店の前は、人通りがなく寂しくなってしまったが、だからと言って店の顔に手は抜けない。暖簾を掲げている限り、誰が見ていようがいまいが、やるべきことはやる。それが、個人で店を構える者の矜持というものであろう。

 

「暑さ寒さも彼岸まで」というように、朝晩は少し凌ぎやすくなったものの、日中はまだ30℃近い日が多い。季節の狭間に当たる9月は、日ごとに装いが変わり、品物選びが最も難しい月。

ということで、毎年この月のコーディネートは、単衣と薄物を併用しながら、品物をご紹介しているが、今年は、同じ図案の夏帯と冬帯を使い比べてみよう。この試みが、難しい9月の組み合わせを考える時に、少しでも皆様の参考になれば良いのだが。

 

(裾ぼかし秋草模様・加賀友禅訪問着  立湧菊模様・紗白地袋帯と黒地袋帯)

一昨年の9月にご紹介した、夏冬二刀流の帯を使ったコーディネートでも、使った単衣のキモノは加賀友禅の付下げ。しかも図案が秋草模様だったので、今日使う訪問着とイメージが重なる。秋単衣の付下げや訪問着となると、どうしても秋草文辺りが無難になってしまう。読者の皆様には、以前と似たようなキモノを使用して申し訳ないと思うが、お許しを頂きたい。

さて、この凡庸な単衣に対して、合わせる帯は同じ機屋の同じ図案。色は白と黒、素材は夏と冬の違いがあるものの、果たしてどのように変化が付くだろうか。単衣着用の微妙な時期に、どれほど帯の力が発揮できるか、試してみたい。

 

(白地 裾藤紫色ぼかし 秋草模様 加賀友禅訪問着・小田美知代)

裾に、道長取りで藤紫色のぼかしを付けた訪問着。図案の嵩は少なく、配色はおとなしく、極めて控えめな印象を持つ。少し寂しげな秋の野の風景を、女性らしい繊細な筆致で描いている。昔ある作家が、加賀友禅で描く花は、10円玉の大きさから外れないと言っていたが、まさにこのキモノは、そんな小花を集めた優しい図案になっている。

秋草文はあくまで秋の図案なので、袷に使っても何も問題は無い。けれどもこのキモノの場合、地色といい、暈し具合といい、楚々とした挿し色といい、どう見ても単衣の風情である。

小菊・萩・撫子・女郎花・薄。控えめに咲く秋の野花は、加賀友禅のように写実的な描写では使いやすいモチーフ。そして装う人からすれば、夏から秋へと、移りゆく季節を象徴する植物文だけに、使う時期を想定しやすい。秋の野花は、単独で図案になることは少なく、大抵このように何種類かを集めて意匠化される。

撫子と萩。花の中心に、柔らかいピンク暈しが施された撫子と、墨書きのような萩とは、対照的な色合い。全体を淡く仕上げる加賀友禅は、時として色目が単調になるものの、葉一枚、花一輪ごとに暈しを駆使し、挿し色を工夫することで、加賀特有の品の良さが表現されている。

橙色の女郎花は、可愛い姿。元々この花の名前は、女性の立姿に見立てて付けられている。だから、秋草の中に女郎花が入るだけで、途端に雰囲気は優しくなるのだ。

この訪問着の作者は、小田美千代さんだが、糸目の細やかさや挿し色の優しさが、いかにも女性的。師匠の坂井正雄さんも、繊細な糸目を引く方で、おとなしい色合いの作品が多く、茶屋辻や松竹梅文など、オードドックスな古典文様を得意とした。

小田美知代さんの落款。加賀友禅の場合、弟子の作品はどこか師匠に似ることが多い。友禅技術の基本は同じなので、当たり前と言えばそれまでだが、異なるモチーフや意匠でも、どことなく雰囲気が似通う気がする。なお、坂井正雄氏には小田さんを含めて、四人の弟子がいる。(後の三人は、中田冬穂、佐藤克司、吉村伊佐子の各氏)

では、この典型的な「秋草単衣」に、同柄夏冬帯で旬を極めてみるが、どうなるのか。早速、ご覧頂くことにしよう。

 

(白地 有職立湧に菊文様 紗袋帯・紫紘)

