バイク呉服屋の忙しい日々

にっぽんの色と文様

「絽の付下げ」に見る海辺の文様  海賦・網干文様編

2018.07 15

暑さが続くと、食欲が落ちる。特に外回りをした後の昼飯は、米を食べる気がしない。そんな時には、冷たい麺類が一番だ。ざるそばやソーメン、冷やし中華ならば、のどごしも良くスルスルと食べられる。

最近では、コンビニ各店が味を競い、スープやトッピングに工夫を加えているので、随分美味しくなった。価格も300~400円代と抑えられていて、懐にも優しい。

麺類には、欠かすことの出来ない定番具材がある。例えば冷やし中華なら、キュウリ、もやし、金糸卵、チャーシューかハム、そして少し豪華になると、くらげやカニ缶などが載っている。ラーメンは、ネギにナルト、シナチク、チャーシュー、海苔が必須で、これが一つでも欠けると、途端に寂しくなる。

 

バイク呉服屋は、学生時代とても貧しかったので、一切具のない麺をよく食べていた。覚えているのは、袋の即席麺を使い、冷やし中華を作ったこと。使うものは「冷やし中華用の麺」ではなく、通常のラーメン(明星チャルメラなど)である。

まず、通常の袋麺を作るのと同じように、麺を茹でる。そして、柔らかくなったところで水洗いをし、皿に盛り付けておく。そして付属の顆粒スープを湯で溶かし、10分ほど冷ます。当時冷蔵庫が無かったので、冷やす手段は「時間を置く」以外には無い。この汁を麺に浴びせたら完成で、レシピも何もありはしない。無論具材は皆無の、「特製素冷やし中華」の完成である。

こんな代物を、冷やし中華とは到底呼べないだろうが、この手段を応用して、様々な素冷やし麺を作った。うどんやそばの乾麺はもとより、時にはスパゲッティやマカロニ、春雨までをも利用し、茹でて洗っては、醤油をぶっかけていた。めんつゆなど、味を整える調味料を買う余裕はなく、汁の味は常に醤油一本であり、具はいつも無かった。

具の無い麺を食べている時には、句読点というものがまるでない。「箸休め」に具をつまむことも、具と麺を一緒に味わうこともない。ただ麺のみを、もくもくと吸い上げて終わりだ。けれどもこの頃、食べていて「むなしい」と感じたことは一度も無かった。ただ腹が膨れ上がれば、それで良かったのだ。

 

麺類の具材ではないが、一つの文様を表現する時には、それを構成する定番小道具の存在がある。もしこれが欠けていると、その文様として成立し難い。麺は素でも食べられるが、文様では困る時があるのだ。前回は、単純に「波だけ」で表現された文様をご覧頂いたが、今回は、幾つかの特徴あるモチーフを使い、複合的に構成されている海辺の文様・「海賦(かいぶ)文」と「網干(あぼし)文」をご紹介しよう。

 

 

一般に、海の風景文様には、海辺一帯の景色を表した海賦文様と、浜辺に広がる砂地を模様の中心に据えた州浜文様があり、さらに双方を複合させ描いた文様もある。この水辺に広がる風景文の中には、いわば定石として使われている小道具が、幾つもある。そして道具の組み合わせ方が、ある程度パターン化されているため、文様はほとんど形式化している。

前回、波文様の稿でも少しご紹介したが、平安後期から広がり始めた写生的な文様表現は、鎌倉期になるとかなり台頭してくる。これは、大和絵の影響を強く受けたことによるものだが、中でも海辺の風景文は、蒔絵で表現されたこの時代の手箱に多く残っており、いかにこの文様が流行していたのかが、判る。

海辺文に登場する道具やモチーフは、この時代に確立されたものと思われ、以来文様に新しい図案が加わった形跡は、ほとんど見られない。では、文様を構成する道具を、一つずつ見ていくことにしよう。

 

