バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

キモノの「縫込み」について  寸法直しの成否を握る重要な鍵

2019.07 29

江戸時代から続く商家の「暖簾分け」は、長い間奉公し、店に貢献してきた者に対し、その独立を手助けする制度。同じ屋号を使うことを許可し、磨いてきた商才を発揮する場所を与える。時には、持っている顧客を分け与えることもある。これは、現代のコンビニにおけるフランチャイズ契約に見られるような主従関係ではなく、無論、主家の業務を拡張する目的などない。

こうした暖簾分けは、技術を次世代に継承するための優れた智恵でもある。それは、呉服屋の仕事で欠かすことの出来ない職人の世界でも、長い間脈々と受け継がれてきた。

 

例えば、和裁士の育成を見てみよう。職人を目指すためには、まず師匠のところへ、内弟子に入る。そこで、寝食を共にしながら、様々なことを学ぶ。技術的なことはもちろん、職人としての心構えを叩き込まれる。

凡そ6、7年で一通りの仕事を覚え、その間に技能認定試験を受けて、資格を取る。そして、師匠が「一人前になった」と認めると、暖簾分けをする。その時師匠は、自分に仕事を出している呉服屋に対して、「今度、この子が独立するので、仕事を廻して下さいね」と依頼する。

呉服屋の方でも、店が信頼している師匠の下で育ち、技術が認定されたとなれば、仕事を出さない理由は無い。こうして、若い職人は、独立後すぐに仕事が廻り、工賃を得ることが出来るようになる。こんな育成制度の下で、長年職人は育ってきたのだ。

 

しかし残念なことに今、内弟子をとる和裁士がほとんどいない。無論、徒弟制度という職人の育成方法は、現代社会においては前近代的なものであり、受け入れ難いことは理解出来るが、「キモノを縫えるようになりたい」と考える人は、少なくないと思う。

先日、店にやってきたお客様から、東京まで和裁教室に通っている話を聞いた。教えているのは、ベテランの和裁士さんだが、教室には若い方も多いらしい。「せめて、簡単な寸法直しくらい、自分で出来るようになりたい」と思ったことが、そもそもの始まり。けれども、地元の山梨には学ぶ場所がなく、仕方なく東京で探したとのこと。たとえ和裁のプロを養成しなくとも、一般の方が気軽に学べる場が身近にあれば良いのだが、今はそれも難しくなっている。

さて、寸法の直し方については、これまでも繰り返しブログの中でお話してきた。そして、読者の方々からお問い合わせを頂く内容で最も多いのが、やはり「直し」についてである。どこをどのように直せば、自分の体格にあったキモノになるのか。品物を受け継いで着用する方にとって、これは大変重要なこと。そこで確認の意味もあり、今日は改めて、直しの際のキーポイントとなる「縫込み」について、お話してみたい。

依頼される寸法直しで多いのが、身丈直し・裄直し・袖丈直し。今回は、この三ヶ所の部位に絞って、順番に稿を進めてみよう。

 

縫込みのポイント・1 身丈直し

身頃に入っている内揚げ。品物の総尺(長さ)や、着用する方の寸法にもよるが、凡そ1寸5分~2寸の余り布が、中に縫いこまれている。(この品物は、絹紅梅)

キモノを受け継いで着用しようとする場合、その成否を握るのが身丈である。無論、新しく着用する方と前の方とで、同じような背格好なら問題はない。けれども、前の方よりも身長が5cm以上大きい人が着用するとなると、身丈を直す必要が出てくる。3cm程度の短さならば、紐を下に締めるなどの「着用時の工夫」により、そのまま使うことが出来る。

裄や袖丈では、縫込みが少なくて寸法通りに直すことが出来くても、「短いと割り切って」着用することはできるが、身丈はそうはいかない。短ければおはしょりを作ることが出来ず、キモノとしての格好が付かない。だから、身丈寸法の問題は、着用の成否に大きく関わってしまう。

絹紅梅の内揚げ縫込みは、1寸5分(約5.5cm)程度。この品物を着用する方の身長は160cmで、身丈寸法は4尺3寸。縫込みから考えると、身丈の上限は4尺4寸5分となり、168cmくらいまでの身長の方であれば、十分に対応出来る。

