バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

5月のコーディネート  若葉色で、爽やかに初夏を装う

2017.05 21

今や、風呂がない家というのは、ほとんど無いだろう。学生が借りるようなアパートやワンルームマンションでも、バスやシャワーの設備が付かない部屋はない。今の若者達は、清潔さを保つことが当たり前なので、風呂の無い生活など、考えられないだろう。

今から40年近く前、バイク呉服屋が学生だった頃には、風呂のある部屋を借りている者は、ほとんどいなかった。風呂どころかトイレも共同で、大概が4畳半か6畳一間。もちろん、床はフローリングなどという洒落たものではなく、畳敷きである。

 

風呂が無いのだから、頼りにするのは銭湯だ。当時、私が住んでいた東京・西荻窪の下宿の周りには、銭湯が4軒あった。上京した年・1978年の風呂代は、140円。それでも、金の無い学生にとっては、毎日風呂に行くことは大変贅沢であり、大概が一日おきで、生活が苦しくなると4日に一度だった。

下宿から一番近かったのは、「第二玉の湯」という銭湯で、歩いて1、2分ほど。近所には学生アパートや下宿屋が沢山あり、若者達でいつも混んでいた。ここは毎週水曜日が定休日だったので、水曜に風呂に入ろうと思えば、別の湯に行かなければならない。それぞれの銭湯は、定休日が違うので、一軒が休みでも困ることは無い。

 

玉の湯が休みの時に通ったのが、「清水湯」。ここは、歩いて7、8分かかる。この湯に行くのは、ひと月に1、2度ほどだが、大変変わった銭湯だった。それは、この湯の浴室が、熱帯植物に覆われた「ジャングル風呂」だったからである。

この時代、全国各地の温泉場などには、この手の造りはよくあり、流行してはいたのだが、ジャングル銭湯というのは珍しかった。その上、ここの洗い場には、鉄棒が置いてあり、全裸のまま「大車輪」を披露する浴客もいた。

湯船に浸かりながら、緑の観葉植物を楽しみ、裸姿での鉄棒の技も堪能出来るという、何とも奇妙な風呂だったが、いつもどことなく落ち着かず、ゆったり湯を楽しむ気分にはなれなかった。

 

ジャングル風呂の主旨は、緑に囲まれた湯に浸かることで、心身とも寛げるようにする、との計らいかと思う。森の中を散策することで心の癒しが得られる「森林浴」と、同じような意味合いがあるかも知れない。森林で水を浴びることは無いが、風呂は浴びる。同じ「浴」なら、本当に浴びるほうが、効果がありそうだ。

人は、この緑という色に対し、ある力を感じていると思う。それは、気分を落ち着かせ、心をリフレッシュする効果を認めていること。そして人には、いつも自然の中に身を置きたいという願望があり、その象徴である緑色には、他の色とは違う憧れのようなものが、あるようにも思える。

 

春から初夏に向かう今は、一番緑が眩しく思える季節。その色は、ビビッドな緑ではなく、少し黄色っぽい優しい若葉色。そこで、今月のコーディネートでは、爽やかな気分で旬を楽しめるような、緑色にこだわった品物を取り上げてみよう。

 

若草色波文様 蠟描染 小紋  若草色ペルシャ絣模様 経錦 八寸名古屋帯

キモノには、通好みと呼ばれる品物がある。それは、模様や色が前面に出るものではなく、着姿も控えめで目立つことはない。

例えば、江戸小紋などは、そんな品物の代表格と言えよう。遠目から見れば、ほとんど無地であり、着姿にアクセントを付けるのは帯次第。小紋と言えども、よほど近くで見なければわからないほどの、小さな連続模様。けれどもその中には、精緻な文様を彫り出す型紙職人や、狂いなく型紙を継いで染めていく染職人の技術が凝縮されている。

今日御紹介する品物も、決して目立つことはないが、実に丁寧な仕事がしてある、まさに通のキモノ。そしてまた、初夏にふさわしい爽やかな緑を印象付ける品物である。

 

(若草色 波文様 蠟描き染小紋・松寿苑)

この品物の模様は、ちょっと見ると細かい格子柄を連続させた、江戸小紋のように見えるが、よくよく見ると格子の目が不揃いであり、白く抜けた筋の太さも様々で、型紙を使った江戸小紋とは、様相が違う。

そこで、この縦横無尽に入っている白い筋は、特殊な技法を使って表現されたものと、理解出来るだろう。描いた筋と筋が交差し、それが点のような格子状の模様として表れている。だが、この図案で最も特徴的なことは、不揃いで強弱を付けた筋が、波のように見えることだ。

