バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

バイク呉服屋への指令(3) 手描友禅で、珍しい色柄の男児初着を探せ

2017.04 25

紋を入れる時には、まず紋型紙を作らなければならない。上絵や、染め抜き紋の場合、紋の輪郭を彫った型紙を生地に刷り込み、細部は筆を使って丁寧に入れていく。美しい紋姿にするには、正確な型紙の出来と、繊細な文様を描く技術力が必要となる。

もちろん、型紙を作るのも、紋章上絵師の仕事。以前、型紙の台紙には和紙を使っていたが、現在は強度や耐久性の高い、ポリプロピレンという樹脂が使われている。

 

最近の紋入れは、印刷した紋をそのまま生地に摺りこんだり、シールのように貼り付けたりするような、従来の職人技術を無視した方法がまかり通っている。うちの仕事を依頼している西さんのような、頑なに技法を守り続けている紋章師からすれば、とても「紋を入れている仕事」には、見えない。

うがった見方をすれば、紋などは入っていればそれで良く、どのような入れ方をしたかなどは、どうでもよい事と考えられているのだろう。

伝統的な職人の技術をないがしろにし、効率に走る。これは、紋ばかりではない。熟練した腕を持つ和裁士ではなく、海外縫製やミシン縫いに依存しているキモノの仕立加工も、同様である。そして、加工だけではなく、品物そのものの作り方にも、全く同じ傾向が見られる。だからこれほどインクジェット加工の染モノが増えるのだ。キモノの模様にさえなっていれば、どのような作り方をしたのか、問題にしていない証拠である。

 

モノ作りの過程を重要視せず、「同じように見えていればそれで十分」との考え方が横行すれば、職人仕事は廃れる。社会が過程に価値を見出せない限り、人の手仕事は残っていかない。このままでは、全く技術を必要としない、通り一遍の金太郎飴のようなモノや、加工のあり方のみが残るだけであろう。

人の手で作ったモノを、人の手で加工する。呉服屋の仕事としてごく当たり前に出来ていたことが、全く出来なくなる。そんな時代は、もうすぐそこまで来ている。

今回の指令は、そんな手仕事にこだわった品物を探す仕事である。依頼された品物は、最も形骸化しているアイテムの一つ、男の子の初宮参りに使うキモノ。バイク呉服屋がお客様の期待に答えられたか否か、ご覧頂こう。

 

紅鳶色一越 宝尽しに松葉菱文様 手描京友禅・男児初着 菱一

子どもの通過儀礼に使うキモノを作ることには、多くの方が躊躇される。お宮参りに使う初着にせよ、七五三の祝着にせよ、着用するのはたった一回、その時だけだからだ。効率よく使い回す手段として、初着に使う掛けキモノ・八千代掛けに裁ちを入れず、裏地を足したり、仕立て直したりしながら、三歳・七歳の祝着に使い、最後は十三参りに着用出来るようにする方法もあるが、その都度呉服屋で手を入れなければならず、面倒には違いない。

かといって、三歳・五歳・七歳と、祝い事の度に新しい品物を新調していくというのも費用が掛かり、考えものである。親が着用したものがあれば、それを使うのが一番良いのだが、持っていない方も多く、実家の箪笥を探すのも面倒という場合もあるだろう。

だから結局、レンタルで済まそうということになる。最近は、貸衣装店ではなく、写真屋で衣装を借り、記念撮影を一緒に済ませるケースがほとんどだ。写真屋は、キモノだけでなく、ドレスも貸す。気に入った衣装を沢山選んで着てもらえば、それだけ写真の枚数も増えることになり、代金も上がる。親としてみれば、違う衣装を着用すれば、その写真も欲しくなるに決まっている。親や、祖父母の心理をついた上手な商いである。

 

けれども、「せっかくのお祝いだから、新しい品物を誂えたい」という方もおられる。そしてそのほとんどの場合が、親ではなく祖父母の気持ちだ。我々が見ていると、初孫の時には、「きちんとしてやりたい」という思いが特に強くなるようだ。

女の子の場合は、三歳・七歳と二回の祝い事があり、先に述べたような使い回す方法を取れば、作っておいても無駄にはならない。けれども、男の子は宮参りの後は、五歳の時に一度きりとなる。だからなお、初着を誂えることが躊躇われる。

 

初着の依頼を受ける呉服屋としても、後々の事を考えると、あまりお客様に負担をかけるような高価な品物は奨め難い。とはいえ、折角作って頂くのだから、写真店で貸すような化繊のインクジェットモノにはしたくない。そこでうちがよく扱うのが、素材は絹だが、模様は型であしらわれている品物。多少金額の差はあるが、大概5万円から、高くても12,3万といったところだ。それでも、価格が1万円そこそこの化繊プリントモノに比べれば、高価である。

だが、今回受けた依頼は、型モノではなく、きちんと人の手を掛けた手描き友禅で作ってある品物。そして、ありきたりな色や模様ではない、一枚きりの個性的な初着を、ということなのだ。このお客様は、人を介して、バイク呉服屋に来店された。「ここなら、望む品物を見つけてくれると、聞いてきましたので」と話される。今回も、何とか期待に答えなければならない。

 

