バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

11月のコーディネート  秋桜染帯と赤蜻蛉大島で、暮秋の装い

2019.11 17

このところ、すっかり日が短くなった。3時半を過ぎると、もう太陽が西へ傾き出すので、仕事をしていても、何となく急き立てられている気分になる。冬至まではあと40日もあるので、まだまだ日暮れは早くなる。

けれども、短い日を惜しむかのような茜空は、とても美しい。風が冷たさを増し、日ごとに気温が下がる。鮮やかな夕空を見ていると、空気の凛冽さにも季節の深まりを感じる。家々では、そろそろ冬支度を始める頃だろう。

 

秋は夕暮れ。夕日の差して山の端 いと近うなりうるに、からすの寝所へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど 飛び急ぐさへあはれなり。

春は夜明け前の空、夏は夜、冬は早朝、そして秋は夕暮れ。清少納言が、「あはれ=しみじみと趣がある」と感じた時間は季節ごとに違うが、夕映の中、急いでねぐらに帰っていくカラスの姿に、この季節特有の寂しさと落ち着きを感じたからこそ、「秋は夕暮れ」となったのであろう。

夕焼けが 燃えて落ちてゆくよ 山並みのむこうへと 馳せる想い         あの人が くらす町もやがて 薔薇色に染まるころ                あの人も 仕事を終えて 今頃家路をたどっているだろう             離れてるけど 同じ愛 みつめ                         (「幸せになるため」  ハイファイセット/作詞・荒井由実 1976年)

バイク呉服屋は、秋の夕空を見ると、枕草子とともに、この歌を思い出す。今から40年も前の歌で、それもスタンダードな楽曲ではなく、知る人も少ないだろうが、聞くと心が温かくなる。秋の夕暮れ時は、ふと大切な人を思い出したくなる、そんな時間なのかもしれない。

冬の足音が聞こえ始める今の季節を、暮秋(ぼしゅう)と呼ぶ。そこで今月のコーディネートでは、秋桜と赤蜻蛉をモチーフにして、深まる秋をテーマにカジュアルな装いを考えてみよう。

 

(赤蜻蛉小絣 泥染大島紬・クリーム地 秋桜模様 染帯)

キモノや帯にあしらわれている植物文。花には季節ごとに特徴があり、春は穏やかな息吹を、夏は季節の輝きを、冬は寒風の中に息づく姿を、感じさせてくれる。そして秋は、少し寂しげで落ち着きのある佇まいを見せてくれる。

春花は、早春の梅、椿を始めとして、桜や桃、牡丹など赤やピンク系の花を付けるものが多く、モチーフとして使うと華やいだ意匠になる。それに比べると秋花は、色の気配が抑えられ、控えめ。堂々と大輪の花を付けるのは菊くらいで、色鮮やかなものは楓の赤。だがこれは、葉が枯れ行く時の一瞬の美しさなので、花の色ではない。

 

そんな秋花の中で、秋桜(コスモス)だけは、別。道端で秋風にそよぐ赤やピンク、白の花びら。花そのものはそれほど大きくなく、一本一本は線が細い。だが、何本かが寄り添うように咲いている姿は、可憐でいじらしい。秋の野に彩を添えている優しい色合いは、春花にはみられない控えめな美しさがある。

野花のイメージがある秋桜だが、元はメキシコ原産の外来種。明治初期に日本に持ち込まれ、観賞用として栽培され始めた。景観用、あるいは観光用として、コスモス畑を作ることも多いが、やはりこの花は、道の傍らで何気なく咲いている自然な姿が、一番似つかわしく思える。

どことなくかよわく、優しい女性をイメージさせる秋桜。今日はまず、そんな秋桜をモチーフにした女性作家の帯を御紹介し、そこから暮秋の装いを考えてみる。

 

(クリーム色地 秋桜模様 手描き友禅染帯・湯本エリ子)

以前にも作品を紹介したことのある、女性作家・湯本エリ子さん。モチーフを自分の視点で個性的にアレンジし、女性らしい優しい挿し色で、モダンに仕上げる。遊び心をもたせた図案で、さりげなく花の季節感を表現することを得意としている。

京都北部・亀岡市に工房を構える湯本さんは、時間の許す限り、近くに広がる里山を歩いて野花をスケッチしている。この原図を基にして、自分の感性で、作品を創る。おそらくこの秋桜の図案も、そんな日常の中から生まれたものであろう。

お太鼓の図案。赤とピンクに色分けした花びら3枚と、白い花びら3枚、そしてピンクだけの花びら1枚。これをバランスよく丸く配置している。また、枝も同じように円形で描く。秋桜花の丸と枝の丸と呼べそうな図案。

このように、モチーフの花を花と枝に分離して、丸く図案化する発想は斬新で、他ではあまり見かけない。丸みを帯びた秋桜はとても可愛く、目を惹く。カジュアルな帯だからこそ、個性が光る。可愛いモノ好きのバイク呉服屋の心を、一目で掴んだ帯。

地色は、柔らかなクリーム色。上質なバニラアイスクリームを思わせる乳脂色は、優しさを引き立てる色でもある。画像から判るように、生地は塩瀬ではなく、細かい市松地紋があるので、図案の中から僅かに地紋の表情が覗く。