この品物は浴衣だが、同様に小紋や無地のキモノなど、仕立ての際に裾で柄合わせの必要が無い品物は、必要以上の揚げを入れないために、出すことの出来る長さに制限が掛かることが多い。それが、模様合わせの位置が決まっているフォーマルモノ、つまり留袖類や訪問着、付下げなどでは、裾を切り詰めてしまうことが無いので、縫込みが多く入っている。だから、直すことの出来る寸法範囲は広く、フォーマルモノの方が身長差に対応しやすい面がある。

そしてフォーマルモノの場合、余った生地を、身頃に内揚げとして入れてあるだけではない。衽部分の余りは衿に、そして衿部分の余りは衿先に折り返して入れてあり、解いて縫込みを出せば、きちんとした寸法に仕上がる仕様になっている。代を受け継いで使うことの多い礼装用のキモノは、こうした工夫がなされているからこそ、新たに生まれ変わることが出来るのだ。

このように、キモノのアイテムにより、身丈縫込みにも違いが出ている。もちろんそれだけではなく、袖丈を長く取ったキモノには、身丈の縫込みが少なくなっていたり、古い品物の中には、元の反物の長さが今より短いことから、内揚げがほとんど入っていないこともある。

ということで、身長差があり、身丈の長さが現状より必要になる場合は、まず内揚げに入っている生地がどれくらいか、確認することが何よりも優先され、その結果を受けて、どのように直すか判断する。そして時には、キモノとして使うことを、断念しなければならないケースも出て来る。

 

縫込みのポイント・2 裄直し

裄直しは、依頼される寸法直しの中で、最も多い。バイク呉服屋が駆け出しの頃に覚えた裄の標準寸法(いわゆる並寸法)は、1尺6寸5分(62.5cm)だったが、これは、女性の平均身長が153cmほどだった「昭和の時代」に割り出されたもので、今の平均的な女性の体格からは、かなり離れている。

現代女性の平均身長は、159cm程度。従って、裄の寸法も1尺7寸5分(66.3cm)が標準となり、以前より1寸(3.8cm)長くなっている。キモノの寸法で、前世代と今世代の体格差が最も現れているのが、この裄部分であり、だからこそ直す頻度が高くなっている。

裄の縫込みは、袖側と肩側それぞれに付いている。このキモノ(紋綸子色紋付無地単衣)の縫込みは、袖付の左側・袖縫込みが約1寸(3.8cm)、右側・肩縫込みが約7分(2.7cm)。裄全体とすれば1寸7分(6.5cm)程度生地が入っていることになる。

この単衣色紋付の裄寸法は、1尺7寸。裄縫込みが1寸7分あることから、裄巾は最大で、1尺8寸2~3分まで広くすることが可能になる。なお、縫い合わせに4分ほど生地が必要となるので、1寸7分の縫込みを丸々使うことは出来ない。

 

こちらは、最初の内揚げ見本に使った絹紅梅の裄縫込み。計ってみると、袖側9分・肩側4分、合計1寸3分(約5cm)。前の無地紋付よりも、縫込みが4分ほど少ない。この浴衣の裄寸法は1尺7寸8分と長いが、縫込みを全部使えば、1尺8寸7分くらいにはなる。

このように、裄の縫込み巾は、それぞれのキモノによって異なる。それは、着用する方の裄寸法でも変わるが、何と言っても、そもそもの反物の巾がどれくらいかにより、大きく変わってくる。

それぞれの反物の巾は、およそ9寸5分~1尺5分まであり、そこに1寸くらい長さに差がある。キモノを仕立てる際に、横幅を切り落とすことはないので、残り布は全て反物の中に縫い込まれる。つまり、巾が広いものほど、縫いこむ巾が広がる可能性がある=長い裄にも対応出来るということだ。

昭和の頃までは、裄の標準寸法が1尺6寸5分だったので、これに従い反物の巾もそれほど広くする必要がなく、9寸2~3分もあれば十分だった。つまりこの当時は、1尺8寸以上の裄丈を、あまり想定していなかったことになる。だから、昔の裄の短いキモノを、現代の裄の長い人が着用しようとすると、縫込みは入っていても少なく、寸法通り直せないケースが数多く出て来てしまう。元の反物の巾に大きな原因があるので、これはどうにも仕方がない。

