バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

友禅作家・四ツ井健さんのこと(後編)

2018.04 22

今が旬の野菜は、なんと言っても筍だろう。バイク呉服屋は、この筍が大好物である。毎年4月になると必ず、家内に八百屋に筍が並んでないかと尋ねるが、天候に左右されるため、その年によって時期が違い、価格も変わる。

どうやら今年は当たり年らしく、例年より値段が安いようだ。山梨県内で筍の産地と言えば、県南部で静岡に近い、身延町や富沢町。甲府から静岡に抜ける国道52号沿いには、確かに竹藪が多い。先日、あるお客様から、朝掘ったばかりの品を頂戴したが、この筍、茹でている間にずっと、独特の甘い香りを漂わせていた。おそらくこの匂いが、新鮮であることの証であろう。

 

家内と妹は、連れ立って買い物に出掛けることがたまにあるが、野菜類はスーパーではなく、JAの直売所で求めることが多い。山梨県は、葡萄や桃の果樹生産地として全国的に知られているが、野菜作りも盛んであり、基本的には農業県。だから、市内や近隣の町村には直売所や道の駅が多数あり、新鮮な品物をたやすく手に入れることが出来る。

二人がよく立ち寄るのが、自宅から車で15分ほどのところにある、「よってけし」という名前の付いた直売所。県外の方だと、この名前の意味はよくわからないかも知れないが、「よって=立ち寄る」の意味で、「けし」は「下さいよ」と柔らかく誘う意味を持つ。つまりは、甲州弁で「立ち寄ってくださいな」と言っているのだ。

蛇足だが、甲州弁の大きな特徴の一つは語尾にある。例えば、「よっちょ」と言えば、「立ち寄るな」という意味を持つ。語尾に付いた「ちょ」は強い否定を表す。しかし「よっちゃあ」となると、「寄って行こう」と他人を誘う意味になる。

県外出身のうちの奥さんによると、このように語尾を使い分る言葉の意味を理解するまでに、かなり時間を要したようだ。無論、30年経っても、彼女は甲州弁を話せない。

 

話が外れてしまったが、直売所に置いてある野菜には、生産者の名前を記してあるものが多い。そして場合によっては、作り手本人が売り場に立っていることもある。朝早く採った野菜を、自分で運び自分で売る。客側からすれば、品物が新鮮であることはもちろん、作り手も確認出来る。すなわちそれは、モノへの信頼度が増すことに繋がる。

こうした売り場に品物を出す農家は、客に対する責任が明らかになることから、当然モノ作りには熱が入る。旬を意識し、質にもこだわる。求める客にいかに満足してもらうか、それだけを考えているのだ。

これは、単に野菜作りだけの話に止まらず、どんな商品でも同じだろう。どのような作り方をして、何にこだわっているのか。作り手は、自分のモノ作りにおける様々な情報を消費者に向けて発信し、理解してもらうことこそ大切だと判っており、ひいてはそれが購買意欲にも繋がっていると、考えている。

 

我々が扱うキモノや帯など、なおさらであり、素材や作り方が価格にも直結している。だから、作り手である「作家」の話を聞くことは、仕事へのこだわりや熱意、そして創意工夫を理解することが出来る、大変貴重な機会となる。

今日は前回の続きとして、日本工芸会の正会員・四ツ井健さんの仕事ぶりを、品物を見ながら、皆様にご紹介していくことにしよう。

 

(衣笠草と御前橘模様・手描き友禅染帯)

友禅の仕事の手順は、まず最初に、青花汁を使って生地に図案を描く作業=下絵描きをする。次は、描いた絵の線を糊でなぞらえて引いていく「糸目糊置き」。これが終わると、模様に色を付ける彩色・色挿しに移る。この作業は、友禅仕事のハイライトとしてよく知られている。

