バイク呉服屋の忙しい日々

ノスタルジア

「古くて新しい」品川恭子のデザイン  その洗練された色と文様

2018.12 15

「手に取るな やはり野に置け 蓮華草」。これは、江戸中期の享保から宝暦年間に活躍した、滝瓢水(たきひょうすい)の句である。自分の友人が、置屋から遊女を足抜け(助け出すこと)させようとしたのを見て、それをたしなめて詠んだとされる。

蓮華草は、野に咲くからこそ美しいのであり、摘み取って家に飾ってしまえば、美しくはない。つまり、人やモノそれぞれには、相応しい場所があるので、動かしてはならぬという意味である。この句を、そんな喩えとして使うこともよくあるので、ご存知の方も多いだろう。

 

人は誰もが、「その人らしさ」、つまり「相応しさ」を持っている。つまりは、それが個性である。例えばそれは、色や模様の好みにでも表れる。このブログをご覧になっている方は、キモノと帯のコーディネートで、バイク呉服屋がどんな好みなのかを、理解して頂いていると思う。

柔らかい地色を使い、薄地の濃淡合わせを多用するなど、控えめな印象を残す組み合わせが多い。いかにも、「キモノを着てます」というような、主張の強い品物は苦手である。これは、どちらが良い悪いではなく、単に好みの問題だ。

では、好みとはどのようにして生まれるのか。特定の色を好きになる理由など、聞かれても説明できる人は少なく、好きだから好きというしかないだろう。だが、大げさかもしれないが、そこには何となくその人の人生観が覗えることもある。

例えば私の場合、地位や権力を望む上昇志向の強い人、いわゆる「やり手」と言われるタイプの人が苦手である。そして、どちらかと言えば、淡々と生きている人が好きだ。つまり、色と同じで、強く存在すること、目立つことが嫌なのだ。それは、自分の商いに対する向き合い方にも、表れているように思う。

 

色や図案を考案し、自分の感性を作品の中に映し出す友禅の作家は、誰もが「その人らしさ」を持ち合わせている。言い換えれば、個性を表現出来なければ、作家たりえないことになる。モチーフや配色を変えても、作品を見ればすぐその人と特定できる。こうなれば、その作家の独自性は、完成したと言えるだろう。

品川恭子さんは、そんな「らしさ」を持つ作家の一人である。先日、彼女の古い品物が、店に里帰りしてきた。いずれも、20年以上前にうちで扱った品物である。今日は、その作品をご紹介しながら、品川恭子という作家が持つ個性を、色とデザインから見ていくことにしよう。

 

品川恭子作品の特徴と言えば、従来の文様には無い独創的なデザインと、女性らしい細やかで優しい配色が思い浮かぶ。けれども、描かれるモチーフには、きちんと自分なりの捉え方が表れ、中にはその図案の歴史的な背景をもかいま見ることが出来る。

つまりは、過去に描かれた図案や文様を基礎とし、それを自分の感性に基づいてアレンジしたものと見ることが出来よう。一言で言えば、それは「古くて新しいデザイン」かと思う。そして、常に一つ一つの図案が、キモノ全体からどのように見えるかを、考えている。例えば、模様の中のごく小さい花弁の挿し色一つにしても、それは考え尽くした上での配色ではないだろうか。

だからこそ、振袖であれ、訪問着であれ、帯であれ、何を作ろうとも、またその中のデザインや配色が違っていようとも、どんな作品の中にも「品川さんらしさ」を感じることが出来るのである。では、具体的に品物を見ていこう。

 

(一越ちりめん木蘭地色・花の丸文様訪問着  1985年頃)

品川さんの代表的な図案は、この丸紋であろう。従来の花の丸文様は、幾つかの花を組み合わせ、円形に図案化したもので、花は写実的なもの、図案化したもの、双方を使う。これは、室町期から江戸期にわたり、能衣装や小袖に頻繁に使われたポピュラーな古典文様である。

また、洒落紋の代表・加賀紋では、様々な花の丸が刺繍であしらわれており、女性らしさを象徴する文様とも言えよう。ではこの古い文様を、どのように新しくデザイン化したのか、幾つかの個々のモチーフで見ていくことにしよう。

 

三つ葉葵模様・上前身頃。

ハート型の葉が、蔓で三つ繋がる「三つ葉葵」は、言わずと知れた徳川家の紋所。江戸時代はそれゆえ、これを図案にすることが憚れていた。いわば「ご禁制の花」だったのである。

