バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

八掛の色選びを楽しもう  小紋編  図案の挿し色から考えてみる 

2019.02 13

バイク呉服屋は、このところ戸惑っている。何に対してかと言えば、このブログ読者を始めとして、様々な方から頂戴する疑問や相談事の内容に関してである。

多くの消費者は和装に馴染みが無く、判らないことばかりなのは、当然理解出来る。呉服屋の役割は、その疑問について、納得出来る説明をしながら、仕事を請け負っていくことで、これもまた至極当たり前のことだ。けれども、和装に携る者として、当然理解していなければならないこと、つまり、昔で言えば「駆け出しの者」が覚えるような基礎的なことすら、判っていないと感じる事例が多い。

 

例えば、先日電話で受けた相談は、自分の娘に誂えた振袖の仕立て方に関して。肩から袖にかけて、模様が繋がらずにちぐはぐになっているように見えるが、これで良いのか否かと問われる。私も、実際に見てはいないので、何とも答えようがないが、素人目にも、柄合わせが出来ていないと判るならば、やはり違っているのだろう。

通常柄合わせは、きちんと出来ていることが当たり前なので、あまり問題にはならない。また、たとえ不備があったとしても、和裁士が品物を納めた時や、店の者がたとう紙に入れる時に気付くはずで、そのままお客様に納品してしまうようなことは考え難い。この原因は、検品を疎かにしているのか、はたまた柄合わせそのものに意識が廻っていないのか判らないが、いずれにせよ基本的なミスである。

 

また、手直しに関わることでは、唖然とするような事例もある。この話は、先日都内から品物を持参して、うちに相談に来られた方から聞いたのだが、ある時、キモノの背縫いがほつれたので、その部分だけを直して欲しいと頼んだところ、全部解いて仕立直すことを勧められたという。また裾の八掛が切れたので、修復を依頼したところ、このまま使うことが出来ないので、新しいものと取り替える必要があると答えたそうだ。

背縫いやみやつ口のほつれは、よくあることだが、無論、全部解いて仕立直すような大仰なことには、なるはずもない。ただ、ほつれた箇所のみを縫い直せばよいことで、工賃もほとんど掛からない。また、八掛の裾切れもよくある話で、着用する頻度が高いキモノでは、生地が擦れて八掛が切れることがある。このような場合では、綻んだところを切って縫い直すか、あるいは無地八掛ならば、裾側と身頃側を上下反対に付け替えて(これを「天地にする」と言うが)直す。言うまでも無いが、どうしても新しい八掛に替える必要は無く、その分直し代も安くて済む。

これは、消費者から相談を受けた店の者が、根本的に「どのように直すべきか」を理解していないとしか思えない。このお客様は、ある程度悉皆に理解があったために、この回答に疑念を抱くことが出来たが、これが不慣れな方だと、店側の言いなりになってしまい、結果として、不適切な仕事に不必要な出費を強いられることになる。

 

消費者は、呉服屋を信頼しているからこそ、様々な依頼をするが、まさか、仕事を受ける店側に、全く準備が出来ていないとは思うまい。だからお客様は、疑念が生じた時に、とても困惑してしまう。もちろん、これは例外で、ほとんどの店はマトモな仕事をしていると信じたいが、最近、こんな話をお客様から聞くことが珍しくなく、そのたびにこの業界の行く末が思いやられてしまう。

こうした情けない話は、あまり書きたくもないことだが、こんな現状もあることを、皆様に知って頂きたかった。さて、つまらない話はさておき、読まれる方が楽しめる本題に戻ろう。今日は前回の続きとして、八掛け色合わせの工夫について。小紋で、その楽しさを実感して頂こう。

 

前回の付下げでは、八掛の色目をキモノ地色と同系から考え、これを少しずらすという方法を試してみたが、今回は、地色に捉われずに色を選んでみよう。

この、キモノ地色から外れる八掛けの色選択は、紬や小紋のカジュアルモノで用いることが多い。例えば、白大島や泥大島には、着用される方が自分のセンスで、様々な色を選ばれる。茶系は、明度の高い胡桃色から、くすんだ栗皮色までと範囲が広く、赤系なら臙脂や錆朱、黄系は山吹や朽葉、緑系では渋い松葉色や爽やかな苗色を使うこともある。八掛の色は、個性を表す一つの道具なのである。

小紋の場合は、色選びの自由度が高い紬とは少し異なり、使用する色に裏付けがあるように思える。それが、キモノの模様に挿してある色の中から、選択するという方法になるのだ。やはり、地色や挿し色には入っていない色を添わせてみると、どことなく違和感がある。それが不思議なことに、模様のどこかで配されている色ならば、どれでも納得出来る気がする。

無論、着用される方の年合いや雰囲気、そして好みを尊重して、一つの色を選び、その濃淡も考える必要があるが、この挿し色合わせには、独特の洒落感が出てくる。やはりそれは、作り手がキモノの模様に使う色を、地色とのバランスの上に立って考え尽くしたものだからであろう。だから、すでにキモノに備わっている色ならば、それを八掛の色として使ったとしても、地色と馴染むのである。では、どのようになるのか、実際の品物でご覧頂こう。

 

今回仕事を任された小紋は、白に近い鼠色で、銀色のイメージも残るような、ごく薄いシルバーグレー。そこに規則的に並んでいるのが、面白い図案の小唐花。この図案を一見したところ、モチーフが唐花には見えず、鳥の目のように感じられた。挿し色は、グレーと黄色だけのシンプルなものだが、それが模様の連続性とあいまって、個性的でモダンな品物になっている。

