バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

6月のコーディネート(後編)  竺仙の夏姿・令和カラー編

2019.06 15

バイクでの仕事で一番恐ろしいのは、雨に遭遇すること。バイク呉服屋の体が濡れてしまうだけなら全く問題は無いが、もし品物を積んでいたとしたら大変である。濡れてしまったキモノや帯の修復は大変で、元に戻らないこともあり得る。大切な品物を「お釈迦」にしてしまったとなれば、それこそ店の信用は台無しになってしまう。

以前は気象の急変に遭遇し、あわてて屋根のあるところに駆け込んで、難を逃れることもよくあった。夏の間は、遠くで雷が鳴りだすだけで恐ろしく、そんな時はバイクのアクセルを全開にして、全力で帰路につかなければならなかった。

けれども最近は、雷を避けることが容易になった。ネットの「雨雲レーダー」や「発雷予測」を見て行動すれば、雨に遭遇することは無いのだ。得られる情報の確率は高く、信頼は出来る。良い時代になったものである。

 

では、雷除けに対して、全く情報が無かった江戸時代の人々は、何を頼りにしたのかと言えば、それは、何と「赤いとうもろこし」。江戸の文化年間、このもろこしを軒先に吊るした農家には、雷が落ちなかったので、それが転じて「雷除け」となった。

こんな赤い粒のもろこしは、今ほとんど出回っていないが、これは「もちとうもろこし(ワキシーコーン)」という名前の種で、古くから栽培されていたもの。粒の色は、雷除けに使った赤(赤紫)の他に、黒や白、黄色もある。通常のスイートコーンよりも粒のでんぷん質にもち性があるため、名前の通りモチモチした食感を持つらしい。

この霊験あらたかな「雷除け・赤もろこし」は、江戸の寺社縁日でも売られるようになり、特に浅草寺の功徳日・四万六千日にあたる7月の祭礼には、欠かせないものとなった。だが明治に入ってからは不作で、赤もろこしの屋台が出せなくなってしまう。そこで困った庶民達は、浅草寺にもろこしの代わりとなるお札を依頼する。こうして出来たものが、現在、7月のほおずき市開催の二日間だけに授けられる「雷除札」である。

 

一度のお参りで、四万六千回参拝したことになる「浅草寺・ほおずき市」と、色とりどりの朝顔の鉢が並ぶ「入谷・朝顔市」は、どちらも、東京に夏の訪れを告げる風物詩。そして、浴衣シーズンの到来を感じさせてくれるお祭りでもある。今日は、そんな江戸風情を感じながら着用して頂きたい、挿し色のある品物をご覧頂こう。

 

(グレー地綿紬・ほおずき  橙色ぼかし・麻四寸半巾帯)

今日はほおずき市に因んで、まずほおずき柄の浴衣から。ほおずき市と言えば浅草寺だが、実は、港区にある愛宕神社の千日参りの方が歴史は古い。千日参りとは、浅草寺の四万六千回には及ばないものの、一日で千回お参りしたことになる功徳日。この日に、社殿の前に設えた「茅の輪」をくぐってお参りすると、千回分のご利益が得られるとされる。

愛宕神社のほおずき縁日は、浅草寺の市より二週間ほど早く、今月の23、24日に開かれる。神社の境内で自生していたほおずきを、薬草として売り出したのが、江戸・明和年間(1764~72)というから、今から250年ほど前のことになる。ほおずきは、漢字で「酸漿」と書くが、この根の部分・酸漿根には解熱や咳止めの作用があるため、煎じて飲むと効果があった。

ほおずきは「酸漿」の他に、「鬼灯または鬼燈」とも書くが、これは色と形が提灯を連想させ、お盆で先祖が帰ってくる時に道を照らすものとして、仏壇や神棚に供えたことに由来している。7月の盆近くに開かれる愛宕神社や浅草寺のほおずき市には、そんな意味も含んでいる。

こうして画像で見ると、この浴衣のほおずきは、「燈明」のようなぼうっとしたほの灯りを連想させる。あしらわれた橙色ぼかしの色挿しは、鬼灯の名前にふさわしい。

生地は不規則な綿状の糸・ネップ糸を織り込んだ、綿紬。生地に自然に表れる独特の白い織りフシが、グレー地色を和らげている。実の橙色と葉の緑色は、ともにぼかしを効果的に使っていて、ほおずきの図案をやさしく描いている。