品川さんの図案を見ると、葵の蔓を丸めた形で丸紋化している。このようにモチーフとする植物の特徴を切り取って、丸く意匠化することが多い。着姿の中心・上前身頃に配置されているだけに、地色より濃い芥子色を背景にして、臙脂色の濃淡で葉を挿している。キモノ全体から見ても、この葵の挿し色は目立つ。

酢漿草(かたばみ)模様・上前身頃

ハート型の葉が三つ集まり、一枚の葉を構成するカタバミの花。花弁はこの図案同様に、五枚である。一見してカタバミと判り難いものの、ハートを連ねているところから、それと判る。カタバミは150種以上もあり、花の色も黄色や紫、そしてこの挿し色のようなピンクもある。

品川さんが描く丸紋の一つの特徴は、この図案のように、中心に一つだけ花を置き、放射状に八枚の花が囲むこと。この図案構成は、正倉院に収納されている花氈(かせん)や螺鈿箱にあしらわれている多くの唐花文様と同じである。おそらくこれは、こんな天平のデザインから、発想を得ているように思える。こういうところに、品川作品における図案の歴史的背景が伺える。

 

松葉模様・上前おくみ

一見すると、松をモチーフにしているとは思えないが、先端の松の実にその特徴が表れている。植物のごく一部を切り取ってデザイン化すると、思いもかけぬモダンな姿となることが判る。また、その姿を流線的に描いているので、波にも見える。そんな意味もあって、背景の地色が水色になっているのかも知れない。

 

桐模様・上前おくみの裾近く。

松は、松葉と実を取り出したが、桐は、花と葉の一部を切り取っている。全体を描いて、何をモチーフにしたのか明らかにするよりも、判り難くすることで、面白いデザインが生まれる。この桐は「五七の桐」だが、五の花は描いてあるが、七の花は四つしか描いていない。時には、端折ることも必要なのだ。

そしてこの桐葉に挿されている緑色が、品川さんの色挿しの大きな特徴である。少し蛍光的な緑青(ろくしょう)色は、彼女の作品の中で、数多く見受けられる。天然顔料・岩絵具から生まれるこの色は、飛鳥期に中国から伝来した。唯一自然界から求められるこの緑色は、天平期には数多くの建築物や彫刻の彩色に利用された。だから、この緑青色は、天平の色でもある。品川さんが使う緑色には、そんな意識もあるように思える。

 

表からは見えない八掛の返し部分には、八弁宝輪花が幾つもあしらわれている。

作家が、どのような視点でモチーフを捉えているのか。それは、表現された図案の中によく表れている。植物の場合では、形状を利用するもの、過去の文様を参考にしてデザイン化するもの、形の一部を抽出して形状化するものなど、実に多角的にモチーフを見ている。この発想の引き出しを多く持つことが、古くて新しい模様を生み出すためには、重要なのである。

 

(一越象牙色地 正倉院文様・絵羽コート  1990年頃)

先ほどの訪問着は、様々な植物を丸紋化したデザインだったが、この絵羽コートの図案には、そのモチーフから、仏教に関わる文様を意識した意図が明確に現れている。

正倉院宝物に描かれている美しい天平文様は、螺旋状、放射状、旋回、並列と形状は様々あるが、多くの模様には、仏教的な意味が含まれている。例えば、宝相華は蓮やパルメット、牡丹など仏教と関わりの深い空想の花文であり、連珠文は仏を礼拝する道具・数珠が思い浮かぶ。

飛鳥期に伝来した数々の文様は、仏教を意識して考案された文様や配色であり、それは切っても切り離せない関係にある。天平期は、仏教が国教として保護され、仏教美術が大きく開花した時期にあたり、そのモチーフは今も多くの図案の基礎となっている。植物をモチーフにした訪問着の図案にも、正倉院文様を意識した発想が見られていたが、この絵羽コートではそれが如実に現れている。では、図案ごとに見ていこう。

 

宝輪模様。仏像が作られる以前、釈迦の印として使った仏教のシンボル。

宝相華の形態を見ると、中心から放射状に8つの花が並んでいる。最初の訪問着にあしらわれていたカタバミの花模様も、これに担ったものだが、この八方向に広がる形状というのは、仏教のシンボル・宝輪に基づいている。

宝輪は、中心から八本のスポークが延びているが、これは悟りの道に繋がる八正道を示している。そしてそれは、仏教の教えがあらゆる場所・八方向の人の心に届くことを表しているとされる。

