バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

3月のコーディネート  どんな春でも、サクラ咲く

2020.03 24

14日の土曜日、山手線・京浜東北線の新駅・高輪ゲートウェイ駅が開業した。品川と田町の間に設置されたこの駅は、元々広大なJRの車両基地があった場所で、この土地の再開発利用の一環として整備されたもの。1971(昭和46)年に西日暮里駅が開業して以来、山手線の駅としては、49年ぶりの新駅となる。

高輪ゲートウェイ駅のコンセプトは「未来の駅」。タッチしやすい新型改札機の導入を始めとして、警備や駅案内、清掃を行う自立移動型ロボットが構内を行き交い、エキナカにはICカードで決済をする無人店舗が並ぶ。つまりは、徹底的に「人を省く」駅なのである。当日はこの未来駅の姿を一目見ようと、朝4時の一番列車到着前には、300人以上が並び、ウイルスによる自粛ムードにも関わらず、終日賑わいを見せた。

 

そして同じ日、もう一つの路線が新しい出発の日を迎えた。それは、東日本大震災による原発事故の影響を受けて止まっていた、常磐線・富岡~浪江間の運転が再開されたこと。営業を再開した駅は、富岡・夜ノ森(やのもり)・大野・双葉・浪江の五駅。いずれも、帰還困難区域に指定された自治体の中心駅である。

常磐線沿線のこれらの自治体では、まだ多くの地域で避難が解除されず、故郷に戻れない人は、今だに4万人を越えている。そして避難している人の多くは、たとえ避難が解除されたとしても、元の土地に戻らないと決めている。そのため、どの町でも帰還した住民は少なく、以前と同じ暮らしを取り戻せてはいない。震災から9年経つが、生活を根こそぎ破壊する原発事故は、つくづく恐ろしいと思う。

 

今回再出発した駅の一つ、夜ノ森駅の近くには、道の両側に500本ものソメイヨシノの木が並び、春にはサクラのトンネルが出来る。ここは、福島県浜通りを代表する桜スポットとして知られ、毎年大勢の花見客を迎えて賑わっていた。しかし、原発事故後は立入禁止区域となり、愛でる人もいないままに、花だけが咲き誇っていた。

人は、自分の身の周りで起きる様々なことで、日々の生活や人生までもが変わっていく。けれども、自然の万物は変わることなく、季節ごとに彩を見せる。先週から、各地で桜の開花が始まり、春本番を迎えた。きっと淡色の優しい花々が、閉塞感に満ちたこの国の人々を、和ませてくれるに違いない。

ということで、今月のコーディネートのテーマは、サクラ。どのような春姿を映すことが出来るのか、試すことにしよう。

 

(桜鼠色 小桜模様・墨描友禅小紋  白地 波紋に桜散らし・九寸織名古屋帯)

本来ならば、キモノや帯のモチーフとする植物文は、季節に相応しい花を選び、着用する人に旬を意識させなければならないだろう。古来から日本人は、季節ごとに素材・色・図案を変えながら、時に応じた衣装を考えてきたが、それは四季のある国に生まれた人々の特有の感性に、起因してきたものだ。

だが、桃山から江戸と時代が進むにつれて、人々がキモノの意匠に求めるものは、旬だけではなくなった。もちろん、季節を前面に出した図案も健在だったが、春秋、あるいは四季の植物を、一堂に集めて模様とする意匠も多くなった。そして、特定の植物だけを組み合わせた、おめでたい文様・吉祥文が生まれる。松竹梅文や四君子文などが、これに当たる。また、花籠、花の丸、花車、花筏など、四季花と器物を組み合わせた文様も、吉祥的意味を持つ文様として、フォーマルモノを中心に意匠化された。

現代のキモノ意匠にも、こうした傾向は続き、フォーマルモノの多くが、四季を混合した花と優美な道具を用いた「吉祥文様」を使っている。これは、モチーフの花が特定の季節に偏らないことで、春秋いずれにも安心して着用できる、そんな実用的な使いやすさもあってのことと思われる。

 

ということで、一つの植物図案で旬を表現する品物は少なくなったが、カジュアルモノには、装う人の季節へのこだわりを意識したものが、まだ作られている。モチーフは四季ごとに様々あるが、品物の中に最も多くみられる「旬の花」と言えば、それはサクラであろう。

よく考えれば、桜の花は開花から散るまで、せいぜい半月ほど。とすれば、サクラだけを図案に使うキモノや帯の旬も、それほど長くはない。蕾が膨らみだす3月の初めから着用したとしても、一か月である。では何故、サクラだけの意匠が多いのか。それはやはり、日本人がこの花を、日本を代表する花また象徴と考え、多くの人から愛されているからだろう。そこには、他の花と違い、季節を感じさせるだけではない、特別な意味合いが込められている。

植物文の中で、最もポピュラーな桜。それだけに、キモノや帯の図案として様々なものがある。今日は、小紋と名古屋帯を組み合わせて、桜の装いを考えてみる。

 

(一越桜鼠色 小桜散し模様 墨染手描き友禅小紋・トキワ商事)

サクラをテーマとする品物の数は多いだけに、その姿は多様。花弁だけをモチーフにした図案、枝に咲く姿を写したもの、そして花筏や流水と組み合わせて、散りゆく姿を描いた意匠。また桜の種類も、最もポピュラーなソメイヨシノを始め、早咲きの八重桜、山に咲く吉野桜、枝垂れる姿が特徴の彼岸桜など、それこそ枚挙にいとまがない。