(薄水色 海賦文様 波・雁・苫舟・潮汲籠・葦 絽付下げ・トキワ商事)

文様として描かれる海辺の風景は、どことなく鄙びていて、侘しさを感じさせるものが多い。これは単純に風景文として、海神を祭る住吉社の海辺の景色をモチーフにしたものと考えても良いだろうが、どうもそれだけではないようだ。

古来日本人は、山や海の石に神が宿ると信じてきた。そのため、神の対象になった石を磐座(いわくら)として祭り、その周囲は磐境(いわさか)となって神聖視した。そして中国では、東の海中には不老不死の仙人が住む仙境があり、それにあやかって、自らも仙人の域に達しようとする「蓬莱思想」が生まれた。

双方ともに、信仰の対象を海に求めていることから、中国から伝来した蓬莱思想と、日本固有の磐座・磐境信仰が融合したことで、人々は海辺の風景を特別なものと意識したのかも知れない。だから、この文様の雰囲気が、どことなく「仙人の住処」を想像させるに難くない、鄙びた表情を見せているように思える。

 

模様の中心・上前おくみ(左)と身頃(右)。波に苫舟が浮かび、その上に雁が舞い飛ぶ。波の中に見える植物は葦。舟の上から吊している籠に入っているのは、魚ではなく波頭。この籠のことを潮汲籠(しおくみかご)と呼ぶ。

苫舟と潮汲籠。苫舟(とまぶね)とは、茅を編んで作った屋根が付いた粗末な舟を指す。そして図案からは、この舟は漁が目的ではなく、潮を汲むために海に出ていると判る。

ではなぜ、籠に海水を汲んでいるのか。古来人々は、旱魃から作物を守るために、海や川で水を汲み、神社や家の中に供えて、水の恵みを神に祈願していた。だからこの海水は、「雨を乞うための、神聖な尊い水」なのである。この特徴のある道具・潮汲籠からも、海賦文様とは、海に対する信仰と関わりが深いものであることが、理解されよう。

水辺文様には欠かせない、葦の模様。海賦文様に限らず、水辺の風景文を描くときに、常に登場する植物が、葦(あし)だ。川や海辺、湖岸などの湿地に群生し、茎は大きいもので5mにも及ぶ。華やかな花を付ける訳でもなく、本来は地味な脇役のイメージがある。確かに水辺の植物ではあるが、これほど必需なモチーフとして使われているのは、どうしてなのか。

それは、葦という植物が、日本という国を象徴していたからに他ならない。古事記や日本書紀には、神話に基づく呼称として、日本という国を「葦原中国(あしはらのなかつくに)」とする記述が見える。つまり、この国は元々、「葦が繁殖する原野」だったのである。

だから、水辺文様の中で葦が重要視される理由は、単純に湿地でよく見かける植物だからではなく、日本の国土を表現する、極めて象徴的な植物だったからなのだ。

おくみと身頃を合わてみた。文様とは面白いもので、構成されているモチーフを一つ一つ探っていくと、単なる風景模様とは違う側面が見えてくる。この海賦文様が図案として確立してから、おそらく800年以上は経過していると思われるが、文様の中に登場する道具や植物は、それぞれに「使われるだけの理由」が存在している。それはこの海賦文に限らず、どんな文様にも言えることで、改めて文様というものの奥の深さを伺うことが出来る。

 

海賦文様が、海の中や海岸一帯の風景を切り取った総体的なものだとすると、網干文様は、漁に使う道具・網を干した風景を描くことで、海辺を想起させ、一つの道具をそのまま文様化させたものと言えよう。

三角錐状に干された網は、その形の美しさからも、見映えのする格好のモチーフであったために、友禅染が誕生した江戸・元禄以降に、小袖の意匠として使われるようになり、一つの文様として定型化した。海賦文の道具には、使われる歴史的な由来があったが、網干文はそのデザイン性が重視されたもので、革新的な友禅という技法が生まれ、写実的に模様を描く自由度が飛躍的に高くなったからこそ、生まれた文様かと思える。

