バイク呉服屋の忙しい日々

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娘たちの卒業式(前編) 黒地松竹梅模様振袖と海老茶無地ウール袴

2017.03 19

不思議なもので、三人の娘を同じように育てたつもりでも、性格も考え方も違う。

長女は、他人に流されず、はっきりとした性格で、たまに相手に向かって「毒を吐くようなこと」もあるが、一番親思い。次女は、生真面目で堅実な努力家だが、少々意固地で、言うことをほとんど聞かない。三女は、人当りが良く、すぐ環境に順応できるが、計画性がなく、野放図。

考えてみれば、娘達にとって私は、あまり父親らしくなく、「へんなおじさん」くらいにしか、思われていないかも知れない。私も家内も、これといった家庭内教育を施した記憶はほとんど無く、気が付いたらみんな大きくなっていて、それぞれが自分勝手に、進む道を決めていたのだ。

小学校に上がるまでは、大変だったものの、後の子育ては適当で、いい加減なもの。思春期を過ぎる頃には、ほとんど口出しをせず、ただやることを見ているだけだった。そのため娘達は、伸び伸びと自由気ままに育った。

 

最近の親は、子どもの教育や将来に対して熱心に関わり、痒い所に手が届くような手助けをする。そのため社会も、そんな風潮に対しては敏感になっている。例えば、大学には親向けの就職講座があり、企業も採用の時には、親の顔色を伺う。さらに、結婚相手を探すために、親だけのお見合いパーティが開催されている。

親は、子どもの未来にとって、進むべき道を示す「灯台」でありたいと考えるのは、ごく自然なことで、「幸せになって欲しい」という気持ちの表れでもある。けれども、過度に干渉することで、失うことが多いような気がする。

まあこれは、それぞれの家庭の方針があるので、よそのことを批判することは、よくない。我が家は、関わることが面倒くさく、ただ放っておいただけなのだ。

 

今年の春、次女と三女が大学を卒業する。二人は二歳違いだが、次女が6年制に通ったために、同時になった。これだけでは、別にどうと言うこともないが、困ったのは、卒業式が同じ日になったこと。

二人とも、袴姿で式に臨むのだが、上に着用する振袖は、一枚しか持っていない。これは以前、このブログでもご紹介したが、私の妹が30年前に使った古いモノである。成人式には、三人ともこの振袖を使い、長女は大学の卒業式でも使った。

今回、二人の卒業式の日さえ重ならなければ、一枚ある振袖を使い回すことが出来て、問題は何も生じなかった。けれども、である。どちらか一人だけが振袖を使い、もう一人は、袖の短い小紋や訪問着を使わせるというのも、忍びない。散々悩んだ末に、仕方なく振袖を作ることにした。おそらくこれは、バイク呉服屋が自分の娘に新しい振袖を誂えずにいたことを、神様が許さなかったということであろう。

 

先週の水曜日、二人の卒業式があった。私と家内は手分けをして、それぞれの娘の式に参列した。そこで、今日と次回は、娘達が着用した袴姿を皆様にご覧頂くことにする。呉服屋として、どのような着姿を作ったのか、見て頂こう。

 

左の黒地振袖・海老茶袴が次女。右の枝垂れ桜振袖・茄子紺袴が三女

うちの娘達の身長は、三人とも165cmくらいで、ほぼ同じだが、長女と次女は華奢で、三女は体育大で鍛えていることもあり、ガッチリしている。画像を見ても、右側の子の肩幅は広い。今日はまず、左側・次女の衣装をご紹介しよう。この一組が、今回新たに誂えたものである。

 

(黒地 松竹梅模様 型友禅振袖・菱一  海老茶色無地 ウール行灯女袴)

新たに作った振袖を、どちらの娘が着用するかを決める時、次女が先に手を挙げた。末っ子は、この姉が「言い出したら聞かない性格」ということを理解しているので、すんなりと譲った。そんなところは、素直な子なので、助かった。

さて、新しい振袖を作ると決めたものの、うちの家計にとっては、予期せぬ出費である。いかに自分の所で扱っている品物とはいえ、タダではない。もちろん、仕入れ値なので、消費者が求める価格より安く済むが、家計から、店の方に支払いをしない訳にはいかない。

長女が大学に入ったのは、2009年の春だから、もう8年前になる。この間、次女・三女と次々に、大学に進んだ。大学生を二人抱えていた期間は、6年にもなる。そして三人とも、東京・千葉と県外に進学したため、学費だけでも大変なもので、到底私の稼ぎで全ては賄えず、奨学金の世話になった。この8年で、我が家の金庫は、すっかり空っぽになってしまったのだ。

そんな訳で、高価な手描き友禅など考えられず、型モノの中から、模様が華々しく、見映えの良いものを探すより仕方が無い。そこで、菱一に出向き、限られた予算の中で、一番晴れやかな品物を見つけることにした。

 

