バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

12月のコーディネート 優しいパステル色の訪問着を、上品に着こなす

2019.12 22

今年を表す漢字一文字が、「令」と決まった。5月には、平成から令和へと元号が移り、新しい時代の幕が開いた。万葉集・巻5梅花の歌32首の序文を出典とするこの元号について、安倍首相は、「人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ」という意味を込めたと語っていたが、果たしてどのような時代になるのか。

令には、良いとか素晴らしいという意味があり、和は和らぐとか穏やかなという意味を持つ。おそらくこの年号には、平和で良い時代になるようにとの願いも、込められているのだろう。

だが世界を見渡してみると、どんどん「和」からは離れているように思える。多くの国では、排外主義・自国第一主義を標榜する政治家が指導者に選ばれ、その結果として、国際協調が破壊され、民主主義は危機に陥っている。ナショナリズムが増幅した果てには、何が待っているのか。人々は、その恐ろしさを忘れてしまったのだろうか。世界中を巻き込んだ先の大戦が終わって、75年。戦争の愚かさを知る世代も、少なくなった。だが、「歴史が繰り返す」ことだけは、どうしても避けなければならない。

 

さて、バイク呉服屋が今年を漢字一文字で表すとしたら、何だろうか。

9月には、このブログを訪問された方が100万人を越えた。読者の方々には感謝の他なく、その意味では「謝」になる。また今年は、双子の女の子に誂えた桜と桃の小紋を始めとして、オリジナル品の相談を多く受けた年でもあったので、「創」でも良いだろう。そして2月には、うちの主要取引先だった菱一が突然廃業して、私を驚かせた。だから「廃」も、候補になる。

だがどれも、象徴的な一文字としては物足りない。とすると、やはり「還」になるか。今年60歳になったバイク呉服屋は、めでたく還暦を迎えた。この先、何年この仕事を続けるか判らないが、一つの節目であることに違いはないだろう。とりあえずは先を考えず、一年ずつ時を刻み、その結果として長く商いに携わることが出来たら、それが一番だと思う。これから先は、あまり無理をせず、呉服屋の仕事を楽しみたい。

そこで今年最後のコーディネートは、バイク呉服屋好みのパステルな訪問着を使って、優しい着姿を演出してみる。美しく心を寄せる令和の時代に相応しい、穏やかで上品な印象を残す姿を考えたい。

 

(薄桜クリーム色片身替り・花籠模様 訪問着  引き箔・七宝花菱重ね文様 袋帯)

桜色、青磁色、浅紫色、水浅葱色、白鼠色・・・。原色に白を混ぜた中間色・パステルカラーは、どれも淡く柔らかい色調を見せる。この色の気配が、女性らしい優しさや可愛さを演出する、いわば「フェミニンカラー」となる。

こうしたパステル系の色をキモノの地色に使うと、女性らしさだけでなく、控えめな品の良さも生まれてくる。フォーマルで着用する品物は、場面ごとに相応しい色や模様があると思うが、パステル地色は、誰の眼にもその美しさが印象付けられる。

その色合いは微妙なもので、僅かな濃淡でも雰囲気が変わる。日本人は、こんな色目の変化を、本質的に見分ける能力が備わっている。本来和装とは、こうした色が持つ、慎ましやかさと気高さを表現する装いではないだろうか。

 

この気品ある姿を、最も具現された方と言えば、それは先の皇后陛下・美智子上皇后を置いて他にはおられまい。折に触れて拝見する美智子さまのキモノ姿は、どんな時も優しく、上品さに溢れている。

今手元に、朝日新聞社が編集した「美智子さまのお着物(2009年発行)」という写真集があるが、その画像を見ると、ほとんどのお召し物の地色が、薄地の柔らかい色目。そして年を経るごとに、色はなお優しくなり、図案も控えめになっている。