この後、色を挿したところを糊で覆うが、これは地色染めの際に染料が浸潤するのを防ぐための作業。この模様の上に置く糊のことを、伏糊(ふせのり)と言う。模様を隠したところで、地色染めとなり、それが終わると色を定着するために、蒸しをする。最後に、余分な糊や染料を落とすために、水洗いをする。

1970年代までは、金沢の浅野川や犀川、京都の鴨川などで、最終工程である水洗い=友禅流しの光景があちこちで見られたが、川の水質環境そのものの悪化や、染料を落とすことが川の汚染に繋がるとして、法令で禁止されたことから、それは過去の記憶となってしまった。

 

雑駁に友禅の工程を述べたが、京・江戸友禅の場合は、工程別に職人がおり、分業化されている。加賀友禅には、作品ごとに作家がいるが、だからと言って友禅の工程を、一人で全て完結している訳ではない。作家の仕事は、下絵描きと色挿しであり、稀に糸目糊を自ら引く人がいるくらいだ。後は、それぞれの持ち場に職人がいて、そこは京・江戸友禅同様に、分業で仕事を運んでいる。

四ツ井さんの仕事の特徴は、下絵描きや色挿しはもちろんだが、通常他の職人が請け負っている糸目糊置きと、地染めの作業を一人で行っているところにある。つまりは、蒸しや水洗いなど、いわば仕上げ工程を除いた作品に関わる全てのことを、自己完結していることになる。

そこでまずは、糸目糊置きと地染めに注目して、四ツ井さんの仕事を見ていこう。

 

画像の中の図案には、模様の輪郭を囲んでいる白い線と、模様の一部になっている白い筋が見えている。これが、糸目糊を置いたところである。

工程的に考えれば、これは、糸目を置いた箇所に色挿し染料が染み出すことを防ぐ措置と言えるが、最終的には、白い筋となって作品の上に表れるこの部分は、「模様がどのように見えるか」という造形的な役割を果たす、重要な「白い線」なのである。

つまりは、糸目糊置きこそが、友禅の仕事の根幹であり、この技術なくして、友禅染は成立しない。だから、自分の描いた下絵を、自分の思う通りに作品上で表現しようと考えれば、この作業を自分の手に求めることは、ごく自然なことと思える。しかしこの糸目引きの工程は、特異で熟練した技術を必要とし、しかも作品の仕上がりに直結することから、加賀友禅の作家では、自分専属の糊置職人を確保し、仕事に当たらせていることが多い。まさに「言うは易く、行うには難し」という作業なのだ。

 

花芯を拡大したところ。一つ一つの蘂も、丁寧に描かれている。不揃いな小さな丸や、長さの異なる白い筋が、手仕事の証。

糸目引きに使う糊は、天然材料から作る糯米糊、あるいは化学剤を基とするゴム糊のどちらかとなる。そして、糯糊を使った糸目を「糊糸目」、ゴム糊を使った糸目を「ゴム糸目」と、材質により糸目の名前を呼び分けている。

 

かなり以前までは、友禅に使う糸目糊は、糯米糊であった。この糊は、糯米の粉と米糠を原料として、そこに塩や石灰を使いながら、蒸し煮にして作る。この作業の中で、塩や石灰の配合比率を変えると、糊の質が変化する。柔らかさや硬さはもちろん、粘り気や作り上げる量も変わる。その上、作業時の温度や湿度が微妙に糊質に影響を及ぼすことから、常に同質の糊を得ることは難しい。

一方のゴム糊は、生ゴムの揮発油に、南方植物の樹皮から抽出されたダンマルゴムと亜鉛を加えて作ったもの。溶剤を使うことから、糊質を均一に保つことが可能であり、糯糊に比較して、糊作りの作業も短縮出来る。このゴム糊は、1920年代から使い始められたようだ。

