バイク呉服屋の忙しい日々

ノスタルジア

平成の加賀友禅(3) 大久保謙一・道長取切り込み文様 色留袖

2016.10 31

加賀友禅の作家が、自分の作品に付ける落款は、どれも個性的だ。この印は、作品に対する署名(サイン)であり、証明ともなる。

大概、自分の名前からひと文字を選び、巧みに図案化している。例えば、毎田仁郎氏の落款は「仁」だが、部首のにんべんを、楕円のように描いている。また、寺西一紘氏は「紘」を使っているが、やはり部首の糸へんが串のような形に図案化されている。

このように図案化されたサインは、落款だけではない。室町期から江戸期の文書によく見られる「花押(かおう)」も、本人であることを明確化する意味で使われたものだ。

この印は、家臣へ向けて伝達された公文書が、「確かなもの」、つまりきちんとした人から送られたことを証明するものとして、付けられていた。そのため花押は、他者に真似されないよう、複雑に図案化、文様化したような、ある種独特な形状を持っていた。

 

権威のあるところから裁可を得る、という意味で使われる言葉に、「お墨付きをもらう」があるが、これは、墨を使って付けらていたこの「花押」に、由来するもの。

作品や文書は、落款や花押でお墨付き=確かなモノとして、承認されるが、人にも「お墨付き」となるものがある。それが、国から授けられる勲章や褒章なのであろう。先頃、文化勲章受章者が発表されたが、一般には春と秋の二回、勲章・褒章授与式が行われる。

勲章や褒章の対象者は、様々な場面で活躍され、社会への貢献が顕著と認められた人。褒章には色が六つあり、それぞれの色に授けられる意味がある。例えば、黄綬褒章は、業務に精励し、人々の模範となった人が対象であり、紅綬褒章は、人命救助に功績のあった人、藍綬褒章は、公衆の利益を興した人という具合に決められている。

 

勲章や褒章の授与式は、受章者が宮中へ参内して執り行われるが、その時に着用する服装は、予めドレスコード(服務規程)として指定があるようだ。男性は燕尾服かモーニング、女性は和装なら色留袖、洋装ならアフタヌーン・ドレス。もちろん同伴者である配偶者にも、この規定に添う服装が求められている。

一般社会では、和装の第一礼装は黒留袖になるのだが、宮中では、黒は喪の時に限って使われる色なので、色留袖着用となる。

 

そんな訳で、バイク呉服屋でも、この「人生で最も晴れやかな場面」で着用される色留袖の御用を、これまで数多くお受けしてきた。受章を機会としてお求めになった品物は、お客様にとってはやはり一番思い入れがあり、長く大切に使われることが多い。

先日も、そんな一枚の加賀友禅・色留袖が、手直しのために店に戻ってきた。今日は、秋の褒章も近いので、どのような模様の品物が授与式で着用されたのかを、ご紹介することにしよう。

 

(桜鼠色地 道長取切込み模様・色留袖 大久保謙一 1995年 甲府市 U様所有)

授与式で着用するものは、色留袖と決まっているが、地色や模様に制限は無い。けれども、宮中での厳かな式を考えれば、やはりオーソドックスな古典模様で、品良くおとなしい色目の品物に落ち着く。

また、列席する女性の多くは、受章されるご主人の同伴者という立場である。とすれば、やはり一歩引いた、控えめな印象を周りに与えることが大切かと思える。どなたの目にも、自然に映る雰囲気が求められるため、どうしても柄行きは、おとなしくなる。

同じアイテム(色留袖)を、同じ場所で、同時に着用するようなことは、宮中関係の式に参列する場合以外は、ほとんど無いだろう。男性のモーニングは、ほぼ均一であり、同じ姿にしか見えないが、女性のキモノには色と模様があるため、それぞれの着姿に個性が出る。

だから、限られた色や模様があるにしても、着用される人の雰囲気を尊重し、他の人と差別化を測る必要がある。叙勲関係で使うキモノには、通常の品物選びとは違う視点が求められるため、それを弁えていないと、相応しい品物を提案することが難しい。

 

作者の大久保謙一氏は、1979(昭和54)年に落款を登録、2008(平成20)年には、伝統工芸士に認定された方で、作家としてはそろそろベテランの域に達する人である。もちろん、現役の作家として活躍されており、今年の伝統加賀友禅工芸展においても、入選を果たしている。

