バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

呉服屋の道具・14  座売り畳と薄縁

2018.08 29

バイク呉服屋は、仕事用ズボンの「持ち」がすこぶる悪い。半年ほど使い続けていると、生地が痛んで薄くなり、ひどい時には穴が開く。薄い夏用などは、ひとシーズンで駄目にしてしまい、ほぼ使い捨てとなる。そして不具合が起こる箇所は、膝と決まっている。これは、呉服屋ならではの仕事場の環境と、大きく関わりがある。

皆様は、呉服屋の店舗内に必ず備わっているものと言えば、何を想像されるだろうか。それは、畳のスペースを持っていることである。畳敷きは、他の物販業には見られない「呉服屋固有の特徴的な設え」であろう。

 

うちの店は、お客様と向かい合って話が出来るように、四脚のイスを置いている。お客様はイスに腰掛けているが、私が座っているところは畳敷き。そして、話をしている時には、私はずっと正座をしたままだ。この居ずまいを正した「正座状態」で仕事をするというのは、呉服屋くらいのもので、他の職種ではちょっと考えられない。

あぐらを組んだり、足を投げ出していては、みっともなく格好が付かない。やはりきちんと居ずまいを正して、来店する方と正対するというのが、呉服屋としてのあるべき姿である。そして品物を広げたり、コーディネートしてみたり、お客様に着せ掛けたりするのは、畳を敷き詰めている店の一角。ここを「座売り」と言う。読んで字の如く、店の者が「座ってモノを売る場所」である。もちろん、ここで商いをする時には、正座をしたままだ。

座売りは、商売の場面以外でも毎日使う。例えば、手直し品の汚れ状態を確認する時や、新しい品物の値札を付ける時、そして預り品を一時的に置くスペースにも使っている。この、商い以外で品物を扱うときにも、正座をして仕事をすることが常だ。だから、正座=畳に膝を擦り付ける時間が長い=どんなズボンの膝でも早く駄目になる、ということになる。

 

これまでこの稿では、様々な呉服屋の道具をご紹介してきた。寸法を測る「尺ざし」を始めとして、仕立てモノに針が入っていないか否かを確認する「検針器」や、品物を展示する道具の「衣桁や撞木」、そして色や模様を決める「見本帳」等々。

道具の話は、一通り済ませたつもりだったが、肝心なものを忘れていた。それが畳である。畳が敷いてなければ、呉服屋の仕事は何も始まらない。これは、相撲の土俵と同じだ。ということで今日は、あまりにも当たり前の存在で気付かなかった「呉服屋の道具・畳」を取り上げて、話を進めてみたい。

 

先週、新調したばかりの「座売り・畳」。店の中に一歩入れば、イグサの芳しい香りが漂っている。青々しい畳は、見た目にも爽やかで、気持ちが洗われる。

今回畳の話をしようと思ったのは、先週の金曜日に、数年ぶりに畳替えをしたからである。半年くらい前から、畳表がホケ立ち、細かいくずが舞い始めた。これでは、預った品物の汚れを確認したり、誂え品をたとう紙に入れる時に、畳の切れ端が品物に付着しかねない。要するに、安心して畳の上で、キモノを広げられなくなっている状態なのである。とりあえず応急処置として、畳の上に敷き紙を置いて品物を扱っていたが、それも限界に近づいたので、畳替えを決めた。

 

畳の表面が擦れて、脱落した状態。色もヤケを起こしたように、変色している。普通の住宅の居間にある畳とは、比べ物にならない頻度で使用するため、かなり痛みも早い。

さて、畳替えをすることに決めたものの、問題は、どこの畳屋さんに依頼するかということだ。うちでも、数年に一度は畳替えをしているが、前回仕事をして頂いた職人さんの仕事は、いま一つだった。ウインドや衣桁、撞木を置く薄縁は、途中で浮き上がり、寸法もきちんと合ってはいなかった。

下の台が見えてしまった薄縁。縁そのものが、ずれている。きちんと台に固定されていないので、こんな状態になってしまう。寸法も違う。

そこで新たに、腕の良い方を探すことにしたものの、どうすれば出会えるのか、その方策に悩んでいた。そんな時、あるお客様の家へ、手直し品を届けに行った。このお宅は、古い和様式で、立派な和室が設えられている。話をしている中で、畳替えの話になったので、ふとどこの職人さんに依頼しているのか、聞いてみたくなった。しかも、このお客様の家は、建築設計の仕事をしている。「畳仕事の良し悪しを判断する目」は、厳しいに違いない。

お客様から、「40代の若い職人さんだけど、意欲的で、仕事も丁寧。技能競技会にも度々参加して、優秀な成績を収めている。メンテナンスにも気軽に応じてくれる。実直で真面目な良い方です」とのお話を伺い、心が動いた。「この方の情報ならば、間違いない」、そう考えて、早速この畳屋さんと連絡を取ることにした。