現在糸目糊の主流は、ゴム糊である。それは、糊として調達のしやすさが大きく、これを使っても、糯糊と変わることなく作業が出来、仕上がりにあまり変化が出ないと判っているからだ。そして、この糊が柔らかく、微細な線を描きやすいことから、模様の仕上がりにシャープな印象を残すことが出来る。それも、一つの要因となっている。

 

しかし四ツ井さんは、あえて調整の難しい糯糊を使っている。それは、糊糸目でなければ出すことの難しい、模様際の柔らかさを作品が求めているからと思える。自分の描く図案を表現するためには、ここはどうしても欠かせない、と考えているからなのだ。

以前四ツ井さんが在籍していた工房では、ゴム糊を使っていたそうだが、ここでの経験を踏まえた上で、糯糊を使う判断をされたのだろう。けれども、自分の理想とする糊を得ることは、容易ではない。材料の分量比率一つとっても難しく、その日の気候にも大きく左右される。

「歯磨き粉を混ぜて、糊作りを試したことがありましたよ」と笑うが、長い試行錯誤の時間があったことは、想像に難くない。そうして作り上げた「オリジナルな糯糊」を生かした糸目引きをして、作り上げたのが、この作品である。

 

優しいクリーム地色に、ハナミズキを描いた個性的な染帯 模様の中には、蒔糊の施しも見える。

糸目糊置きのほかに、もう一つ「地染め」という作業も、通常では作家自身の手では行わない。地染めをする前には、挿し色をした模様の部分を、糊で覆う作業をしなければならない。

この伏糊の仕事は、一見単純のように見えるが、実は繊細な注意を必要としている。使う糊は、糸目糊と同様で、道具も、糊置き作業で使う・先金(さきがね)を使用するが、使う分量が多いために、糊を入れる部分の筒が大きくなり、先金の先端も平たく開いたものが使われる。

伏糊は、糸目糊と異なり、模様の表情に表れることのない、防染の役割だけを担うもの。だからこそ、模様の中に隙間があったり、ましてうっかり伏せ忘れたなどということがあってはならない。もしそんなことがあれば、作品は台無しになってしまう。

 

伏糊を完全に乾かした後、いよいよ地染めに入るのだが、これもまた手の掛かる工程であり、容易な技術では成し得ない。まず、染料を浸透させるための施しとして、大豆をすり潰した豆汁(ごじる)を生地に引く。これが乾燥した後、いよいよ地色を染める作業に入る。

生地は、仕事場の中に張られ、一尺程度の間隔ごとに、伸子(しんし)を付ける。そして生地の高さは、染作業をする人の腰のあたりに上げておく。そして、刷毛を使い、品物の端から端へと、移動しながら染めていく。

この際、染める部分は、その前に染めた部分の後を塗り重ねながら、塗り進めていく。これは、生地全体が、ムラなく均等に染まるようにするための工夫であり、また、刷毛引きの際に出やすい色の擦れにも、十分な注意を払う。

 

地染め作業は、生地の全てを伸ばした状態で行うために、広いスペースが必要となる。例えば、普通キモノ一反の長さは3丈3.4尺あり、単純に考えれば、最低12m以上は必要になる。

四ツ井さんは、「帯ならうちの仕事場の広さでも、間に合うけれど、キモノだと無理ですね」と話す。確かに帯は1丈程度なので、4mもあれば十分だ。では、キモノはどうしているのかと聞けば、「これをみて下さい」と、反物を差し出した。

それを見ると、洗張りを終えた品物のように、袖、身頃など各々に分かれて、「ハヌイ」されている。これで、最初に一枚のキモノを、各部分に分離しておいて、地染め作業を行っていることが判った。これ一つだけでも、限られた自分のスペースを使い、作者自身が地染めをする苦労の一端を、かいま見たような気がする。

 

また四ツ井さんは、地染めに使う染料にも、こだわりがあると話す。それは、「堅牢度(けんろうど)」である。確かに、堅牢度の低い染料を使った品物は熱やスレに弱く、色ヤケ・変色を起こしやすい。そのため我々呉服屋も、店に飾る品物には、かなりの神経を使う。