小紋によく用いられる図案は、やはり花弁だけを切り取った姿で、特に江戸小紋では、小花を一面に散らした図案をよく見かける。そして、花の形にも工夫を凝らし、蔓を付けた唐草様の桜花を連続させているものもある。型紙を使う小紋の図案として、可憐な桜花は恰好のモチーフである。

この小桜小紋は、型紙を起こしたものではなく、手描き手挿しの友禅小紋。そのため、模様配置や間隔が不均一になっており、散り桜の姿をうまく描き出している。そして、地色は桜色に墨をかけたような桜鼠色。これが、模様の淡色とリンクして、少しぼんやりとした春の風情を醸し出す。

明るい陽光の下で咲く桜もあれば、こうして、くぐもった空の下で散りゆく桜もある。時に応じて、印象を変える桜花。その姿を作品に、どのように投影するのか。作り手は、描き方や配色で工夫を凝らす。

桜小花の配色は白と墨色だけだが、微妙に濃淡を付けている。一輪ずつ手で色を挿している手間が、おぼろげな花姿を上手く描き出す。品物から受ける印象は、こうした僅かなあしらいから生まれてくる。

花を拡大すると、丁寧な友禅の仕事が見えてくる。上の画像では、10輪の花弁があるが、その形は一輪として同じものがない。そして墨染桜の色に、僅かな差が付いていることも判るだろう。

白い桜花には、ほんのりと桜色の気配を感じる。だが、この桜色の挿し方も、一枚ずつ違っている。こうした施しに、サクラに対する作り手の気遣いや思い入れが見て取れる。この桜友禅小紋は、型紙小紋が持たない、模様の柔らかさと繊細さが感じられる品物と言えるだろう。

では、墨染桜の小紋にはどのような桜帯を合わせて、春姿とするのか。考えてみる。

 

(白地 波紋に桜散らし模様 九寸織名古屋帯・龍村美術織物)

龍村の帯模様と言えば、まず正倉院的な、あるいはオリエンタルな主張の強い個性的な図案が思い浮かぶが、この帯は実にはんなりとした、龍村には珍しい日本的な帯。すっきりした白地に、銀糸で織り出した波紋の上に、桜を散らしている。

波紋の渦の間隔が不規則で、中心に向かって擦れるような織の工夫がみられる。桜の花弁はハート形で可愛く、配色は赤・橙・ピンク・若草と多色。明るく清楚で、優しい印象を残す。昨年秋に、小物の用事で龍村の東京ショールームへ寄ったとき、偶然机の上に置いてあった品物。可愛いモノ好きのバイク呉服屋が、一目で気に入った帯で、社員がどこかへ持っていく予定だったらしいが、無理矢理に強奪してしまった。

前模様は、小さな波紋と花弁一枚。構図はお太鼓とほぼ同じだが、左右で少し図案と配色が異なる。色の気配が少ないので、帯地の白さがかなり際立つ。ではこの帯を、墨染桜の小紋と組み合わせ、桜を尽くした着姿を作ってみよう。

 

キモノ地色の桜鼠色は、かなり淡い色だが、上に白地の帯を載せてみると、十分に色の差が付き、帯がキモノに埋没するようなことは無い。また、どちらもテーマは桜散らしだが、構図が全く違うので、模様が重なってくどくなるようなことも無い。

前の合わせ。キモノの小桜に色の気配が無いだけに、帯のハート形桜花の色が目立つ。もし、このピンク系の花色が無ければ、着姿はかなり沈んだ気配になると思う。

小物は、帯に付いている花弁のひといろを使う。こちらは、帯揚げ・帯〆ともにおとなしい桜色を使ってみた。若干インパクトには欠けるが、着姿全体を桜で染めることにはなるだろう。なお帯〆には、赤と白の小さな花弁を二枚ずつ組み込んでいる。

帯揚げだけを、替えてみた。花びらにある緑を基調とした、椿模様の帯揚げ。この色は着姿から僅かに覗くだけだが、上の同系色の合わせと比べると、少し雰囲気が違ってくるように思える。

帯〆・伊賀組紐 井上工房  帯揚げ(桜花弁と椿模様)・二点ともに加藤萬。

 

今日は、「どんな春でも、サクラ咲く」と題して、散り桜をモチーフにしたキモノと帯を使ったコーディネートを試してみた。今年は、春の装いとして桜を楽しみつつ、外歩きをすることは難しいだろうが、せめて皆様には、画像だけでもお目に掛けたいと思い、今日の組み合わせを考えてみた。

日本人の誰もが愛するサクラ。巡り来る次の春は、明るい気分で眺めたいものだ。  最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

先週、東京でも開花が宣言され、この三連休中には、自粛が叫ばれる中でも、多くの人が桜を見に出かけたようです。ニュースで見る限り、上野公園の人出は例年よりかなり少なかったですが、目黒川の桜並木は賑わっていました。

有名な花見スポットへ行くことも良いでしょうが、桜の木は少し探せば、身近なところで簡単に見つかります。小学校の校庭や、小さな公園、川沿いの小道などなど。今年は、近くの桜をそっと愛でる方が、相応しいのかも知れませんね。

私も、今度の休みには、近くの川辺を散歩しつつ、桜を見つけて楽しもうと思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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