やはり帯の色は、ほおずきの橙を使いたくなる。グラデーションを付けた橙一色は、浴衣のほおずきに挿した橙ぼかしと同じイメージ。下手に帯に模様を付けない方が、すっきりとした着姿になるだろう。キモノに使っている挿し色の中で、一番印象的な色を帯地色として使うことは、最もポピュラーなコーディネートの手段。

 

(藍色綿紬・業平菱  檸檬色ぼかし・麻半巾帯)

男モノの浴衣図案は、役者模様のくるわ繋ぎや三枡、菊五郎格子など幾何学模様が主流だが、女モノにはあまり使わない。この綿紬も、業平菱を重ねた意匠で、挿し色が無ければ男モノとして位置付けられるだろう。

菱文ほど多様に表現される幾何学文は少なく、この図案のように、右斜めと左斜めの線を二重、三重に重ねて「襷掛け」にするものも多い。業平(なりひら)菱は、太い線の両脇に二本の細い線をつけた三本一組で構成し、これを連続させる中に、細い線一本であしらった菱を組み入れる。

業平菱の名前は、「平安の色男・在原業平」から採ったものだが、この模様を業平が好んで身にまとったということではない。それはおそらく、この図案が、優美な平安王朝的な文様という意味で用いられたと思う。これは、地紙を重ねた模様構成・道長取と同じ発想のネーミングである。

業平菱の中の一本菱は、ある一定の間隔で横一列に並んでいる。そして挿し色が、水色、橙、黄緑の三色。男っぽい図案でも、この柔らかい配色が入るだけで、途端に女性らしくなる。

幾何学文は、夏植物や器物を使った浴衣とは違うシルエットとなり、モダンな印象を与える。そして生地が藍地の綿紬だけに、浴衣というより夏キモノっぽくなるだろう。

模様が密なので、この浴衣も無地っぽい帯でシンプルにまとめる。先ほどの橙色半巾帯の色違いで、こちらにもグラデーションが付いている。この通常より2分ほど幅が広い竺仙の麻帯は、僅かなぼかしが帯色に柔らかさを与えるので、とても使い勝手が良い。だから、毎年のように4,5色は仕入れて店に置いている。

 

(ベージュ地綿紬・立湧に桐葉  白地唐草の丸・博多絽半巾帯)

相対する二本の線の真ん中が膨らみ、両端がすぼんだ形の線が横並びする図案が、立湧(たてわく)文様である。これは、平安期の公家が装飾に用いた独自の模様様式・有職文の一つ。立湧は、図案真ん中のふくらんだ空間の中に、様々なモチーフを入れ込んで多様に表現されるので、そのバリエーションは広い。

この浴衣の立湧に入っているのは、桐の葉。桐は、花札では12番目の花。そして「ピンからキリまで」の言葉があるように、一年を締めくくる冬の植物というイメージがある。だが本来の桐花は、丁度今の季節、5~6月に紫色の花を咲かせる初夏の花。

旬を考えれば、もっと浴衣のモチーフになっても良さそうなのだが、意外と少ない。これは、桐文が高貴な文様として位置付けられることから、浴衣には少し使い難いのかも知れない。

桐は花を描かず、葉だけが立湧に添うようにあしらわれている。このため、模様全体が縦に流れ、伸びやかな図案になっている。こうした図案は、着姿をすっと立たせる効果がある。

配色は、立湧が濃い目の紫で、桐葉には紫からピンクへと暈しが入る。綿紬のベージュ地色と、葉のピンクぼかしが相まって、この浴衣を優しい雰囲気に仕上げている。いかにも女性らしい柔らかな色使いと言えるだろうか。立湧に紫色を使っているのは、桐の花が紫色だからなのだろう。花は無くとも、色で桐をイメージさせる工夫が、この配色には見受けられる。

帯は、あまり色を主張しないものを選んでみた。モチーフの花は、何とは特定できない唐花を丸く描いた「唐花の丸」。模様の配色は、ほぼ薄いピンクだけなので、着姿で帯は目立たない。このように、キモノと帯の色合いを同系の濃淡でまとめると、一つの色合いを着姿全体で表現することになる。帯にインパクトを持たせるコーディネートとは違う、一つの方法である。

 

グレー・藍・ベージュと三色の綿紬地に、それぞれの図案を生かす配色を施した三点の浴衣。帯合わせも、浴衣配色の中の一つを選び、考えてみた。

前回の「江戸・トラッド」では、挿し色の無い浴衣に対して、どのように帯を合わせるかがテーマだったが、今日のような挿し色を持つ浴衣に対しては、その配色を尊重しながら帯選びをすると、スムーズにまとまるように思われる。