ヤケを起こしやすい色は、藤色やブルー系など、柔らかい系統のものが多いが、かと言っても、品物がどのような堅牢度を持つ染料を使っているのかは、全くわからない。それこそ、染めた本人、職人にしかわからないことだ。

四ツ井さんが使う染料は、光や摩擦に対する堅牢度は、JIS規格で5以上のものを使っているそうだが、これは実際に着用するお客様や、扱う店にとっては、とても安心できる数字である。こんなことは、全ての仕事を担っているからこそ、語れる情報なのだ。そしてそこには、作品に対する作者の責任の強さをも、感じ取ることが出来る。

 

最後に、四ツ井さんが描くデザインについて、話をしてみよう。

(赤絵華亀甲草絵文様・手描き友禅染帯)

四ツ井さんの事務所は、「四ツ井デザイン研究所」と名前が付いている。一見して、友禅作家の事務所らしからぬモダンなネーミングだ。けれども、作品を見ていると、「模様」と言うより「デザイン」と呼ぶにふさわしい、現代的なセンスを感じる。

だがそのデザインは、全く見慣れない図案なのではなく、草花と伝統文様を融合した、「古くて新しいデザイン」のように思える。

最初にご紹介した染帯のモチーフ、衣笠草(きぬがさそう)と御前橘(ごぜんたちばな)はどちらも、深い山奥に自生する可憐で小さな野の花だが、帯にあしらわれている、衣笠草の周囲を取り巻く八枚の御前橘を見ていると、代表的な正倉院唐草文様・宝相華(ほっそうげ)文様の図案を想起させる。八弁花の周囲を囲む、八枚の四弁の花という構図は、最もスタンダードな天平文様である。

また上の画像に見える染帯は、特定できない花・赤絵華と沢潟(おもだか)のようにも見える文様を融合したもの。基本構図は、先ほどの衣笠草の帯と同じで、六枚花弁の赤絵華の周りを、沢潟的な文様が、六角形=亀甲形に取り巻いている。おそらくこれは、伝統文様の一つ・亀甲文がデザインの中で意識されているのだろう。

 

四ツ井さんの心の中には、今の時代に受け入れられる「模様のファッション性」を重視する意識があるのだろう。それは、伝統文様をそのまま表現するのではなく、さりとて加賀友禅のように写実性を重んじるものでもない。

双方を融合し、自分にしか産み出せないデザインを作る。そしてそれを見た人が思わず、「使ってみたい」と手に取らせるようなモノを作ることが、理想なのであろう。

 

良い作品は、訓練を重ねることで生まれたデザインと、それを表現する技術があってこそ、生まれると語る。この30年、「自分だけの友禅」を描くことだけに、傾注し続けてきた。

彼が、我々のような小売屋を訪れる理由は、消費者がどのようなデザインを求めているのか理解し、現場の空気に触れることが大きな目的である。「時代に合ったデザイン」を作ることは、その時代を生きる作家にしか、出来はしない。「進化すること、前を向き続けること」が、彼の矜持である。そのために、時間と手間を惜しまず努力する。

作家としてだけではなく、この時代を生きる一人の人間としての生き方に、学ぶべきことが多かった。四ツ井健さんのこれからの活躍に期待しながら、今日の稿を終えることにしたい。

最後に、今回バイク呉服屋のツボに入って求めた染帯を、もう一度ご覧頂こう。

 

つたないブログではありますが、これを通して、様々な方と出会う機会があります。

読んで下さる消費者の方々との触れ合いはもちろんのこと、今回のように作家さんとお話出来る場を頂けることは、大きな喜びでもあります。けれども、きちんとお会いして向き合ってお話しなければ、どんなことでも、お互いの理解は深まりません。

やはり、人と人が出会うことが、全ての始まりになりますね。

今日も、長い話にお付き合い頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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