すでに持っている振袖の地色が、クリームと橙色の段ぼかしという、淡い雰囲気の品物なので、新しい振袖の地色は、濃地のものと決めていた。出来れば、重厚さのある黒地が良く、若々しさが溢れるような模様を希望した。そこで、見つけたのが、この「黒地に松竹梅文様」のキモノだった。

模様は、松竹梅だけ。後身頃の裾から上に、すっと立ち上がった竹が印象に残る。着姿を後ろから見ると、この竹がかなり目立つ。模様の中心、上前おくみと身頃には、色とりどりの松竹梅が、密集して描かれている。

「型モノ」だけに、一つ一つの模様を見れば、まさに「型通りのもの」だが、これは価格を考えれば仕方が無い。呉服屋が自分の娘に作るものでも、予算内で納めようとすれば、我慢しなければならないこともある。

そんな中で、この振袖に目が止まったのは、模様のシンプルさと、配色の鮮やかさである。松竹梅だけの意匠に、潔さを感じ、若さもある。また、後身頃に伸びる竹も、着姿のアクセントになるだろう。

 

袴を使うキモノの場合には、模様の中心・上前は隠れてしまう。キモノの模様が見える部分は、両袖と肩、胸、それに襟元になる。この振袖は、襟に模様が少ないため、少し寂しく見えるが、その分を華やかな袖模様で補っているように思える。

斜め後から、着姿を写す。肩越しだと、袖と肩の模様の華やかさが、一際目立つ。

背の高い子なので、袖丈が3尺の大振袖に作ると、着映えがする。特に、前から見える左前袖には、模様が密集しているので、上前は見えなくとも、振袖らしい華やかな雰囲気は、ある程度出せる。

 

すでにうちにある茄子紺色の袴だと、いかに模様が密でも黒地の振袖に使えば、着姿が沈む。そこで、少しだけ赤みのある色の袴を使うことにした。

材質は、ウール。大学生協や衣装屋が貸す卒業式の袴は、ほぼ化繊だが、ウールだと重々しさが感じられ、しっとりと落ち着いた着姿になる。また、よく刺繍をあしらったものや、色をぼかした袴も見かけるが、無地の方がすっきりする。

この海老茶色は、大正時代の女学生の間で流行った袴の色。女学校へは、矢絣お召と、この海老茶袴で通ったが、そんな彼女たちのことを、袴の色をもじって「海老茶式部」と呼んでいた。余談だが、現代の卒業式に見られる、特徴的な色の袴といえば、何といっても、宝塚音楽学校の卒業生が使う、「モスグリーン色」。一緒に着用するキモノは、黒紋付と決まっている。

袴には、半巾帯を使うが、ほんの少しだけピンクのラインが入った、博多半巾を使うことにした。帯もやはり、化繊ではなく、絹モノの方がきっちりと締まる。前から、ほんの少しだけ覗く帯の色は、ピンク色。キモノの黒、袴の海老茶とも、相性が良く、ポイントにもなる。

 

襟元の色の映り。振袖の黒・伊達衿の茜・刺繍衿の桜の花びら。

上半身を前から写してみた。襟元には模様がほとんど無く、地の黒が目立つ。そこで、鮮やかな茜色の伊達衿と、淡いピンク色の桜の刺繍衿を使うことで、衿・胸元の寂しさを消してみた。こうしてみると、少しだけ覗く帯のピンク色が、着姿の中で効いているように思うが、どうであろうか。

 

今回の卒業式のために誂えた品々。長襦袢は、黒地の振りからちょっとだけ覗く時に、印象に残るような、玉熨斗模様の濃ピンク無地にしてみた。

 

私は、この次女の方の卒業式に参列した。何しろ、彼女の大学に行くのは、最初にして最後のこと。友人達からは、かわいいと着姿を褒められ、満足そうだった。そんな表情を見ていると、「作って良かった」とつくづく思う。やはり、バイク呉服屋も、ただの「親バカ」だ。

今回は、蚊帳の外に置かれていた長女が、5月に招待されている親友の結婚披露宴に、この振袖を着用するらしい。三人も女の子がいれば、誰かがどこかで使う機会もあり、無駄になることはあるまい。もう少し上質な仕事の品物を選んでやりたかったが、今のうちの経済状態では、これが精一杯である。

次回は、すでにある「枝垂桜の振袖」を使った、三女の卒業式姿をご紹介しよう。

 

長女とは、カラオケ屋で一緒に唄いまくり、次女には、麻雀を熱心に指南し、三女とは、ナンセンスギャグで盛り上がる。

家内に言わせれば、私は、「何一つ父親らしいふるまいをしない」そうです。そういえば、次女は在学中、男の子達と麻雀荘に度々通っていたらしく、卒業式でも「雀友」と、記念写真を取りまくっていました。

こんないい加減な親の下でも、それなりに育ってくれた娘達には、感謝しています。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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