 

(コーマ白地・朝顔  薔薇色小花菱模様・博多風通紗半巾帯)

最後に、夏を代表する植物を使ってリアルに花色を描いた、いかにも浴衣らしい品物を二点ご覧頂き、しめくくりとしよう。

江戸中期から、庶民の間で観賞用の植物として人気を集めた朝顔。恐れ入谷鬼子母神近くの言問通りでは、毎年7月6日~8日にかけて、盛大に市が立つ。江戸安政・嘉永年間に始まったとされる朝顔市だが、戦前には中止されていたものが、戦後の1948(昭和23)年に復活し、今年で71回目を迎える。

浴衣の植物図案には、萩や撫子、桔梗など秋草系のものが多いが、朝顔は鉄線と並んで、盛夏を代表する植物。古くから人々に愛されてきた夏花だけに、浴衣図案としての歴史も長い。いわば、使い尽くされてきた、もっともスタンダードな浴衣のモチーフ。

朝顔の花色として最もポピュラーな藤紫色を挿し、葉や蔓は緑の濃淡で描く。どこから見てもリアルな朝顔だが、この意匠の単純さがかえって潔く、白い地にも映えて爽やかな着姿となる。

このように、植物そのままの姿を模様で表現する時には、地に色を付けない方が良いだろう。白地だからこそ、本来の姿がすっきりと浮かび上がる。そしてそこには、夏の清潔さも強く感じられる。

単純な浴衣だけに、帯合わせも単純に考えて、朝顔の花色を使ってみた。薄紫より少し強い薔薇色で、小さい菱が浮き上がる風通織。紗の透け感が、涼しげに映る。

 

露草は、ひっそりと咲く夏の野花の代表。前回、色挿しのない葉だけをモチーフとした綿絽の品物を紹介したが、この浴衣は、露草本来の姿をそのまま図案にした浴衣。

この花は、道端や庭の片隅に自生するので、夏の間はどこでも見ることが出来る。そして花は朝咲き、昼にはしぼむ。そんなつつましさやはかなさが、人の心を捉えて、歌にも数多く詠まれてきた。まさに、「日本人好み」の花と言えよう。

二弁の花びらが左右対称に並ぶ、露草の花。こうして図案にしてみると、より可愛らしく見える。花のコバルトブルー、蘂の黄色、葉の緑。夏花として色のバランスが絶妙で、見ているだけで爽やかになる。前の朝顔同様、白地であることで模様が生きる。

帯は、蘂の黄色を使う。織り出された小さな花菱の色が、露草の花色とリンクした水色なので、より合うように思える。こちらも、前の帯と同様に紗の風通織。

 

花の姿と色を見たそのままに描く。ありふれていると言えばそれまでだが、何の衒(てら)いもない素直な意匠は、浴衣本来が持つ涼やかさや爽快さを引き出してくれる。このような、浴衣の原点に戻るシンプルな着姿が、見直されても良い気がする。

 

二回にわたり、色を挿さない「江戸トラッド」と、挿し色を付けた「令和カラー」、それぞれ5点ずつ全部で10点の浴衣を御紹介してきたが、如何だっただろうか。

それぞれに特徴があり、合わせる帯を工夫することで、また着姿の印象が変わっていく。何を選ぶかは、着る方次第。江戸では、夏を告げる祭りもそろそろ始まる。皆様も、お気に入りの一枚で、ぜひお出掛け頂きたい。そして浴衣は、一番気軽な和の装い。キモノに慣れている方も、そうでない方も、一緒に楽しんで欲しいものだ。

 

やはり梅雨時は、バイク乗りにとって憂鬱な季節です。仕事には使わなくても、通勤する際には、合羽の着用を余儀なくされます。そこでバイクの製造元・ホンダには、スーパーカブ専用の、自由に取り外しが出来る「庇(ひさし)」を開発して頂きたいと思うのですが、無理な相談でしょうか。

そうでなければ、やはり荷台に「赤いとうもろこし」を括り付けて、雨除けを祈願する他に手段がありません。とは言っても、赤もろこしなどどこで売っているのかも判らないので、そこは浅草寺のお札で代用するしかないでしょう。

そのうち、竹串に挟んだ三角形のお守り札を、ナンバープレートの上に張り付けたバイクが、甲府の街中を疾走するはずです。もし見つけたら、ぜひ声を掛けて下さい。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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