ということで、裄直しの際には、縫込みがどれくらいあるかが、特に注意が必要で、その幅の有無が直しの成否を握っている。そして、きちんと直すことが出来る場合は良いが、本来の寸法にならなくても、出来る限り広くすることで妥協するような場合には、使う長襦袢と齟齬が出てくることに留意されたい。

 

縫込みのポイント・3 袖丈直し

普通のキモノの袖丈寸法は、広くなった裄寸法と異なり、昔も今も1尺3寸(49cm)が標準である。一般的に、袖縫込みは2寸程度は入っているので、たとえ短い袖丈であっても、標準丈までには直るものが多い。

ただ、昔のカジュアルモノ、例えばウールや普段使いの紬類には、袖の短い品物があり、縫込みが入っていないものもある。年配の人や背の小さな方は、袖丈を標準より1寸~1寸5分ほど短く仕立てることも多かった。おそらく、日常生活の中で使うキモノは、長い袖が邪魔になったのだろう。そして縫込みのないこんな袖丈は、後で別の人が仕立て直すことを想定せずに、切り落としてしまったものと考えられる。

絹紅梅の袖縫込みは、1寸5分(5.5cm)。この袖丈は1尺3寸なので、縫込みを出せば、1尺4寸程度には十分長く出来る。

色無地単衣の袖丈縫込みは、2寸1分(8cm)。このキモノの袖丈も1尺3寸だが、縫込みが長く入っているので、紅梅よりも長い1尺4寸5分程度に直すことが出来る。

そして、例外的に袖が長い振袖についてだが、現代の振袖は、袖の長さの基準を3尺とする「大振袖」で作っているが、母親が着用した昭和の時代は、長さが5寸程度短い「中振袖」が主流だった。ということで、ママ振袖の袖を長くする場合には、3尺まで長くならないことが多く、2尺8寸くらいが限界になっている。

しかし、2~3寸の短さは着用の際にほとんど気にはならず、袖丈が着用の際に問題となることはまず無い。なお、振袖の袖丈を長くする場合には、同時に、一緒に使うママ長襦袢の袖丈も直さなければならない。もしキモノだけを長くして、襦袢が短いままだと、袖から襦袢が飛び出してしまうので、注意されたい。

 

日本の伝統衣装・キモノの優れたところは、体型が異なる人が着用することになっても、寸法通りに直すことが出来ること。つまり、「誰かが受け継ぐこと」を想定して、誂えてあるということだ。

仕立て上がったキモノを解き、洗張りやスジ消しを終えた8枚のパーツ(身頃・衽・衿)を繋ぎ合わすと、反物に戻る。そして、予め入っていた縫込みを使えば、以前よりも大きく仕上げることが出来る。

部分的な直しにしろ、完全な仕立替えにしろ、次に使う人を見据えた「縫込みの存在」が無いことには何も始まらない。どうか皆様も、この優れた施しを見据えながら、大切な品物を長く受け継いで行って欲しい。

 

以前、補正職人のぬりやのおやじさんから、修行時代の話を聞いたことがありました。

寝ることと食べることは、全部面倒を見てもらい、生活の心配は何もなかったけど、自由に使えるお金はほとんど無かったよ。銭湯へ行くのが楽しみだったくらいかなぁ。仕事を教えてもらうのだから、これくらいの我慢は当たり前だと思っていた。

これはまだ、徒弟制度が社会に根付いていた、昭和30年代のことです。今仕事を続けているベテランの職人さん達は、こうした経験を経てきた方ばかり。自分の仕事に対する心構えやプライドは、若い頃から十分に培われてきました。

「自分の体が続く限り、この仕事に携っていきたい」。これが職人さん達に共通する思いです。そんな姿を身近なところから見ていると、人生を貫く仕事を持つ尊さが、ほんの少しだけ判る気がします。人が自分の生き方に納得して生きる上では、学歴や地位や収入の差にどれだけの意味があるのかと、思わず考えさせられてしまいますね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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