師匠は、日展会員で、加賀染振興会の理事、現在の加賀友禅の中では重鎮の一人、鶴見保次(つるみやすじ)氏である。江戸・安政年間より続く染物屋の三代目として生まれた鶴見氏は、金沢美術工藝大学で、下村正一氏から日本画の薫陶を得る。卒業後は、東京の染色家・村井清朔氏のもとで修行を積み、1966(昭和40)年金沢へ帰郷、以後作家として活躍している。

下村氏の画には、金沢の豊かな自然の中で生きる、花や鳥などを丹念に写し取ったものが多い。やはりそれが鶴見氏の作品の中にも、特徴的に表れている。そしてそれはまた、鶴見氏の弟子・大久保氏にも受け継がれているとも言えるだろう。

 

このキモノの地色・桜鼠(さくらねずみ)は、淡い桜色に灰色を加えたような、何ともおぼろげな色。別名、灰桜とも墨桜とも呼ばれる。この色には、「ほのかな明るさ」が感じられ、独特な上品さを醸し出している。

模様の構成は、絵羽モノによく見られる「道長取り」。模様を継ぎ合わせたようなかたどりは、平安期の和紙工芸・継ぎ紙の技法を取り入れたもの。以前にもお話したが、「道長」とは平安期を代表する権力者、摂関・藤原道長のことである。おそらく、平安技法の継ぎ紙から道長を連想して、この名前が付いたと考えられる。

模様の中は、幾つもの切り込みを入れて区分けされ、区分ごとに違う図案が描かれている。そこには、伝統的な文様と、様々な花鳥風月の模様が混在して融合している。繋ぎ合せた全体像からは、古典への意識が強く感じられる。

では、具体的に、どのように模様がつけられているのか、見ていくことにしよう。

 

模様の中心、上前のおくみと身頃。松皮菱で切り込まれた中に、三羽の鶴と、能衣装によく使われる独特な「狂言の丸」文様が見える。さらにその下の松と桜の中には、役者柄の一つで、枡を重ねたところを表現した「三枡」文様が見られる。

後身頃の裾に近いところに付けられた「七宝文」。

やはり裾に近い位置には、松と「亀甲に片喰」文様が連なっている。

 

大久保氏の描く友禅は、加賀には珍しい疋田による模様表現がある。どんな図案になっているか、見て頂こう。

一目ずつ糊を置いて、きちんと描かれている鹿の子。よく見ると、四角形が微妙にぶれていて、一つとして同じ形になっていない。こんなところからも、丁寧な手仕事の姿を知ることが出来る。

上前おくみに描かれている、染疋田を使った大きな桜の花びら。

 

もちろん、加賀特有のぼかし技法を巧みに生かした、精緻で上品な色挿しは、随所に見られる。

三羽の鶴は、それぞれに表情が違い、動きのある模様に仕上がっている。同系の挿し色であっても、ぼかしを駆使し、変化を付けることで、より写実性が高まる。

松の色挿し。植物模様の中で、一番多く使われているのが、松。緑と鶸色を基調としているが、ぼかしの入れ方は一枚ずつ異なっている。

こちらは、桜の花びら。点のように色が挿されている蘂の形も、よく見ると不揃い。規則的ではないことが、手描き友禅の一つの魅力とも言えようか。

 

伝統的な文様に、四季の花々を組み入れ、加賀らしく優しく表現されたこの色留袖は、控えめでありながら、個性的でもある。厳粛の中にも、晴れやかな叙勲の席を彩るに、ふさわしい品物であろう。

丁寧に小さな模様を連ねていくことで、一つの図案として仕上げる。加賀友禅の持つ絵画的な美しさが、ここには存分に表れている。

大久保謙一氏の落款は、名前の一字を使った「謙」。

 

最後に、このキモノに合わせた帯もご覧頂きながら、稿を終えることにしよう。なお、この帯は、紫紘の金引箔・七宝連ね文である。

 

お求め頂いたものが、くりかえし使われ、そのたび手直しに戻ってくるのは、お客様自身が、品物をとても大切に扱おうと心掛けているからです。

「ここぞ」という場面で使われるフォーマルモノは、後々まで、お客様が納得出来る品物であり続けなければなりません。「長く丁寧に使う」と意識されていることは、我々呉服屋が選んだ品物に「お墨付き」を頂いたことに、他なりません。

長く箪笥に残り続ける「ここ一番」のキモノと帯。それをお選びする我々の責任は、かなり重大かと思います。そのことは、常に、胆に命じておかなければなりませんね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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