バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

八掛の色選びを楽しもう  付下げ編  微妙に共色を外してみる

2019.02 08

どうも最近のTVコマーシャルは、どれもインパクトに乏しく、印象に残らない。そもそも、若い人達は、生活の中心にネットがあり、テレビを視聴する機会は、少ない。そして、我々のような中高年世代でさえ、テレビ離れが進んでいる。

娯楽が少なく、情報を得る手段が限られていた昭和の時代には、商品を宣伝するツールとして、テレビCMは非常に有効な武器であった。そのため企業は、どうしたら視聴者の目を惹くものとなるかを考え、各々工夫を凝らしたCM製作が行われていた。

 

そんな中で、売るべき商品の宣伝よりも、CMそのものが話題になり、その宣伝コピーが流行語として流行ることもあった。それは、我々が小学生だった昭和40年代にピークを迎えていた気がする。

1969(昭和44)年に最も流行ったのが、「オー、モーレツ」。若い方には、この言葉がどうして流行ったのか意味不明と思うが、これは、この年に放映されていた丸善石油のCMから生まれたもの。疾走する車の風を受けて、女の子の白いスカートが捲れ上がった時、彼女は「オー、モーレツ」と叫ぶ。このチラリズムが、男性視聴者の心を鷲掴みにしたのだ。出演した小川ローザは、これで一躍スターとなった。

この時代は、今だったら多くの人が目をひそめ、非常識と批判するような、「お色気CM」が幾つも作られた。ネグリジェ姿の女性に上から水をかけ、下着を透けさせて「見えすぎちゃって困るの~」と歌うマスプロアンテナのCMや、金髪の女性を抱えてベッドに運んだ三船敏郎が、「う~ん、寝てみたい」と言い放つフランスベッドのCMなどは、現在では到底許されないだろう。

色気とは、女性らしさが姿やふるまいの中で感じられることなので、何もセクシャルなことだけではない。けれども、世の男性は、見えそうで見えないとか、一瞬チラリと覗く姿に、目を奪われる。それは男としての性(さが)なので、どうにも仕方がないのだが、度が過ぎると犯罪者になりかねない。当たり前だが、欲求に抑制がきかないことは、論外である。

 

さて和装にも、見る者がその着姿に、隠れた色を感じる時がある。色気と言っても、こちらは「色の気配」である。それは、羽織を脱いだ時、初めて人の目に触れる羽裏の色や模様とか、袖からチラリと見える、長襦袢の色に代表されよう。

そして、裾が風でひるがえった時に見えたり、袖の口から少しだけ覗いたりする八掛の色目は、目立たないようでも目立つ「着姿のアクセント」になっている。袷のキモノであれば、八掛は付きモノであり、無くてはならない裏地。この色次第で、着姿はあか抜けた姿にも、野暮にもなるように思える。

品物を誂える時には、欠かすことの出来ないこの「八掛の色選び」だが、お客様はこの選択を呉服屋に任せることが多い。我々としても、求められた品物を、より美しい姿に仕上げる責任があり、時にはその色に思い悩むこともある。

このブログの中では、これまで二回ほど八掛をテーマにしたことがあったが、つい先頃、色合わせに迷う品物に遭遇した。そこで、今日から二回ほど、悩ましくもあり、また楽しくもある八掛の色選びについて、久しぶりにお話してみよう。バイク呉服屋がどのような選択をしたのか、まず付下げ編からご覧頂こう。

 

以前ご紹介した八掛の色合わせの稿では、地色に近い同系の共色を、どのように見極めて使うかという内容であったが、今回は、地色にはこだわらず八掛の色を考える時には、どのようにして一つの色を選んでいくのか、その過程をお話してみたい。

今回取り上げる品物は、染モノの付下げと小紋。付下げは、言うまでも無くフォーマルモノだが、予め八掛を備えている訪問着とは異なり、裏地を一緒に染めているものは少ない。なので、反物の長さで言えば、裏付きの訪問着が四丈モノ、付下げは三丈モノになる。