(薄ブルーグレー色 網干文様 網干・千鳥・葦 絽付下げ・トキワ商事)

網干は本来、海辺に置かれているものだが、そこから離れて、一つの文様の素材として重宝された。やはり元禄期以降に生まれ、高位の女性達にもてはやされた「御所解文様」の中にも、度々登場する。

御所解は、山水の風景を描いたものだが、中に配される道具は多彩である。宮殿楼閣のような建物を始めとし、四季折々の花、流水や扇面、御所車等々。網干は、水辺を意識した御所解文様に、添えられていることが多い。

そして、この網干文に限らず、海賦文や州浜文、浜松文など、いわゆる水辺文の中に見られる数々のモチーフは、御所解文でも同じような使われ方をしている。水辺文と御所解文、どちらも風景文であることに変わりは無く、道具を共用すれば、雰囲気は自然に似通ってくる。

模様の中心・上前おくみ(左)と身頃(右)。着姿で一番目立つ大きな網干は、二つの網図案を繋いで、一つの網にまとめなければならない。細かい網目だが、きちんと合わせる必要がある。

流線的でシャープな網干の姿は、確かに模様映えする。この付下げは、図案といい、配色といい、いかにも夏の意匠にふさわしい。着姿が見る者に涼やかさを感じさせるか否かは、ふさわしい薄物としての一つの条件であろう。

だが、網干文と名前が付いているものの、網だけで文様を成立させるにはやはり力不足で、どうしても殺風景になってしまう。この辺りが、単独で図案となる波文様とは異なる。そこで、千鳥を舞わせてみたり、霞を付けたり、葦を添えたりする。やはり幾つかのモチーフを組み合わせ、複合的に表現しなければ、文様としては成立し難い。

 

二回にわたって、夏の代表的な意匠・海辺の文様をご紹介してきた。文様の中に見られるモチーフや道具には、季節ごとにふさわしいものがあり、それを使うことで、旬を強く意識した図案となる。

もちろん、地色や模様の挿し色にも配慮が必要となるが、薄物の中で表現される海辺文では、どうしても偏りが出て来てしまう。ご覧頂いた品物も、四点のうち三点までは、水系の色が基調となっている。これは、涼感を呼ぶことが優先されているため、ある程度仕方がないのかも知れない。

最後に四点の品物を、もう一度ご覧頂こう。

 

悲惨な麺料理を得意としていた、若き日のバイク呉服屋ですが、麺以外にも、数々の奇怪なオリジナルメニューを開発していました。折角ですので、その一部をご紹介しましょう。

まずは、「丸善電気釜飯」。名前だけでは、どんな料理か皆目見当が付きませんよね。これは、当時食材の主力として常備していた「丸善ホモソーセージ」を輪切りにし、米と一緒に電気釜に投入して醤油を流し込み、炊き上げるというもの。炊き上がったら、釜の中にスプーンを突っ込んで、そのまま食します。完食後の片付けが釜洗いだけで済むので、ものぐさな私には、大変重宝な料理でもありました。

もう一つ、「マルハスパゲティ」。まず、スパゲティの麺を茹でて、フライパンで炒めます。そこに、「サバの水煮缶詰」を混ぜ合わせたら、もう出来上がり。この料理も、フライパンに箸を突っ込んで、そのまま食します。マルハとは、サバ缶を作っている「大洋漁業」の登録商標で、そこからネーミングをしてみました。

若い頃、あまりにもおかしな料理ばかり食べていたせいか、今は何を食べても、とても美味しく頂けます。要するに「味音痴」であり、奥さんは何を作っても、全く張り合いがありません。しかし今でも、時折無性に、「マルハスパ」を食べたくなる時があり、狂った味覚は終生回復しないと思われます。

簡単なレシピなので、ぜひ皆様も一度お試し下さい。きっと後悔することでしょう。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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