 

依頼した「塩沢畳店」は、甲府市の隣・昭和町に店を構える。私の電話を受けて、店名入りの軽トラでやってきたのは、この店の二代目・塩澤政博さん。仕事ぶりを紹介してくれたお客様の話の通り、まだ40代前半と思われる若い方である。

畳の状態や、店舗の様子を見て頂くために、ウインドや中の品物を片付けておく。上の画像では、外から店の中が素通し。すぐに畳や薄縁の現状をみてもらい、どのように使っているのかも、話をする。

塩澤さんは、どのような材料を使えば、どれくらいの価格になるのか、ということを丁寧に説明してくれる。中でも、国産の天然イグサと、海外産との違いを、わかりやすく教えてくれる。やはり、畳を良い状態で長く使うことを考えれば、原材料の質は落とせない。この辺りは、良質な白生地や糸を使うことが、上質なキモノや帯を作る上では欠かせないというのと、同じだ。

トラックの荷台には、「くまモン」の姿。熊本県は、国内最大のイグサ産地。生産シェアは、何と98%。くまモンが、「畳、好きだモン」と言うのも無理無かろう。一通り話を伺い、見積価格を提示してもらったところ、納得出来るものだったので、仕事を依頼することに決めた。新しい畳は、一日あれば用意出来るとのことなので、店が休みになる前日の夕方に古い畳を撤去し、休み明けの朝に搬入してもらうことにした。

 

薄縁を外す、塩澤さん。「丸に畳印」の黒いTシャツが格好良く決まっている。いかにも、若手職人の姿だ。

座売りの畳も、すっかり外された。塩澤さんの話だと、床の状態は良いらしい。湿気のために、カビが発生していることもあると言う。築30年以上にしては、きれいなのかもしれない。

ウインドの薄縁を剥がしていく。ウインドも含め、薄縁を敷く台はどれも形が異なり、不規則。そのため、丁寧に寸法を測っていく。もし寸法がずれると、薄縁がピタリと納まらない。撤去された畳は、くまモントラックに積んで運び、処理される。

 

搬入の日の朝は、雨。新しい畳は、ピタリと納まる仕様の軽ワゴン車で、やってきた。仕切り棒や、間仕切り板を作り、運搬中車の振動で畳が動くことのないように、工夫されている。

六畳半の座売り畳は、最初に周囲を埋めて、最後に真ん中の一枚をはめ込む。当たり前なのだが、ピタリと納まった姿は見事だ。

 

畳それぞれに段差を出さないように、ゴザを切って、畳の下に置く。畳と畳の間に微妙な違いがあれば、使う時に違和感が出る。

縁を手で押さえて、しっかりと畳を合わせる。手の感覚、足の感覚を使い、フラットな畳姿に仕上げていく。どうなれば良い姿になるのか、体が覚えているのだろう。

この日は、塩澤さんのお父さんもやってきた。「畳は任せてもらっていますが、薄縁を作る腕は、父の方がまだ上です」と話す。職人さん親子の共同作業が、何とも微笑ましい。父が縁を留め、息子が支える。仕事を真近で見ることが、跡継ぎの次のステップになる。私も父の仕事を見ながら、呉服屋として育ってきた。

寸分の狂いも無く、ピタリと台に吸い付いたような薄縁。う~ん、美しい。

 

気持ちのこもった職人さんの手で誂えた、真新しい座売りの畳。きっとこの畳なら、広げるキモノや帯が格段に美しく見えることだろう。そして、ウインドや衣桁・撞木に飾る品物も、青々とした薄縁ならば、いっそう飾り映えがする。

今回、良い職人さんに巡り合えたことは、本当に幸運だった。彼の仕事ぶりからは、畳への愛情と意欲が十分に感じられた。そして、お父さんと一緒に仕事をしている姿がまた良い。立派な後継者を得ても、体の続く限り仕事を続ける父と、懸命に励む息子。そんな二人の姿を見ると、「職人という生き方」の素晴らしさが実感出来た気がする。

改めて美しく設え直した畳を見ると、私も新たな気持ちで、仕事に臨むことが出来る。呉服屋にとって畳は、やはり特別な道具である。

 

仕事が終わった後、塩澤さんに、「どうしてお父さんの跡を継いだのですか」と聞いてみました。彼は、子どもの頃から畳屋になると決めていたそうです。そしてまだ小学生の息子さんも、「畳屋になると言ってますよ」と、嬉しそうに答えてくれました。

「親の背中を見て子は育つ」とは言うものの、家業を受け継ぐことが難しい時代。迷い無く生きる道を選ぶ人は、潔く清々しい。こんな職人さんの手で、伝統産業が支えられていることを、忘れてはなりませんね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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