バイク呉服屋の忙しい日々

にっぽんの色と文様

色づくも良し、散るもまた良し  吹き寄せ文様

2016.12 04

最近、ジビエ料理が流行っているらしい。ジビエとは、狩猟で仕留めた野生動物の肉のことである。供される獣の代表格が、猪と鹿。鍋物や鉄板焼きで食べるのが一般的だが、高級なフランス料理の食材としても、使われているようだ。

ここ数年来、鳥獣による農業被害は拡大の一途を辿り、被害額は200億以上にも上る。平成26年度の環境庁における調査によれば、猪の被害は48億、鹿が38億、猿が13億。この三種だけで、100億近い。

地方の山間地における急激な人口流出は、膨大な耕作放棄地を生み、害獣生息を助長している。そして、獣を撃つ猟師の高齢化と後継者難も、被害拡大の大きな要因の一つ。そこに、気候環境の変化に伴う餌の不足が加わり、獣が山から下りてくる。

 

山村自治体の中には、何とか害獣駆除を促進し、ついでに特色ある町おこしの材料にしようと考え、ジビエ肉の販売に力を入れているところがある。例えば、長野県・飯田市では、県の合同庁舎の食堂で、伊那地方のジビエ肉を使った丼を提供している。その名前は、予想通りの「猪鹿鳥丼」。

どこでも、花札の「猪鹿蝶」に引っ掛けたネーミングを考えるようで、あちこちで使われている。兵庫県北部・宍粟市の道の駅「ちぐさ」には、「猪鹿鳥あんかけソーメン」があり、熊本県・山都町の高校生が考えたレトルトカレーは「猪鹿鳥カレー」。岐阜県・郡上市には、「猪鹿庁」という名前の猟師集団がいて、獲った猪や鹿を自分達で加工し、販売している。

 

最近では流行のジビエだが、すでに江戸中期には、野生の肉を供する店があった。近隣の農村から捕獲した猪や鹿ばかりか、兎や犬、そして恐ろしいことに、狼までもが食べられていた。当時、このようなジビエ料理を出す店は、「ももんじや」と呼ばれていた。この名前の由来は、何種類もの獣の肉を使うこと、すなわち「百獣」を想起するためのようだが、定かではない。

現在、東京・両国には、ももんじやという名前の猪料理店があるが、創業は1718(享保3)年。名前の通り、ここは300年続くジビエ料理の老舗である。

 

猪肉を使った鍋を「牡丹鍋」と呼ぶのは、良く知られているが、鹿肉鍋は、「紅葉鍋」である。鹿=紅葉というのは、花札で一緒に使われているからだろう。この組み合わせはかなり古く、すでに古今和歌集の中にも詠まれている。

奥山に もみじ踏みわけ 鳴く鹿の 声きく時ぞ 秋は悲しき  猿丸大夫

人里はなれた山の奥に住んでいる雄鹿が、舞い散って積もったもみじの葉を踏みながら、雌鹿を求めて鳴いている。そんな声を聞くと、秋が深まった寂しさがひとしおに感じられる。

藤原定家の秀歌撰・小倉百人一首にも選ばれた、秋を代表する歌の一つ。作者の猿丸大夫は、三十六歌仙の一人だが、どのような人物なのか、あまり判っていない。私には、この歌の情景がそのまま、花札の絵として表現されているように思える。

 

鮮やかな赤や黄色に色づいた葉は、季節が深まるにつれて、色を変える。ひと風吹くごとに、枝から地に落ち、冬の到来を告げる木枯らしが吹く頃には、地面に落ちた葉は舞い上がって、散々になる。

晩秋から、初冬に移る今の季節では、街のあちこちで落葉が風に散らされている。それを目にした時、誰もが、季節が変わり行くことを感じる。こんな寂寥感の中にも趣のある姿は、「吹き寄せ」という文様として、キモノや帯の中に表現されている。

 

いつものように、ジビエから吹き寄せ文様に至るまでに、かなり時間が掛かってしまった。皆様には、なかなか本題に辿り着かない、バイク呉服屋の悪いクセを、お許し頂きたい。

今日は、今の季節にふさわしい「吹き寄せ文様」が、それぞれの品物の中でどのように映し出されているのか、それをご覧頂くことにしよう。

 

(藤鼠色地 吹き寄せ文様小紋 楓・銀杏・松の葉 菱一)

落ちた葉や実は、風が吹くと流されて、道路や地面に散らされたり、一ヶ所に吹き集められたりする。この情景が、晩秋の趣きのある風情をかもし出すことから、文様化した。

キモノの図案として、無理なく「風であちこちに飛ばされる葉」を表現するのであれば、「飛び柄小紋」となるのが、ごく自然な姿であろう。上の画像でも不規則に模様が飛んでいることが判る。

中にあしらわれる植物は、鮮やかな色に紅葉した後、落葉した楓や銀杏が中心となる。基本的には、季節が前面に出て、旬が意識される文様であるが、中の模様に、落葉以外の花弁(例えば梅や桜、菊など)や図案(雪輪や七宝など)を使ってアレンジすると、季節に広がりが生まれる。どのような模様を指すのかは、後で品物をご紹介する。

 