9月初旬~中旬を想定した「夏帯合わせ」。夏のフォーマル帯の代表格・紗袋帯。紗は、二本の経糸が緯糸一本ごとに捩り目を作り、これが透かし目となって帯の表情に表れる。見た目にも涼やかな上、独特のシャリっとした手触りがある。

キモノも帯も地が白なので、帯がキモノの中に埋没するように感じられるだろう。しかも、加賀友禅特有のおとなしいキモノの挿し色に対して、帯の図案配色も、パステル色だけを使っている。つまりは「似た者同士」なのだが、着姿に「楚々とした姿」を求めるなら、帯にアクセントを付けない、こんな組み合わせがあって良いと思う。

前姿は立湧が横に向くので、波文のように見える。キモノ地は白と言っても僅かにクリーム色が掛かり、帯の白とはほんの少しだけ色の差が付いている。キモノの写実的な小菊と、帯の図案化された菊。こうした気づき難いモチーフのリンクも、面白い。

小物はキモノの小菊・ピンク色に合わせてみた。帯の有職菊にも薄ピンク系の配色が見られるので、色の齟齬は無い。帯に色の主張があまり無いので、帯〆の色が強調される。小物の色次第で、雰囲気は変わるだろう。夏帯なので、小物も夏モノを使う。 (夏帯〆・龍工房 絽帯揚げ・加藤萬)

 

(黒地 有職立湧に菊文様 袋帯・紫紘)

9月中旬~下旬を想定した「冬帯合わせ」。立湧(たてわく)は、別名で「たちわき」とも言い、雲気が立ち上る姿を見立てた図案。

ふくれた二本の線の間に、この帯に見られる菊を始めとして、藤の花や唐花、また雲や波なども配される。単純な図案だけに、様々にアレンジされて意匠化されている。

黒地というだけで、すっかり着姿が引き締まる。この秋草訪問着は単衣を想定しているが、この帯を使うならば、袷で誂えても良いだろう。写実的なキモノと図案化した有職文の組み合わせ。いつも思うのだが、出自・性格の異なる文様を、帯とキモノとで分けて合わせると、上手く納まる気がする。

夏帯合わせだと、その控えめな装いにより着姿に軽さが見えるが、この冬モノ黒地帯を使うと、少しフォーマル感が出てくる。季節が先に進んだ時には、帯を変えることによって、着用の場面も変わっていく。

小物の色は、帯の菊図案にある薄鶸色に合わせる。夏帯の時と違い、黒地の帯でインパクトが付いているので、小物には際立った主張はいらない。従って色は、キモノや帯と同系のパステル色を使う。そしてこの小物は、もちろん冬モノ。          (帯〆・龍工房 ぼかし帯揚げ・加藤萬)

 

今日は単衣の訪問着に、季節の異なる夏冬の帯を合わせるという、9月ならではのコーディネートを考えてみた。「立湧に菊」という、全く同じ図案の有職文帯で考えてみたが、その違いを感じ取って頂けただろうか。同じ図案の帯を、色違い、または季節違いで、二本求める方はあまりおられないので、今日の内容は現実味に乏しいように思う。

けれども、夏帯・冬帯それぞれには、季節に寄り添った「映り方」があり、それはたとえ図案が同じであっても、違いは明らかだ。9月に着用する単衣は、どうしても、日ごとに変わる気候を見極めながら、帯を変えていく必要が生まれる。難しいことだが、この微妙な季節の帯の使い分けに、ぜひ心を留めて頂きたい。

最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

平安貴族の美的意識が偲ばれる有職文は、定型化して融通が利かないイメージもありますが、使っていてとても安心感のある文様です。今日の立湧を始め、小葵・八藤・襷・雲鶴・鸚鵡の丸など、図案だけでなく、時には構図の区切りとしても用います。

そしてこのスタンダードな文様は、特に帯で自在さが発揮されます。例えばフォーマルモノの場合、何を合せるか困った時には、有職文を使うと大概間に合ってしまいます。幾何学的図案のアレンジだけに、使い勝手の良さは抜群なのでしょう。

文様の中には、こうした「オールラウンドプレイヤー」的なものが存在します。これを糸質や織技法にこだわる優れた機屋が織ると、なお価値が上がります。皆様もどこかで一度は、「千年続いている有職文」をお試しください。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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