バイク呉服屋の忙しい日々

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戌年を終るにあたり 呉服屋にとって、平成はどのような時代だったか

2018.12 28

よい文章とは、「むずかしいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを面白く」書いてあること。数日前、朝日新聞の「折々のことば」で紹介されていた作家・井上ひさしの言葉である。

確かに、判り難い事柄が平易な言葉で語られ、それが深みと面白さを兼ね備えていたのなら、まぎれもなく名文であろう。このような文章は、書き手のテーマへの深い理解と、読み手への思いやりがなければ、作れるものではない。

この基準に、このブログで書き連ねている自分の文章を照らし合わせてみると、何一つ当てはまらない。品物の説明にせよ、寸法に関わることにせよ、全く読み手のことを理解していないだろう。それほど判り難いということだ。それを自分でも判っていながら、改善できない。努力はしているつもりだが、どうにも駄目である。これは、私の筆力、能力の限界ということになるだろう。

 

けれどもこんな駄文を、今年も大変多くの方々に読んで頂いた。毎回一つのテーマを無理矢理一話完結にしているため、不必要に長舌で、内容も散漫になっていることが多い。読者の方々には、大変な我慢を強いているように思う。今年最後の稿にあたり、ここでお詫びを申し上げたい。

今年も残すところ、あと三日。来年4月末をもって、今上天皇陛下が退位され、年号も変わる。よってこの12月は、平成最後の年の瀬になる。そこで今日は、節目を迎えるにあたり、平成とはどのような時代だったのか、呉服屋の視点でお話してみたい。この三十年、我々の仕事を取り巻く環境も大きく変わり、和装に対する消費者の意識も変わった。過ぎ去りし時代を振り返りつつ、これから呉服屋として何が必要なのか、少し考えてみたい。

 

年の暮れのウインド。店の前にバイクを止めて、納品の準備をする。平成の初め頃とは比べるべくもないが、節目の12月は他の月よりも少し忙しい。

毎年年の暮れになると、漢字能力検定協会から、その年の世相を表す漢字一文字が発表される。今から23年前・1995年から始まり、すっかり師走の風物詩となった感があるが、今年の一文字は「災」。6月の大阪北部地震、7月の岡山・広島を中心とする西日本豪雨、9月の台風被害と北海道胆振東部地震。夏から秋にかけて、各地で自然災害に見舞われた。おそらく今年は、災いの多かった年として記憶に残るだろう。

考えてみれば平成は、人々の想像を超えた大規模な災害に直面した時代であった。大きな地震だけでも、1995(平成7)年の阪神淡路大震災、2004(平成16)年の新潟中越地震、2011(平成23)年の東日本大震災、2016(平成28)年の熊本地震、そして今年の大阪と北海道の地震。そしてまた、想定外の豪雨や豪雪、猛暑は、毎年のように全国各地に被害をもたらした。

学者によれば、日本は地殻の変動期に入ったとされ、南海トラフ地震や首都直下型地震も危惧されている。また地球温暖化に伴う気象の激変は、この先も続くと見込まれている。来たる新しい時代の重要なキーワードの一つは、紛れも無く「防災」であろう。

 

さて、呉服屋にとって平成とはどんな時代だったのか。私が漢字一文字で表すとすれば、それは「衰」だ。小売に限らず、モノ作りの現場、卸、加工職人と業界全てにわたって、加速度的に衰退した30年であった。

これを端的に示す資料を、いくつか挙げてみる。まずは市場規模であるが、平成が始まった1989年には、まだ1兆8千億円もの規模があった呉服業だが、10年後の1999年には、1兆4千億、20年後の2009年には6千億と激減し、昨年は約2760億円と3千億円を割り込んでいる。これは平成の初めからは、85%の減少となる。