また上の画像で気付かれた方もおられると思うが、模様の中に図案が抜けたところがある。通常の小紋では、こんな隙間は無いのだが、これはこの小紋が「一方付け」であることを示している。一方付けとは、仕立て上げた時に、模様が全て上向きになるように設えた品物のことを指す。そのために、予め模様を裁つ位置が全て決まっている。

模様の抜けた部分を拡大すると、反物の耳に、墨で文字が打たれていることが判る。「ミ」は「身頃」で、「ソ」は「袖」のこと。この暗号のような一文字は、この空白部を境に、「上が身頃になり、下が袖になりますよ」と、作り手が和裁士に対して、親切に裁ち位置を教えている印。実際の模様をみると、空白の上は上向きで、下は下向きである。これを設計通りに裁って仕立てると、模様は全部上を向く。

 

では前回同様、色見本帳を手繰りながら、肝心の色選びを考えてみよう。挿し色からとすれば、この小紋の場合、黄色と、グレーの二色しかなく、選択の幅は狭い。そのため、選択を任された側からすれば、様々な色で迷うことがない分、楽である。

けれども、黄・グレーどちらを選ぶにせよ、色の明度や濃淡は問題になる。系統色は多数存在し、その中で何を使うかによって、地色との映りが変わり、着姿における色の見え方も異なってくる。

 

まず、黄色とグレーの二色択一の選択だが、これは、この小紋を着用する方の好みを考えて、迷うことなく黄系を選んだ。優しいパステル色が似合う、とても可愛い女性なので、グレーでは沈んでしまう。黄色で、少し地味目な地色を明るくしなければ、この方らしい着姿にはならない。また、これからは春に向かうので、その季節感も色で表現したい。そんな理由からである。

先ほども述べたが、問題は「どのような黄色にするべきか」ということだ。そこで、彼女の雰囲気を考えながら、四つの色を選んで試してみた。

僅かに橙を感じる黄色。イタリアでは、近世まで黄色と言えばこの色だった。ナポリで使われていたことから、「ネーブルス(英語でナポリのという意味)イエロー」と名前が付いている。

ネーブルス・イエローの橙色感を除いた色。卵の黄身に近い。模様の挿し色とほぼ同質と思われる。

卵色よりも、クリーム感が出ている。濃い目の乳脂色とも言うべきか。

生成に近く、黄土を薄めたようなベージュ色。少し、白くなりすぎたようだ。

こうして色合わせをしてみると、同系の僅かな違いでも、地色との色映りに変化があることを判って頂けると思う。この微妙な差を見極めて、自分で一つの色を決めるのは難しい。最後は、理屈ではなく、感性で選ぶ。

最終的にバイク呉服屋が選んだ色は、上から二つ目・9937番。この卵色が、色の気配や濃度が挿し色と一番近い。地色との相性を考えて挿した模様の色ならではのフィット感があり、目にも馴染む。もちろん、他の色が全くそぐわないというのではなく、あくまで着用する方の個性を尊重した上での選択である。

試しに、地色と同系の「共色合わせ」をしてみた。どのシルバーグレーも悪くはないのだが、小紋の着姿として面白みがない気がする。このお客様のことを考えて色を選ぶとすれば、やはり共色合わせでは、「いかりや長介状態=だめだ、こりゃ」であることがよく判った。

 

仕立て上がってきた小唐花・一方付け小紋。上前を返して、八掛の色を映してみた。

改めてこうして、キモノにあしらわれている模様の表情と、八掛けの色を並べて見ると、ピタリと納まっているように思える。この一方付け小紋の特徴である、優しい色の連続模様には、品の良い卵色が相応しい。着姿を見た人は、僅かに覗くこの色に、着手の好みを感じ取ってくれるのではないだろうか。

裾から見える、八掛の色映り。

袖口から見える、八掛の色映り。

二回にわたってご覧頂いた、八掛の色選びは如何だっただろうか。皆様には、この選択を呉服屋だけに任せるのではなく、出来れば一緒に楽しんで頂きたい。品物を前にして、見本帳と地色、模様の挿し色を見比べながらあれこれと考えるのは、難しいが楽しい時間である。そして、新しく求めたキモノばかりでなく、すでに使っているものでも、八掛の色を替えるだけで、ガラリと印象が変わることがある。そう、八掛の色には、不思議な力があるのだ。

八掛だけではなく、裏地にこだわることは、やはり和装の嗜みの一つであろう。そこには、「見えない所に、自分らしさを表現する」という日本人ならではの奥ゆかしい気質が、現れている。ぜひ皆様には、表ばかりでなく、裏にもこだわって、充実したキモノライフを送って頂きたい。

 

個々の呉服屋やデパートに、各々どれだけ和装の知識があるかということが、消費者には判りません。ですので店側は、情報を公開する必要があります。それは扱う品物ばかりでなく、どのような直しを施しているかも、大切です。

呉服屋の仕事とは、新しいモノを売ることと、手直しをすることが並立していると弁えなければ、次第に道を外れた商いになってしまいます。

ですが私には、まだ、きちんとした心構えを持つ店も沢山残っているように思えます。そんな店の方々が、もっとネットやSNSを使って自分の仕事をアピールされれば、消費者が店を探す目安にもなり、諸々の問題は発生し難くなるでしょう。消費者が求める仕事と、依頼した店の技量に齟齬がある問題は、何とか解決しなければなりませんね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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