バイク呉服屋の忙しい日々

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6年目に入る、バイク呉服屋のコラムブログ

2018.05 15

今から5年前、2013(平成25)年とは、どんな年だったのでしょう。東日本大震災が起こってから、まだ2年。被災地の復興は、端緒についたばかりで、まだ世の中も、災害の痛みを引きずっていました。

この年は、2020年のオリンピック・パラリンピックが、東京で開催されることが決まった年。投票直前のIOC総会でのプレゼンテーションで、滝川クリスタルさんが、外国人をもてなす「おもてなしの心」をアピールしたことが、今も印象に残っています。

NHK・朝の連続テレビ小説は、あまちゃん。ドラマの中で連発された「じぇじぇじぇ」は、この年の流行語でした。またプロ野球優勝チームは、東北楽天イーグルス。現在ヤンキースで活躍している田中将大投手を擁し、初の日本一に輝いたのです。けれども、胴上げされた星野仙一監督は、今年の正月明けに亡くなってしまいました。今振り返ってみると、この年にはまだ、多くの人の目が、東北に注がれていたように思います。

 

ひと頃は、「10年ひと昔」と言われたものですが、情報化が進んだ現代では、「5年、いや3年ひと昔」ではないでしょうか。この時の流れを速めている道具の最たるものが、スマートフォンです。

総務省の通信利用動向調査・スマートフォンの個人所有率を見ると、震災の年・2011年には、14.6%に過ぎなかったものが、昨年では77%と、実にこの6年間で5倍以上に膨らんでいます。そして、年齢別に見ると、20~30代では90%以上、40代でも80%の所有率となり、すでに誰もが「持っていて当たり前の道具」になっていることが、判ります。

そして、スマートフォンは、人と人とを繋ぐだけでなく、情報を得る道具としての役割を果たしています。すでにインターネットの利用は、パソコンよりもスマートフォンが主流であり、便利で効率的な現代生活を送るためには、絶対に欠かすことの出来ない道具。人々にとっては、まさに、「弁当忘れても、スマホ忘れるな」なのです。

 

地方の名もない呉服屋の店主が書く、このコラムブログも、今月で6年目を迎えました。コラムと格好を付けているもの、雑文、いや駄文に過ぎないような気がします。そんな文章でも、一日に700人もの方に、目を留めて頂けるようになるとは、5年前には想像も付きませんでした。

これは、この5年の間に急速に進んだ、スマートフォンの普及とも無縁では無いでしょう。誰もが、いつでもどこでも、情報に触れられる環境にあること。これこそが、多くの人にこのブログを知って頂くようになった遠因かと思います。バイク呉服屋は、未だにガラケーしか持っていないというのに、十分スマホの恩恵には授かっている、と言えましょう。

今日は、6年目という節目に際していることから、現在バイク呉服屋が、どんな方に、どのような形で関わっているのか、その仕事ぶりを少しお話しましょう。

 

今日のウインド。米沢・野々花工房の藍染絣・白鷹紬の花織帯・象に唐花模様の染帯。単衣を意識したラインナップ。

今日の店内。撞木に掛けてあるのは、ストライプの夏大島・夏琉球絣・綿薩摩。帯は捨松の夏八寸。台の上の品物は、スズラン模様の小紋と川島織物の珍しいワインレッド地の九寸帯。毎年、今の季節には、薄物と単衣向きの品物が店の中に混在している。

 

この5年の間、たくさんのお客様との出会いがありました。特徴的なのは、その年齢層が30代~50代の若い方が中心であること。そして、その方々の多くが、フォーマル着としてだけではなく、むしろカジュアルの場で自由に楽しむ一つのファッションとして、和装を捉えているということです。

キモノは礼装の場で着用するアイテムと、認識されてきた時代が長く続きましたが、日常生活の中で自分らしく着用したいと考え、実践されている方が、これほど多く存在しているとは、迂闊にも思いませんでした。和文化の代表格である、伝統衣装を見直す動きが、若い世代の中に生まれている現実を、この5年の中で、改めて思い知らされた気がします。

 

ブログを読まれた方々は、何時間も車を飛ばしたり、時には沢山の品物を抱えて電車を乗り継いだりして、バイク呉服屋を訪ねて来られます。おいで頂く方々の近くには、沢山の呉服屋があり、その店々はうちよりもずっと品揃えは豊富で、その上店主の見識が高く、私なんぞ足元にも及ばないと思われるのに、どうして時間と労力を使い、わざわざ来られるのか、不思議に思えます。そこで、そんな不可解なブログ読者の行動を、私なりに分析してみました。

結論を端的に言えば、それは消費者が呉服屋に対して持つ「様々なことへの不信感」が要因ではないか、と推測されるのです。エンドユーザー・消費者にとって、キモノや帯を求める時、寸法直しや洗いを依頼する時、コーディネートを相談する時など、和装に関わる全てのことの窓口になるのは、小売屋であることは言うまでもありません。けれども今、お客様に向き合う店側の姿勢は、多くの方々の期待に答えるものになっていないということです。

価格や質の不透明さはもちろん、その販売方法や消費者へのアプローチの在り方、さらには、「直す」という仕事への意識の欠如など、呉服屋の仕事そのものに、不信の目が向けられていることを、痛感します。