一方小売店の数を見てみると、1989年に3万軒以上あった呉服屋が、昨年には8千軒を割り、およそ75%の減少。また生産現場でも、この30年の間、地すべり的に生産は縮小の一途を辿った。例えば、西陣の帯生産は、1990(平成2)年には、袋帯・名古屋帯・綴帯・丸帯を含めて、約430万本織っていたものが、一昨年の2016(平成26)年には、60万本となり、86%の減少。機の数も、手機・綴機・力織機を含めて、25000台設置されていたものが、僅か3800台余りとなってしまった。これは帯ばかりでなく、染モノや各産地の織物も、ほぼ同じ傾向にある。

様々な統計資料は、業界の至る所において、その規模がこの30年で、10分の1近くに下落したことを示している。これは何を意味するのか。原因は様々に考えられるが、最も大きい理由は、和装に対する消費者の意識の大きな変貌だと思われる。

 

皆様には、今から30年前の結婚式やお葬式が、どのように執り行われていたか、思い出して頂きたい。結婚式には仲人がいて、居ずまいを正した列席者の姿がそこにあったはずだ。お葬式は、自分の家に祭壇を設え、多くの人がお手伝いをする中、喪主や親族の女性達は喪服姿で式に臨んだはずである。

しかし今、結婚式には仲人は無く、新郎や新婦の母親は必ずしも黒留袖を着用していない。また式に参列する親族や友人、知人も和装は少ない。そもそも、昔のようにホテルや結婚式場を使うことが減り、郊外の一軒屋レストランで、こじんまりと開かれることが多くなった。式のカジュアル化が進むとともに、出席者も限られた人だけとなり、披露宴そのものを省略するカップルも珍しくない。

お葬式は、女性が喪主である場合にさえ、喪服を着ていない人が目に付くようになった。そして、根本的に葬式の形態が大きく変容する。場所は、自分の家から、セレモニーホールなどの式場へ、そして、葬式を身内だけですます家族葬へと変わってきた。

こうして和装の第一フォーマルとして、どうしても必要な品物であった黒留袖と喪服の需要は、この30年で激減した。そして、訪問着や色無地など、他のフォーマルモノも、第一フォーマルに準じて着用の機会を失う。その結果、結婚する際の嫁入り道具としての呉服の必要性は、ほぼ消失した。

そしてカジュアルモノだが、これは30年前でも、すでに衰退し始めていた。昭和50年代初めから、生活様式の変化や女性の社会進出、核家族化などが背景となり、多くの家庭で生活の中からキモノが消えつつあった。

呉服業界が大きく衰えた原因は、これだけではない。着装の難しさや手間が敬遠されたこと。そして、失われた20年と呼ばれたように、長く続いた不況も無縁ではないだろう。だがいずれにせよ、消費者の意識の中から「和装が抜け落ちた」ということに変わりは無い。

 

そして、売るモノが無くなった呉服屋が最後に頼った品物が、振袖であった。成人式に振袖姿で出席することが定着したのをチャンスと捉え、多くの呉服屋が振袖を商いの主軸とするようになっていった。こうした「振袖屋」の出現は、平成初め頃からのことである。

その結果、小売屋の商い形態は大きく変化し、リスクを背負った品物の仕入をすることが無くなり、商品の質を見極めるよりも、「いかにして売るか」という手管ばかりを探るようになっていった。そしてそれは、小売屋だけでなく、品物を卸す問屋に波及し、次第に職人の技術を必要としない安易なモノ作りへと流れていく。また、加工さえ従来の職人の手を使わず、海外縫製が蔓延することになる。

こうして、この30年の消費者の和装離れによる需要の激減は、売り手や作り手にも重大な影響を及ぼしてきた。それぞれの職人が持つ技術の継承を不可能にし、モノ作りは、未来を見通すことが出来ないほどの窮地へと、追い込まれたのである。

 

だが市場が縮まりゆく中でも、ここ数年来、カジュアルモノを中心として、少し和装が見直される気配がある。その牽引役となったのは、インターネットの普及に伴うネットショップの出現と、リサイクル市場の拡大であろう。