少し遠目から映すと、様々な白い筋が、模様の中に浮かび上がる。では、ランダムなこの線は、どのようにして出来たものなのか、少し説明しよう。

奈良期から盛んに行われてきた文様染めの技法に、纐纈(こうけち)・夾纈(きょうけち)・﨟纈(ろうけち)の三つ、いわゆる三纈(さんけち)と呼ばれるものがある。

纐纈は、生地をつまんで糸くくりをしたり、模様の輪郭を縫った糸を引き締めることで染料の浸透を防ぎ、模様を表現する技法。いわば、絞り染めである。夾纈は、同じ文様を彫った二枚の板に布を挟み、そこに染料を注ぐことで模様を表現する。現代では、板締めと呼ばれる。﨟纈は、模様部分に蠟を置いて防染し、図案を表現する技法。ローケツ染めの名前は、よく知られているところ。

﨟纈は、文様を凸型の型に彫り、そこに蠟を付け、スタンプのように生地に押していく。時には、スタンプの向きを変えて押すことがあるが、これで模様の表情が変わる。そして、蠟の付け方一つでも、模様に自然なムラが付き、防染して最後に浮かび上がった図案は、まるで手描きのような自然な姿となる。それはあたかも、手描きのような柔らい筋となって表れてくるのだ。

 

滑らかな曲線で交差する筋。縦横に狭い間隔で引かれていることが判る。不揃いな筋が交差する点は、やはり不揃いになる。

このような、蠟の防染性を生かした染を蠟描染(ろうがきぞめ)と呼ぶ。この小紋も、予め、蠟を付けた筆や刷毛で筋を描き防染しておいて、地色の若草色を染め出した品物であろう。蠟を使って引いた筋は、そのまま白い線となって残り、この筋の表情そのものが図案になっている。

細い筋は、蠟を冷やすことなく描けるじょうろのような管の筆・「チャンチン」を使うことが多い。これは、蠟が冷えると固まってしまい、細い線を描くことが難しくなるためだ。

所々、筋がひび割れたように見える。細い線と太い線が混在し、それが模様の見え方の幅を広げている。

蠟で模様を描いた後で生地を染色し、その後、湯に入れて煮ることにより蠟が落ちる。その際に、蠟を引いたところにはどうしても地色の染料が浸透してしまい、不規則な割れ目が自然に出来てしまう。染め上がってみるまでは、どのような模様の姿となるのか、予想が付かず、それがまた変化に富んだローケツ染めの面白さであり、難しさでもある。

こんな凝った模様でも、かなり近くで眺めなければ、ほとんどわからない。遠めでは無地にしか見えず、しかもこの小紋のように極薄い緑地色だと、色そのものも、白っぽくぼやけたようにしか映らないだろう。

では、このような一見単純だが、実は手の込んだ通好みの品物を引き立たせるには、どんな帯を合わせればよいのか。キモノの優しい緑色が生かせるような、爽やかな着姿を目指してみよう。

 

(クリーム地 若葉色ペルシャ絣模様 経錦八寸名古屋帯・木屋太 今河織物)

帯で絣を表現した面白い図案。地のクリーム色の他は、緑と黄緑、白の三色。錦とは、糸で文様を織り出す、織物の総称であるが、文様の表現方法として、経糸を用いる経錦(けいきん・たてにしき)と、緯糸を使う緯錦(いきん・よこにしき)に分かれる。

緯錦は、単色の経糸に、何色もの緯糸を通すことで文様を織り上げていく。この技法では、使う緯糸の色数を自由に何色も使うことが出来、それゆえに精緻な文様や大型の文様も織り出すことが出来る利点がある。また、使う織機の構造も単純で、操作も難しくはない。

一方の経錦は、文様を織り出すために、経糸に複数の色糸を使う必要がある。そのために、二色以上の経糸をまとめて一組にし、それを一本の経糸のように扱って整経(せいけい・糸を一定の長さ、本数に分けて、幅を整えてドラムに巻き取ること。経糸を織機にかける前の準備工程の一つ)する。文様そのものは、経糸に、組織を織り上げる緯糸(母緯糸・おもぬきいと)と、文様を表現する緯糸(陰緯糸・かげぬきいと)を交互に織り込み、経糸を浮沈させて表現する。