つまり、この形状の図案には、すべからず宝輪の意識があるということだが、品川さんの作品には、実にこの宝輪花が多い。画像を見て頂くと判るように、最初の訪問着の八掛の返しにも使っている。この図案こそが、彼女のシンボルと言えるだろう。

 

旋回式唐花模様。唐花を環状に配し、図案を一定方向に旋回させる。

正倉院文様を見ると、一定の法則に基づいた模様の配置が見られる。上の画像のように、モチーフを環状に廻している方式を、旋回式と呼ぶ。三種類の唐花を組み合わせた旋回花輪は、独特の美しさを持つ。

なお方式には、樹木や動物を相対して配置する対称式(例・ササン朝ペルシャを源流とする樹下動物文)や、先ほどの宝輪模様に見られる放射状式、また二本の撥鏤(ばちる)尺を並べた文様に代表される並列式などがある。

 

棕櫚(しゅろ)模様。最初に仏教の経典を書き付けたとされる棕櫚の葉。

棕櫚は、仏教と関わりのある植物の一つで、紀元1世紀ごろ、古代スリランカで記された初めての経典は、この葉の上に鉄筆で記されたとされる。また、寺の鐘を突く木・鐘木には、この棕櫚の木を使うことが多い。

品川作品には、棕櫚だけでなく、ナツメヤシや蓮、芍薬、牡丹など、宝相華を構成する様々な天平花が登場している。

 

また、上の画像の右下には、雲をモチーフにした模様も見えるが、これは、瑞雲(ずいうん)といって、やはり仏教と関わりがある。瑞雲は、陽射しを受け色鮮やかに変化する雲を指すが、仏教では、この雲が吉兆をもたらすとする。それはこの現象を、極楽浄土から雲に乗って菩薩がやって来る兆候と見ているからである。そんな意味もあって、正倉院の装飾文様にも、この瑞雲は多く見られる。

 

(一越グレー地 南島宮殿模様・色留袖  1990年頃)

最後に、品川作品には珍しい図案の品物を、簡単にご紹介しよう。最初の訪問着と絵羽コートは、彼女の代表的なデザインを施したポピュラーな品物であるが、この色留袖にあしらわれている南の島の宮殿模様は、かなり異色である。

色留袖であるから、当然模様は裾にしかないのだが、地を海に見立てながら、上前おくみと身頃、後身頃に三つの小さな島を浮かべている。島には宮殿があり、牛を飼う人や農民の姿が見える。描いている植物は、唐花でもなく、和花でもない、南洋を思わせる熱帯の花。

いつ頃、どこの国の姿をモチーフにしたのか判然としないが、模様から受ける雰囲気は、現代ではなく中世か近世で、ジャワやスマトラなど熱帯の島が思い浮かぶ。あしらわれた三つの島の宮殿は形が異なるので、もしかしたらそれぞれの島は、違う王様が支配していたのではないかと、思わせてくれる。

色留袖は、そのフォーマル性が高い性質から、重厚な古典文様や、華麗な草花文様をモチーフに採ることが多いが、この品物は、独創的なデザインにこだわり続ける品川恭子と言う作家の個性が、よく表れているように思う。堅苦しい模様の多い色留袖が並ぶ中では、このような着姿は否応無く目に止まる。既存の模様と明らかに差別化できることも、作家として一つの条件になろう。

 

今日は、品川恭子さんの作品における「古くて新しいデザイン」に注目して、その中に描かれる模様と色を具体的に見てきた。ご紹介した三点は、いずれも今から20年以上前に製作されたものだが、どの品物にも品川さんらしい感性が溢れている。

すでに80歳を越えられ、以前のように多くの品物を発表することが難しくなっているとも伝え聞く。そんな訳で、バイク呉服屋でも、現在取り扱いがないのだが、こうして里帰りした品物をご紹介する稿を書いているだけでも楽しくなる。

「古くて新しい洗練されたモダンなデザイン」。そんな品川恭子さんの後を担う若手作家が現れることを、切に願いたい。最後に、もう一度三点の品物をご覧頂こう。

 

どんな人にも、自分らしさを演出するに相応しい「持ち場」があるように思います。もし、自分の意に反して場所を違えてしまえば、何をしても良い結果にはならないでしょう。私も、自分らしさを失わないように、分を弁えて、ひっそりと淡々と、この家業を続けたいと思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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