例えば、加賀友禅の訪問着見ると、八掛を付ける位置も決まっていて、上前おくみの裏にあたるところには、しっかりと模様が付けてある。これは、裾がひるがえって見えることを想定しているからだ。このあしらいは、着姿からは見えない八掛にまでこだわりを持って作っている証。付下げと訪問着は、ほぼ同じような場所で着用するが、訪問着の方が格上と見られているのは、こんな工夫を凝らした八掛が付いていることも、一つの要因であろう。

 

では、八掛を別に用意しなくてはならない付下げは、どのような色目を考えるべきか。一般的には、地色と共色合わせにするのが普通だが、特徴のある図案や個性を生かせる雰囲気のある品物には、あえて「色をずらすこと」や「模様の挿し色から考えること」など、地色から離れることもあり得る。

では、今回どのような色目を選んだのか、品物を見ながら説明することにしよう。

 

読者の方の中には、この品物に見覚えのある方も多いだろう。昨年12月のコーディネートで取り上げた、雪の結晶文・雪華文の付下げ。雪が降り止んだ後の、抜けるような空の色・青紫の「紅碧」を地色に使っている。いかにも、冬らしいデザインで、今が旬のキモノ。今年になって、見初めるお客様が現れ、仕立てを施すことになった。

さてそこで、この八掛の色をどうするのか、はたと考えてみた。無論、この紅碧地色と共色で付けることが無難なのだが、このお客様は、キモノに慣れていて、着姿に個性を望まれる方と判っている。そしてこの付下げは、1月末のある会で講演をする時に着用するとのこと。とすれば、ありきたりではなく、少し凝っても良いように思えた。

着姿を考える上では、取るに足らないように思える裏地の色でも、着る方がどのような雰囲気を好まれるか、また和装に対する捉え方を勘案する必要がある。その気配を察して色選びをすることが、仕事を任された呉服屋の、お客様に対する配慮とも言える。

 

さて、共色ではないとすれば、どうすれば良いのか。色見本帳に載っている色は山とあり、一筋縄ではいかない。けれども、八掛に限らず、別誂の無地モノを染める時には、色を決める根拠がある。それは、何故この色を選んだのかという、動機付けである。

そこでまず、地色の系統からはあまり離れずに、少し色をずらす手段と、地色から離れ、模様の挿し色の中から選ぶという、二つの方策を試すことにした。

 

最初に「色をずらす手段」として、選んだのが次の三色。このキモノの地色が青と紫双方の色を感じる微妙な紅碧であることから、まずこの二色の系統に絞って試してみる。

地色よりも深みを持ち、紫の色合いが強い。少し赤みも感じるアメジスト色。

こちらは、青みが勝る深い紺。いわゆるネイビーブルーに近い。

青系と言っても、前の二つの色より離れた感がある。納戸色。

 

次に、キモノの雪華文にあしらわれている色から、二色選んでみる。

浅緑色に近い色の雪結晶。地色は離れるが違和感はなく、優しい雰囲気になる。

同じ緑系でも、ターコイズグリーンのような鮮やかさ。モダンで個性的な色。

模様挿し色には、ほかに薄水色や芥子色もあるが、このキモノの雰囲気には馴染まないように思えたので、緑系の色に絞って考えてみた。こうして、色見本帳とキモノを合わせ、比較した姿を画像にすると、それぞれの違いはより明確になる。どの色を採用するかというのは、選ぶ者のセンスと経験が問われる。

 

思いあぐねた末、色見本番号1462番の紫系アメジスト色と、9879番のパステル系浅緑色の二つに絞る。そして、結果として地色の紅碧を含む紫・アメジスト色を使うことにした。

元々この付下げは、バイク呉服屋が地色を自分で指定して、別誂したもの。だから、この雪華文を生かすために選んだ澄んだ冬空のイメージは、大切にしたい。浅緑色も、パステルカラー特有の柔らかさを持つ良い色目だが、ここはやはり、冬の季節感を優先させるべきだろう。