呉服屋というのは、ただでさえ敷居が高く、暖簾をくぐることに勇気が必要で、おいそれと気軽に出掛けていくことは難しい。そしてそこでは、知識の乏しい消費者が、どのような扱いを受けるのか、そこにそもそもの不安があること。「うまく言いくるめられて、品物を買わされるのではないか、とさえ思っている」と話されます。

バイク呉服屋へ、わざわざ足を運ばれる大きな要因は、ブログの中で書いた品物や職人の情報を読み、それが「信頼に足りる」と納得されたからなのでしょう。文章からは、呉服屋の主人らしくなく、顔も公開せず、何となく怪しい雰囲気も漂ってはいるが、出掛けたところで、「命まで取られることもなかろう」と考えたに違いありません。

 

では消費者に、これほど不信感をつのらせてしまった、原因は何でしょうか。それは呉服屋自身が、あまりに情報公開を疎かにし、時には消費者を見くびって、いい加減でぞんざいな仕事をしてきたことに、尽きるでしょう。

お会いした方々からは、これまで経験してきた様々な「嫌な思い」を聞くことがあります。もっとも不満が多いのが、きちんと品物のことが説明されていないので、その質と価格が見合うものか否かが、判らないこと。そしてそれは、新しい品物を購入する時だけでなく、仕立てや直しを依頼する時も同様であること。

どこで、どんな方法で、どんな職人が作っているのか。また、どこで、どんな方法で、どんな職人が仕立や直しを施しているのか。そして、どうしてこの価格になっているのか。この情報を、きちんと消費者に提供していないがために、納得が得られていないのでしょう。

 

その上に、展示会へ誘われて出掛けたところ、大勢の人に囲まれて、品物を買わずには帰れない空気になってしまったとか、腰紐を買いに行っただけなのに、名前や住所を書かされ、その後には頻繁に案内状が送り付けられ、しまいには自宅へ押しかけてくるようになったなどと聞くと、消費者は、呉服屋商いの方法そのものに、嫌悪感を持っていると判ります。

また、無料で着付を教えると言いつつ、習いに行っているうちに、沢山の品物を売りつけられたとか、呉服屋が主催する「キモノパーティ」や「キモノで集まる会」に参加するうちに、それはイベントに名を借り、品物を売りつけるための催しだったと聞くと、消費者に対する呉服屋の試みが、品物を売る「手管」になっていると判ります。

私は、多くの呉服屋が運営している着付け教室やキモノイベントは、店側が消費者へのサービスと割り切り、良心的に行われていると信じていますが、一部に不心得な店があり、そんなところと関わった消費者が、「呉服屋は恐ろしい所」と根強い不信感を抱いてしまうのは、無理もないと思います。

このような理由から、「リアルな店舗」へ足を伸ばすことに躊躇する消費者は、多く存在すると、理解しなければなりません。そして、店と関わることが嫌なので、買い物は「顔の見えないネットだけ」という人もかなり存在しています。この現状を知れば、呉服のネット販売が伸びている理由が、よく判ります。

 

バイク呉服屋へ来られる方々の依頼ごとは、様々です。もちろん、品物を探しに来られる方もおられます。私は、お会いせずに品物をお売りすることはありませんので、それに業を煮やした方がやって来られるのです。もちろん、お客様のお宅へ出張を頼まれることもありますので、そんな時は私の方から、出掛けて行きます。

ブログ上でご紹介する品物に、価格を提示していないのは、「顔の見えないネットだけの取引」を私が拒否しているからであり、それは、読者からこのブログを、「商いの手段」として見なされることへの、強い拒絶でもあります。

また、直しを依頼される方々には、お持ち頂く品物に、それぞれの思い入れと「直したい理由」があります。品物の状態は一点一点異なり、どのように直して使うのかも、お客様ごとに希望があります。直しの仕事こそ、向き合って話をしなければ、適切に進めることはできません。

 

時代にそぐわない偏屈な考え方であることは、私自身もとうに承知をしていますが、お客様に理解を頂き、納得した品物を選んで頂いたり、理想的な手直しを実現するためには、リアルへのこだわりがどうしても必要だと、信じています。おそらく最後まで、この商いの方法を変えることは無いでしょう。

今、私がお受けしている仕事は、ブログで紹介している様々な情報を読み、「自分が信頼するに値する」とお客様が判断されたからこそ、依頼されたもの。だからこそ、なおのこと心して取り掛からなければなりません。ネットの取引とは違う、人と人とが向かい合って、信頼を得ながら進める商い。IT化が急速に進む現代でも、こんな昔ながらのリアルさを求める方は、決して少なくなっていないと、改めて強く感じています。

 

一人一人の方に、ゆっくり向き合い、依頼される仕事を、慌てず、ゆっくり、丁寧に仕上げていく。5年前、ブログトップのプロフィールに記した「スローワーク」の気持ちは、変わることなく、ますます強くなっています。

いかに大勢の消費者と繋がり、迅速に沢山の商いをするか。そんな今の商売の裏道を行く店があっても、良いのではないでしょうか。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

ご感想・ご要望はこちらから e-mail : matsuki-gofuku@mx6.nns.ne.jp

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