常に天皇陛下に寄り添いながらも、前に出ることはなく、いつも少しだけ下がったところにおられる。ご自分の立つべき場所、立場をお考えになっていることが、その装いにもはっきり表れている。そしてそこにこそ、和装が持つ本来の美しさ、魅力が醸し出されているように思える。やはり、この姿は、最も良いお手本になろう。

上皇后陛下の装いに到達することは、やはり難しいが、その雰囲気を感じ取って、品物を選ぶことは出来る。今日は、どなたが見ても、女性らしさが感じられるような、そんなコーディネートを試すことにしたい。

 

(桜色とクリーム色 片身替り地色 四季花籠模様 京友禅訪問着・菱一 売約品)

右半身と左半身で模様や配色を変えることを、片身替り(かたみがわり)と呼ぶ。こうした図案構成は、すでに鎌倉期には見られており、後の桃山期から江戸初期にかけては、かなり流行した。

この訪問着は、地色の配色を変えることで、片身替りとしたものだが、その色目は、桜色、クリーム色と双方がパステル色。基本的には、模様の中心となる前身頃がクリームで、後身頃が桜色だが、一番目立つ上前身頃、衽の上部は、二色の間に白が入り、暈したような色の気配を見せている。

桜とクリーム、そして白。地色を構成する三つの色目は、いずれも柔らかく、はんなりとしている。パステル系のひと色だけを使って地色としても、十分に優しい雰囲気にはなるが、こうした多色構成にすると、色彩がより柔らかくなるような気がする。

 

上前から後身頃に施されているのは、四季の花々を盛り込んだ花籠模様。

花籠文は、画像で見ての通り、花を盛った籠を文様化したものだが、中国では、この文様を古くから、縁起のよい瑞祥文様としてきた。中国の三大宗教・道教の中には、神に近い存在として、八人の仙人(八仙)がいたが、それぞれの仙人は、それぞれが神通力を発揮するための道具・暗八仙を持ち歩いていた。

その仙人の一人、藍采和(らん さいか)が暗八仙として、いつも持ち歩いていたものが、花籠だった。こうしたことから、中国では花籠が吉祥の道具とされたのである。

こんな理由もあって、花籠は日本でも文様化され、室町後期から江戸期にかけて、絵画の題材として、また陶器や蒔絵の図案として、頻繁に使われるようになった。もちろんキモノの文様としてもあしらわれ、特に江戸期の小袖は、水浅葱縮緬地花籠文小袖(国立博物館所蔵)に代表されるように、多くの品物にこの図案を見ることが出来る。

模様の中心・上前身頃と衽には、花籠が三つ。花は、菊・桔梗・百合。

訪問着全体から見ると、花籠の図案は大きくなく、数もさほど多くない。上の画像に見られる上前の三つの籠の他に、裾に近い前身頃から後身頃にかけて二つ、後身頃に二つ、さらに上前胸と左前袖に二つ。合わせて、全部で九つの籠が描かれている。

上前の胸には菊の花籠、左前袖には梅の花籠。

花の内訳は、模様中心の三つの花に加えて、萩・杜若・梅。それぞれの季節を代表する花を、バランスよく配置しており、春秋何れの季節にも着用できるように、配慮されていることが判る。

百合を拡大したところ。花弁の輪郭と花芯に、刺繍のあしらいが見える。

梅の図案。枝ぶりには手で引いた糸目の姿があり、丁寧な友禅の仕事が窺える。

訪問着としては、模様に嵩が少なく、決して目立つ品物ではない。だが、パステル色に染め分けた地と、繊細にあしらわれた花籠の文様が、見る人の眼に、上品で優しい印象を残す。これは、「楚々とした美しさ」を、全体から感じることが出来るキモノと言えようか。

では、このキモノのイメージを、そのまま着姿に反映するためには、どのような帯を合わせればよいのか。考えることにしよう。

 

(金引箔地 太子御守袋文様<七宝花菱重ね模様> 袋帯・紫紘)