こうして色が決まると、八掛の白生地に見本帳を添付し、いつも染仕事を依頼している清澄白河の近藤染工さんのところへ送る。以前は、染メーカーが、ある程度色を揃えて八掛を染めていたのだが、品物の動きが鈍くなってきた今は、裏地のストックをも避けるようになってしまった。だからこうして、八掛白生地を自分で店に置き、その都度別染めを依頼しなければならなくなった。なので、自分で八掛の色を決める機会は、格段に増えた。

 

仕立て上がってきた雪華文・付下げ。上前を返して、八掛の色を写してみた。

キモノ地色に含まれる紫系だけに、この八掛色にかけ離れた印象はない。けれども共色ではなく、程々に色の差が付いているために、洒落た感じにはなるだろう。また、このアメジスト色は、日本の伝統色というより、洋っぽさを感じる。それがまた、モダンな雪華デザインとリンクして、馴染んでいるように思える。

裾から見える八掛の色映り。

袖口から見える八掛の色映り。

品物の写し方が稚拙なため、画像ごとに、キモノ地色や八掛の色目に狂いがあることをご理解頂きたいが、表地と裏地の色対比は、このような感じになる。このブログの中では、様々な色目の品物をご紹介しているが、実際の色と異なってしまう場合も、少なくない。だから、画像だけで品物を判断することは難しく、生地感を含めて、リアルにご覧頂くことがどうしても必要になると思う。

八掛の色選びには、決りは無く、「これが正解」というものもない。無論、地色と共色で合わせることは、基本であり無難ではあるが、かといって、それが全てではない。

キモノの色や模様はもとより、着用される方の年齢や好み、そして着用される場所、時には季節感も考慮しながら、一つの色を選んでいく。同じ裏地の羽織裏やコート裏、またカジュアルモノに使う洒落襦袢の色や模様なども、同様である。隠れたところにまで、自分の感性を行き渡らせて、着姿を整えていくことは難しいが、そこには一人一人の個性が表れる。この繊細さが、和装の魅力の一つとも言えよう。

次回は、模様の挿し色から考えた八掛の合わせを、小紋のキモノを例に取りながら、ご紹介することにしたい。

 

昭和のお色気CMは、よくよく考えなければ、何を宣伝しているのか判りません。

小川ローザのスカートが捲れたのも、車が疾走して風を起こしたからであり、丸善のガソリンには、車を早く走らせる力があると言いたかったのでしょう。これを図式にすれば、「オー、モーレツ」→スカート捲り→風→車→速い→ガソリン→丸善石油。

またマスプロアンテナは、もっと意味不明です。ネグリジェに水を浴びせれば、下着が透けることは間違いなく、それは当然「見え過ぎて困ること」になるのですが、アンテナとは何の関係もありません。万が一、マスプロアンテナを使って受信したテレビを見ると、出演者の衣服が全部スケスケになるのならば、大変です。そんな良いモノを開発したなら、いくら高くても、私も10本くらいは買います。だいたい、「見え過ぎる」ことを、下着とテレビ画像を一緒くたにする方が、無理ですね。

そして、フランスベッドですが、三船敏郎の「う~ん、寝てみたい」には、別の意味がありますね。そもそも、金髪美女を「お姫さま抱っこ」で、ベッドに運ぶことが問題です。おそらく三船は、これがベッドではなくて、丸八真綿の布団の上でも、そしてベッドも布団も無い畳の上に運んだとしても、「う~ん、寝てみたい」と言い放つでしょう。このCMは、脂ぎった三船敏郎を出演させたことが、ミソですね。もしこれが、坂東玉三郎あたりであれば、イメージはかなり変わるでしょう。

今の時代は、企業も、CMクリエイターも、視聴者も、皆真面目になってしまい、社会規範を意識し過ぎて、面白みがありません。裏を返せば、昭和のCMには、この時代特有の自由闊達さが表れているということにもなるのでしょう。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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