花の蘂は、金をあしらう。丸い蘂も、よく見ると僅かに形がぶれている。こうしたところに、手描きの仕事が表れる。また、白い花にあしらったグレーの縁取りが、図案の中で生きている。こうすることで、ピンク花と交えて丸く描いた時に、模様のバランスが良くなる。そしてこのグレーは、モノトーンの枝の色ともリンクしている。

帯の前模様。一方はお太鼓と同じ図案。逆手側にあたる図案は、花びら本体は白く、縁取りでピンクとグレーに分けている。こちらもすっきりと可愛い模様なので、使いたくなる。

さて、可憐さと楽しさを兼ね備えたこの秋桜帯には、どのようなキモノを合わせると、秋の深まりを感じさせる装いのなるだろうか。

 

(泥染本場大島紬 十字絣に赤蜻蛉絣・奄美 伊集院リキ商店)

泥染大島の色は極めて黒に近く、深い。従って、自然に着姿が落ち着き、秋冬に着用するイメージがある。絣に色の気配が無いと地味になるが、それだけに、帯次第で変化が付きやすいと言えるだろう。

けれども、絣のモチーフによっては、季節感が前に出る品物もある。昨年2月のコーディネートで取り上げた、椿重ね大島(恵織物)もこれに当たる。やはり、ありきたりではなく、絣図案に個性を感じさせるものは、目を惹く。

細かい十字絣の中に、所々見える蜻蛉の絣。この大島の面白さは、何といっても、赤い羽と緑の体を持つ赤蜻蛉絣に尽きる。ちょっと見るとリボンのように見えるが、よくよく模様を眺めていると、蜻蛉だと理解出来る。

蜻蛉の配列には規則性があるので、仕立をすると、着姿全体に満遍なく模様が出て来る。そして、この赤蜻蛉絣の大きさが丁度良い。主張しすぎないが、さりとて十字絣の中に埋もれてもいない。

地球印は、奄美の組合証紙。泥染めの証票も見える。もし、この蜻蛉の配色構成が、赤と緑でなければ、仕入れることは無かっただろう。では、赤蜻蛉大島と秋桜帯を組み合わせると、どうなるのか、早速試してみよう。

 

画像の写し方が稚拙なので、蜻蛉の絣が上手く表れていないが、コーディネートした時の雰囲気は判って頂けるように思う。キモノは絣で蜻蛉を表現し、帯は丸く図案化した秋桜。秋を象徴するモチーフが、きっちりとした染と織でデザイン化されている。

深く沈んだ泥の中に、きらりと光る赤。不思議な表情を見せる大島だが、可憐な秋桜を合わせることで、ぐっと着姿が和らぐ気がするが、どうだろうか。

前の合わせ。黒とベージュを組み合わせると、インパクトがある。大島の深みは、明るい帯をつかうことで、より印象付けられる。小さいながらも、ユニークな蜻蛉絣があることで、着姿を面白く演出している。

 

赤蜻蛉の色に合わせて、真紅の帯〆と帯揚げを使ってみた。すこしビビッドすぎるきらいはあるが、個性的な着姿になる。(帯〆・帯揚げともに今河織物)

こちらは秋桜の花びら・ピンク色を使った合わせ。秋桜の優しいイメージが広がり、可愛い印象が強くなる。(帯〆・帯揚げともに加藤萬)

 

今日は、秋桜と赤蜻蛉を使い、暮れゆく秋に相応しい姿を考えてみたが、如何だっただろうか。季節を感じさせるモチーフは、単純に季節感だけでなく、そこに作り手の個性がかいま見える図案や彩りを持ち合わせていないと、ただ「旬な品物」というだけで終わってしまう。

カジュアルの装いは、着用する方それぞれの図案や色の好みが、そのまま着姿に表れる。自由に楽しく、そして個性的に。それが全てであり、そこに季節ごとのアクセントが加わると、なおバリエーションが広がる。どうぞ皆様も、存分に自分の個性を発揮して頂きたい。

なお、この秋桜の染帯は、すでに先月売れてしまった。求められた女性は、小柄で愛らしいけれども、とてもしっかりされていて、芯の強い方。可憐で一見か弱く見えるが、風で折れても茎の合間から芽を出す。そんな秋桜とイメージが重なる。やはり、品物の持つイメージ通りの方に、着用して頂くことは、扱う者としてとても嬉しい。

最後に、今日御紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

世の中便利になり、声を聞きたくなれば、すぐにコンタクトをとれるようになりました。裏を返せば、相手がどこにいて何をしているのか、簡単に把握出来るようになったということです。

携帯電話もPCもない昭和の時代には、どうしても、ある程度は相手との距離が出来ました。けれどもそれは必然的に、お互いの時間を尊重しながら、お互いを大切に思うことに繋がっていた気がします。

どんな場所にいても、必ず毎日訪れる夕暮れ。遠く離れていても、同じ思いの中で一人見る夕映えは、心に沁みます。切なさの中で育む恋愛を、経験出来難くなった時代。便利になったことと引き換えに、お互いの思いを増幅できる時間が削られてしまいました。それは、見えない相手と時間を共有する想像力を失ったことにもなるのでしょう。

私は、不便な昭和の時代に、若い時間を過ごすことができて、つくづく良かったと思っています。今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

なお、18日(月)~23日(金)は、私用のため、仕事を休ませて頂きます。頂いたメールのお返事も、24日以降になってしまいますが、何卒お許し下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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