紫紘では、この帯の文様を「太子御守袋文」と名付けているが、文様として見れば、これは七宝文の中に花を配した・七宝花菱重ねである。七宝文は、平安中期から現れた和風文様・有職文の一つ。聖徳太子が活躍した6世紀後半には、こうした文様は見られないので、紫絋がなぜこれを、太子のお守り袋図案としたのか、その理由がわからない。

名称の謎はさておき、この帯は、少し大きめの七宝花菱を帯幅いっぱいに織りなし、それを重ねたもの。紡錘円を四つ繋ぎ合わせた七宝文は、形を様々にアレンジしながら、多くのキモノや帯の意匠として用いられる。言わば、スタンダードな文様の一つ。

金地ではあるが、糸の色を抑えているために、柔らかい帯姿に映る。また、七宝の輪郭に使っている白が、優しい印象を残す。中に配される花それぞれの色も、それほど強くなく、どちらかと言えばパステル色に近い。

こうしてお太鼓の形に作ってみると、七宝文にインパクトはあるが、色目はおとなしく、帯が前へ出すぎるきらいは、少ないように思える。では、この帯を、花籠の訪問着と組み合わせるどうなるのか、試してみる。

 

キモノが花をモチーフとした図案なので、七宝のような幾何学図案の帯を合わせると、バランスが良くなる。また、キモノと帯双方ともに、色を柔らかく抑えているので、合わせれば雰囲気は自然と優しくなる。

前の合わせ。前に出るキモノの桜地色を、柔らかい金引箔の帯地が引き立てる。上品さを損なわずに、帯としての主張もある。色のバランスはうまく取れているように思う。

小物も主張しすぎないように、色を抑える。おとなしいキモノと帯の合わせだけに、帯〆に強さを出して、着姿を引き締める方法もあるが、今回は小物も含めて、すべてをパステル基調にしてみた。帯揚げは、キモノ地と同系の桜色暈し。帯〆は、帯の花菱の色から採った薄橙色と若緑色の暈し。(帯揚げ・加藤萬 帯〆・龍工房)

 

今日は、誰の眼にも「気品のある姿」として映るようなコーディネートを考えてみたが、如何だっただろうか。淡いパステル系地色のキモノには、着姿に明るさと品の良さが感じられ、どんな人の眼にも馴染む。それは、日本女性特有の、控えめで奥ゆかしい姿と重なるからだと私は思うのだが、皆様はどのようにお感じになられるだろうか。

最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度ご覧頂こう。

 

今年も毎月一回、なるべくその月に相応しいと思われる品物を選び、コーディネートをご紹介してきた。毎回、私の独断で組み合わせを考えているので、ご覧になる方の中には、また別の考えもあるように思う。

和の装いは、キモノと帯、そして小物類の使い方が一つでも変われば、その姿は違ってくる。自分が思うような着姿を形作ることは、難しいが、実に楽しい。来年も、より皆様の興味を惹くような、個性的なコーディネートを考えていきたい。

 

写真集「美智子さまのお着物」には、全部で107点の装いが収められています。

1958(昭和33)年、皇室会議で正式にご婚約が決まった後、東宮御所を訪ねられた時は、キモノが、白地に菊と牡丹の花を紐で繋いだ江戸解文様の中振袖。帯は鮮やかな濃朱色に、桜や梅花を織りなした錦織。その姿には、気品に満ちた若々しさが溢れています。

そして時は過ぎ、2005(平成17)年の紀宮・清子さまの結婚披露宴では、柔らかな胡桃地色に小さな竹をあしらった友禅の訪問着と、菱文様の金引き箔帯を合わせています。これは、お嬢様である清子さまの母として、晴れやかな中にも控えめな姿が映し出されているように、見受けられます。

美智子さまの装いは、見事なまでに、その時々に相応しい姿となって表れていて、これはまさに、日本の民族衣装を象徴する姿とも言えましょう。今年新しく皇后陛下となられた雅子さまが、これからどのような和の装いをなさるのか、注目したいと思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日付から

  • 総訪問者数:1777098
  • 本日の訪問者数:69
  • 昨日の訪問者数:410

このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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