今回見て頂いた5点の初着。いずれも菱一から取り寄せた品物。

男の子が使うモノには、初着にせよ五歳の祝着にせよ、定番とも言える模様がある。中でも鷹と兜が双璧で、龍がこれに続く。

顔つきも雄々しく、素早さや力強さを感じる鷹には、男らしく健やかに成長して欲しいという願いがある。また、兜は武士の威厳を表す道具の一つであり、力を象徴するもの。たくましい男の子になるようにとの期待が、込められる。そして龍は、古来から伝説上の神なる生き物として尊重され、崇拝されてきた。天に駆け上る龍のように成長して欲しい、という意味があるのだろう。

 

今回お客様からは、この三つの定番模様は避けて欲しいと言われた。インクジェットや捺染のような量産品によくある柄では、個性が出せず面白みに欠ける。出来れば、手描友禅らしい美しい配色で、品の良さが感じられるもの。図案は厭きの来ないものを希望された。

さらに、地色も黒と紺以外で探して欲しいとの事。この二色は、男児のキモノの地色として最も良く使われるので、避けたかったのだろう。つまりは、色、柄ともに、「ありきたり」では駄目なのだ。このようなお客様のこだわりを、出来る限り品物に反映させること。これが出来るか否で、商いの成否が決まる。

 

とはいえ、バイク呉服屋には、高価な手描き初着は置いていない。そこで、取引先に問い合わせて、今回の希望に向く品物があるか否か、聞いてみることにした。

うちで普段付き合いのある染のメーカーとなると、菱一と千切屋治兵衛である。手描友禅でも、振袖や留袖、訪問着あたりならば、間違いなく在庫があるはずなので心配は無いのだが、男の子の初着となると、不安が付きまとう。初着のような品物では、質を求める方が少ないため、手描きの生産数も限られる。需要が少なければ、作ったところで捌けていかないからだ。

菱一に問い合わせたところ、7,8枚は持っているという。そこで、お客様から希望を受けた条件を話し、それに適合する品物を送ってもらうことにした。それが、最初の画像にある5点の初着である。

 

ブルーグレーの濃淡ですみわけた地色。図案化した松だけの模様。シンプルだが、松の形が面白く、配色も大人しい。

珍しい鮮やかな明るい赤鳶色の地色。模様は、オーソドックスな宝尽しに、松葉菱。吉祥文様の代表格である宝尽しを、シンプルに描いているだけだが、すっきりとした印象を残す。5枚のうち、この品物だけが石持(紋場が白く抜かれている状態)になっている。男モノの黒紋付や黒留袖と同じように、格式のある形態。

竹の色を僅かにくすませたような緑色。こちらも男児初着の地色としては、珍しい。図案は、岩場に打ち寄せる波に松。御所解文様の中でも、よく使われている。

竹が煤けたような、深い焦茶地色。渋みのある男らしい色。模様は、正倉院の鏡文に刀剣。所々に、短冊形の唐花模様があしらわれている。鏡には紐があるので、薬玉文のようにも見えるが、これは刀に付いている「お守り」なのであろう。今回の品物の中では、一番個性的な図案。

落ち着いた狐色地に、胴のところが三階菱のような形で白く抜けている。図案は、武田信玄公の家紋「四つ菱」と、狂言の丸。丸紋の中は、兜や軍配も見える。菱文様のイメージが強い品物。

 

この5点をお客様に提示したところ、赤茶の宝尽しと、焦げ茶の正倉院お守り文の2点を気に入って頂けた。宝尽しの方は、地色の明るさと文様のシンプルさ。お守り文は、図案の珍しさが目に止まるポイントだったようだ。

悩まれた上に決まったものが、紋の入った最初の画像で判るように「赤鳶色・宝尽しに松葉菱文様」である。宝尽しは、スタンダードな文様だが、何よりこの地色に惹かれたことが、決め手だった。そして図案が、次の代まで安心して使うことが出来る、厭きの来ない文様ということもあったのだろう。

 

向い笹、松葉菱と一緒に、打出の小槌や宝巻、七宝などお馴染みの宝尽し図案が並ぶ。松葉菱は、箔で表現され、小槌の所々にも摺箔が見える。色合いに品があり、地色の茶の鮮やかさが生きている。

鳶色は、トンビの羽の色。海のそばに住み、「ピーヒョロロ」と特徴のある声で鳴く姿に、覚えのある方も多いだろう。トンビは、鷹科に属する鳥。鷹図案を避けられた今回のお客様も、地色が鷹の羽に関わるものとは、思われまい。図らずも、隠れた色で、男らしさを表現することになった。

 

こうして今回も、何とか任務を果たすことが出来た。手描き友禅の初着のように、需要が少なくて高価なものを、買い取って仕入れることは難しい。こんな品物を、常時棚に置いてある店は、専門店の中の専門店であろう。

難しい依頼でも、自分の取引先の中に、それを扱っているところがあれば、こうしてお客様の期待に答えることが出来る。きちんとしたメーカーと、きちんとお付き合いする。そうすれば、難しい品物も探すことが出来て、きちんと商いにも繋がる。

質にこだわった取引先と、信頼関係を築くことが、何より大切であり、時には、商いの大きな助けになる。改めて、それを実感した仕事であった。

 

紋章上絵師・西さんの手で初着に入れられた、「丸に三つ柏」紋。西さんの紋には、彼だけが判る小さなサインが隠されています。それは、顕微鏡で見なければわからないほどの、極めて小さなしるし。

これは、西さんの、自分の仕事に対する誇りと責任の証でもあります。心を込めて職人が作ったモノを、心を込めて職人が加工する。こんな当たり前のことが、少しでも長く続けられることを、心から願っています。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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