地色は、鼠色に薄い藤色を重ねたような色。今の季節にふさわしく、落ち着いた柔らかい色。そしてどの模様の配色も、地の色と同様に、おとなしく控えめに挿してある。

着尺小紋なので、当然キモノとしても使えるが、模様の配置や配色を考えると、長羽織の方がふさわしい気がする。秋風が冷たく感じられる頃、さりげなく使いたい、旬な羽織となる。

 

(黒地 吹き寄せ文様小紋 楓・銀杏・菊・椿・雪輪・梅鉢 トキワ商事)

個性的な、黒地の吹き寄せ小紋。最初の品物は、落葉に限定した模様だったが、こちらは菊や椿といった花も散らされており、雪輪、梅鉢のような文様も一緒に組み込まれている。

羽織を着用する時期は、10月下旬から4月上旬にかけての寒い季節。落葉した楓や銀杏だけで模様付けがしてあると、どうしても、季節が限定されてしまいがちになる。そこで、秋の花・菊や、冬から春にかけて咲く椿を一緒にあしらうと、使う季節に広がりが出る。雪輪や梅鉢も、寒い季節をイメージしやすい文様だ。

 

羽織として仕上がったところ。模様には、柔らかく明るい挿し色が使われているため、黒地でもきつい印象にはならない。羽織を使う季節ならば、迷うことなくいつでも着用できる、使い勝手の良い品物と言えよう。

 

(ベージュピンク地 吹き寄せ小紋 楓・小梅・松の葉)

同じ小紋でも、先の二点とは、かなり雰囲気の違う吹き寄せ文様。これも飛び柄小紋なのだが、小さな葉と小花をひっそりと寄せ集めて、一つの模様として表している。前の品物は、全体が「吹き寄せ」になっているが、こちらは模様そのものが「吹き寄せ」である。

この画像で、品物の姿がよく判ると思う。吹き寄せ模様が、地色に近い色で挿されているために、ほとんど目立たない。あくまで控えめで、楚々とした印象が残るのは、そのためだ。着姿は、かなり無地に近いものとなるだろう。

 

(桜色地 吹き寄せ文様 付下げ 楓・銀杏・松の葉・桜・梅・橘・牡丹・萩 菱一)

こちらは、モチーフとして吹き寄せを使った付下げ。上の画像は、模様の中心となる上前おくみと身頃。流水のように白く地色をぼかし、その上に吹き寄せた花々を描いている。春と秋を代表する植物8種を使うことで、どちらの季節にも着用しやすい品物となる。

型を使った友禅だが、楓や菊、橘、牡丹などは刺繍が、桜や梅には型の染疋田が使われ、模様にアクセントを付けている。上品で若々しく、厭きの来ない意匠であろう。

 

最後に、作家によって描かれた個性的な「吹き寄せ文様」を、少しだけご覧頂こう。なお、この品物については、すでに個別の稿として書いているので、詳しくは、そちらをお読み頂きたい。

(黒地ちりめん 手描き友禅振袖  「花寄せ」・品川恭子)

四季の花と幾つかの文様を融合して散りばめ、それを色鮮やかに丁寧に描いた、個性的な振袖。女性らしい優しい配色と、巧みに図案化された文様が、この作家の特徴である。

「花寄せ」という名前の作品だが、やはり吹き寄せ文様を念頭において作ったものであろう。先にご紹介した、黒地の小紋と模様の雰囲気は似ているが、質の違いは明らか。こうして比べてみると、品物の格というものが良く判る。(詳しくは、2013.9.8の稿をご覧下さい)

 

(本藍染木綿絣 出雲織 「木衣」・上別府祐子)

出雲織の第一人者・青戸柚美江さんのお弟子さん、上別府祐子さんの作品。楓や銀杏の葉を、木々の衣に見立て、絣で表現したもの。吹き寄せというより、散り積もった落葉のように見える。(詳しくは、2014.8.12の稿をご覧下さい)

 

今日は、様々な形で表現される「吹き寄せ文様」について、ご紹介した。美しく色づいた葉を愛でるのも良いが、落葉して散り積もる姿も、また趣がある。道に落ちた葉を踏みしめると、かさかさと音がする。それは、冬の到来を告げる音でもある。

この文様は、季節のうつろいを映し出したもの。キモノや帯の中に描かれる四季折々の姿は、繊細な日本人だからこそ、これだけ美しく表現出来るのではないだろうか。

 

 

ユニークなネーミングに惹かれて、岐阜県・郡上市で活動する「猪鹿庁」のことを、少し調べてみました。

驚くことに、この組織を運営しているのは15人の若者達です。掲げている理念は、「猟師として生き、猟師として山を守る」こと。それこそが中山間地の暮らしと、里山を守ることに繋がるのだと。まさに彼らは、「現代に生きるマタギ」です。

猪鹿庁の組織は、猟師を育成する「捜査一課」や、肉の解体技術の向上や精肉所を普及させる「衛生管理課」、猪鹿肉を使った商品を開発する「ジビエ課」など、六つの部署に分かれ、活動しているようです。

 

都市に背を向け、山で生き、地域を守る。言うは易いが、実際に行動することは、とても難しいこと。それでも彼らは、「大切にしなければならないのは、何なのか」を自分の基準で見つけ、生き方に反映しています。これこそが、本当の「生きる力」なのでしょう。

久しぶりに、勇気ある若者の姿に、感銘を受けました。一度、彼らが作る猪鹿肉のソーセージや燻製を、買ってみようと思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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