敷居の高かった小売屋やデパートへ行かずとも、自由に品物を見て選ぶことの出来るネットは、50代以下の若い世代を中心に支持を集める。また、数億枚とも言われる箪笥の中に眠る品物が、徐々に各家庭から放出されてきたことに伴い、リサイクル店の増加が目に付く。無論、多くの店の販売ツールがネットである。リサイクルに廻る品物は安価であり、時として1万円以下で和装を整えることも可能である。そして昨今は、「メルカリ」のように、店を通さず、消費者同士が直接売買するツールも出来た。

そして、フォーマルにせよカジュアルにせよ、「和装は、その時にだけ借りて着用すれば良い」とする効率重視の考え方が大勢を占め、その分だけレンタル業が業績を伸ばしてきた。品物を購入する意識が薄らぐことは、もはや止めようもない。

こうして見てくると、今の現状ではすでに、消費者が既存の小売屋をそれほど必要としていないとも、考えられよう。

 

僅かではあるが、和装を嗜みたいと考える新しい消費者が現れているにも関わらず、多くの小売屋はニーズに答えられず、依然として苦戦したままである。その原因は、この30年の間停滞してきた市場の中で、お客様が店に何を求めているのかを、全く学んでいなかったことであろう。

旧態依然とした展示会方式に頼る商いを続け、仕入れを回避し、委託商品だけで商いをすること。そして、仕立や諸々の悉皆仕事への不理解。さらには、不透明な価格の設定など、消費者の存在を忘れたまま、利益を得ることだけを考えてきた。これはまさに「貧すれば鈍する」、あるいは「瀕すれば鈍する」状態に陥っているのではないか。

時代の変化に対応しながら、本質を守ることは本当に難しい。けれども、「衰」の流れを止めるためには、まず第一に、消費者の目線で物事を測らなければ、何も始まらないし、何も変わらない。新しい時代を迎えるにあたり、何人の業界人がそれに気付くのか。「衰」から「滅」まで、もう時間はほとんど残されていない。

 

では、新しい時代に呉服屋が求められる仕事とは何か。それは、消費者一人一人の異なる希望に対する細やかな対応だと思う。求められる良質な品物を適価で販売することはもとより、手直しへの理解を深めることが重要である。ネットでは限界がある「消費者に寄り添った仕事」こそが、リアル店舗が持つ最大の武器ではないか。

そして、すぐに商いをするのではなく、消費者の和装への知識や理解を深めることが何より先決である。基礎が出来ていないうちに、建物を作ればすぐに壊れてしまうように、拙速に利益を求めるだけでは、本当の和装ファンは根付かない。種を蒔き、肥料を与えながら、じっくりと待つことが、遠回りのように見えて、実は一番の近道と思う。

今年最後の稿は、平成という時代の呉服屋の姿を振り返ってみたが、「衰」一文字に象徴されるように、とてもネガティブな内容となってしまった。しかし生きる道が全く閉ざされてしまった訳ではなく、工夫次第で希望はある。

ただバイク呉服屋には、仕事に携る時間がそれほど残されていない。「待つことの出来る若い呉服屋」が増えてくれることを切に願いながら、一年の締めくくりとしたい。

 

今年は27万人もの方に、このブログを訪ねて頂きました。来る年も、読んで下さる方に、少しでも有意な情報や知識を伝えられるように、稿を書き進めたいと思います。「むずかしいことをやさしく、優しいことを深く、深いことを面白く」お話出来るように、頑張りたいものです。

最後に、このブログを読まれたことが契機となり、遠方よりご来店された方、またお邪魔をさせて頂いた方々に、深く感謝申し上げます。どうもありがとうございました。 皆様にとって新しい年が、良い一年でありますように。

なお、1月6日までお休みを頂きますので、メールの返信等も7日からになります。ご了承下さい。新年のブログ更新も、7日を予定しております。

今年も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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