経錦の難しい点は、違う色糸を重ねて整えなければならず(大概が、三色三本が一組のものを使う)、その経糸が複雑になっているがために、緯糸を交差させる緯打ち(よこうち)の作業を難しくさせている。奈良期以前に、日本に伝わった織技法は、経錦と緯錦の双方があるが、織り技法のたやすさから天平期には、緯錦が主流となり、正倉院に収蔵されている裂の多くは、この緯錦によるものである。

 

長々と、織技法のことを説明したが、この木屋太帯は難しい経錦で織られたもので、経糸の色を見ると、四色の色糸が見える。この糸を、模様の色や地色により、表に出したり裏に沈めたりしながら、図案が表現されている。

飛鳥期に伝わった裂の絣模様を、経錦という複雑で高度な技法で表す。模様の「かすれかた」の表現は、経錦ならではのものだろう。

製織方法もさることながら、この絣図案を引き立たせているのは、配色の妙。緑系二色の濃淡と、白・黄色の配列が、帯に爽やかなイメージを持たせている。絣模様だが、「森」を思わせる図案でもある。先月、この木屋太帯を製織した今河織物さんを尋ねた時の様子を御紹介したが、後継者である若いご夫婦の、センスの良い色の感覚が、この品物にもかいま見えているように思う。

では、この若葉を思わせる色のキモノと帯を合わせるとどうなるのか、試してみよう。

 

キモノの色は、ほのかに緑を感じる程度の極めて薄い色。そこに緑の絣模様を合わせることにより、少し浮き立たせようとしてみた。同系色を合わせることで、着姿全体に緑色の印象を広げようとする試み。

帯図案の二色の緑系色は、どちらもかすれたように表現されているため、あまりきつくはならない。このキモノは、どちらかと言えば「単衣向き」なので、合わせる帯の色は、暑苦しくならないように、爽やかなものを選んだほうが良いだろう。キモノがほぼ白に近いため、帯地のクリーム色でも、色の差が出て、着姿にアクセントが付く。

 

小物の合わせは、帯揚げと帯〆に二通りの色を使って試してみた。最初は、キモノと帯の基調になっている緑色を使う。帯揚げはすこし水色が掛かった蛍光的なターコイズ色。帯〆はビビッドな緑色。

こちらは、黄色を使った合わせ。帯揚げは明るいレモン色で、帯〆は緑色の合わせと同様に、はっきりとしたカナリア色。どちらの合わせも、帯〆が着姿を引き締める役割を果たす。ぼやけた印象を与えないためには、どこかで濃い色を効果的に使うことが求められるように思う。

(帯揚げ・帯〆ともに、木屋太・今河織物)

ターコイズ色とカナリア色に染め分けられた帯揚げ。どちらの色も明るく、モダンで、キモノや帯ではあまり使われない若い感覚の色。帯〆は、パキッとした潔さがある。今河織物の若い奥方の持つ、瑞々しい色の感覚が実に斬新で、私が一目ぼれした小物だ。

帯は、図案の配色により、イメージが変わる。そこには、その時代を生きる作り手の持つ感覚が、新たなエッセンスとして加えられる。伝統を重んじながらも、独自性を失わないこと。それこそが、暖簾を受け継いだ者の大切な使命なのかも知れない。

傍らでご主人の配色を見ていれば、奥さまはおのずと、それぞれの帯に合う小物の色を、理解される。今日の小物合わせでは、それを実感させてくれた。

 

通好みの品物を使ったコーディネートは、いかがだっただろうか。もっとも自然に馴染む「緑色」を、一度試して頂きたい。きっと、心地よい着姿を感じることが出来るように思う。

最後に、今日御紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

 

私が通った西荻窪のジャングル風呂には、浴槽に電流が流れる電気風呂や、ジャグジー(泡風呂)も備えられていて、今考えると、実に「ワンダーランド的な銭湯」でした。

けれども、この風呂屋が落ち着かなかった訳は、鉄棒の危うさです。風呂場ですから、常に濡れていて、当然滑りやすい状態になっています。そのため、演技の途中で落下する人が後を絶ちませんでした。

私の知る限りでは、大事に至ったことはありませんが、落ちたときの衝撃はかなりのものです(男性しか判らない「特殊な痛み」を味わうことがよくありました)。だから、浴槽の中から鉄棒へ向かう人を見ると、演技終了まで、気が気ではありませんでした。

学生時代のおかしなことほど、未だによく覚えているものです。蛇足ですが、私が愛した銭湯は、もう一軒も残っていません。これも、古きよき昭和の記憶です。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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