バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

少し贅沢な浴衣を作ってみる(3)  江戸風情を醸す、長板中型

2016.08 11

このブログでは、毎日どの稿がどれくらい読まれているか、わかるようになっている。また、読まれる方が、どこのサイト、あるいはページを経由して、ここに辿りついたのかということも、知ることが出来る。

ここ2,3日、急速に読まれる方が増えている稿がある。それは、昨年6月2日の竺仙・綿絽浴衣コーディネート。同時に、この中で取り上げた「白地大鉄線模様・綿絽浴衣」への商品の問い合わせも、相次いでいる。

 

どうしてなのか、少し調べてみると、フジTV系列で、月曜夜9時に放送されているドラマ・「好きな人がいること」第5話(8月8日放送)の中で、主役を演じている桐谷美玲さんが、同じ浴衣を着用していたことがわかった。

ネットでは、ドラマの中で女優が着用した品物を紹介するサイトがあり、そこが、バイク呉服屋のブログに掲載されている同じ品物を見つけ、引用したために、訪問者と問い合わせが増えたという訳だ。

竺仙の浴衣は、毎年のように夏のCMに登場するが、ドラマの衣装としても使われることも珍しくない。私は、誰が何を着ているかなど、ほとんど関心が無く(TVはニュースくらいしか見ない)、失礼ながらこの女優さんのことも知らなかった。

 

このブログ以外に、この鉄線(クレマチス)模様の浴衣が見つからなかったことには、理由がある。それは、昨年発表された品物だからである。桐谷さんが使ったものは絽の白地で、模様の配色が赤、黄、緑と色鮮やかで、若い人向き。今年も、同じ型紙を使った品物はあるが、生地はコーマ地を使い、同じ白地だが花の配色が水色と青。少し落ち着いた印象を受ける。(先月の、クレマチス模様をご紹介した稿に、両方の浴衣画像を掲載しているので、参考にして頂きたい)

竺仙では、毎年同じ品物を作り続けるとは限らない。型紙は同じでも、生地素材を替え、地色や模様の配色を変えながらモノ作りをしている。思わぬところから、訪問者が広がったのだが、ドラマで使用されたこの浴衣は、すでに売れてしまって在庫に残っていない。

 

さて今日は、「少し贅沢な浴衣」として、最後にご紹介するのに相応しい、江戸の技法をそのまま現代に伝える「長板中型」をご覧頂こう。

 

(藍染 白地綿絽秋草模様 長板中形浴衣・新粋染)

柿渋紙に文様を切り抜いた型紙を生地に貼り、柄を染め出すという「型染め」の技法は、古くは天平期の革染めに遡る。型紙の故郷、伊勢の白子には、平安期の延暦年間、すでに型紙を商う「型商」達が存在していたと伝えられている。

桃山期から江戸初期にかけて、「狩野派」の重鎮として活躍した狩野吉信が描いた「職人尽絵」という屏風が、埼玉県川越市の天台宗寺院・喜多院に残されている。この絵には、長い板の上に型紙を置き、生地に竹ヘラで糊を置く職人の姿や、染め上がった布が乾されている姿などが描かれている。このことから、16世紀にはすでに、現代に伝わっている白生地型染めの技術があったことがわかる。

 

江戸時代に入って、裃(かみしも)が、正式な姿として採用されると、各大名達は、こぞって模様に凝り出す。室町期の裃は、大柄の文様であったものが、公の場で使うものとなったことで、無地モノに近い文様に変化していく。それが、遠目には無地に見えるような細かい模様・江戸小紋柄が生まれる要因となった。

将軍家や大名達は、他の大名と差別化を図るために、それぞれが占有する文様・「御留柄・おとめがら」を持つ。例えば、徳川将軍家は、「御召十(おめしじゅう)」と呼ばれ、小さい十の字を斜めに配列したものであり、佐賀・鍋島家は「鍋島小紋」と言う独特な胡麻文様、肥後・細川家は「梅鉢」であった。

この文様は、他藩の使用が禁止され、柄の大小は藩の格付けともなっていた。武士は江戸に集中していたために、裃小紋の需要度が高く、それが江戸に優れた多くの染め場を生み出すことにも繋がった。そして、小紋には欠かすことの出来ない伊勢白子の型紙は、この時代最盛期を迎えることになる。

 

江戸中期以降は、この細かい小紋模様は、経済的に力を付けた商人の旦那衆がキモノや羽織の文様とし着用され始める。さらにはそれが庶民にも広がりを見せ、小紋の型染め技法は、最も身近な木綿・浴衣の技法としても定着していく。これが「長板中形(ながいたちゅうがた)」と呼ばれ、現代に伝えられる最も伝統的な浴衣技法となっている。

 

細かい江戸小紋の模様よりかなり大きめ、だいたい「中くらいの大きさ」の柄行き。

小紋という名前は、その名前の通り小さな文様の染モノのことで、元々は模様の小さいものを小紋、中くらいのものを中形、大きいものを大紋と呼んで区別していた。現在は、絹地の型紙染が小紋、木綿の浴衣は中形とすみ分けられている。

中形浴衣は、5,6mもの長い板の上に生地を貼り付け、そこに型紙を置き、糊が置かれて型が付けられる。仕事に長い板を使う=「長板中形」なのである。

 

表裏とも同じ模様が染められている、いわゆるリバーシブルの形になっていることが、長板中形の大きな特徴。

長板中形が他の型染めと大きく異なるのが、両面に型付けがされていること。上の画像は左側が裏、右が表。どちらも同じ模様が同じように染められていることが判る。

まず、一方の生地面に糊を置いて乾かした後、生地を裏返して再び板に貼り、表の模様に合わせて型付けをする。この表面と裏面の模様の位置は、寸分の違いも許されず、ピタリと重ならなければならない。もし少しでも型紙がズレてしまうと、品物の価値が無くなる。当然、型付け職人には高度な技術が要求される。

このように、両面に糊を置いて型付けする理由は、模様や生地の白い部分を真っ白に染め残すためであり、仕立て直しをする際には、表裏をひっくり返すことが可能という、使う人の実用性を考えたものでもある。

 

模様を拡大してみた。よく見ると、模様の姿は小さい丸型になっており、この型紙は、半円形の刃先を持つ彫刻刃を使う、「錐彫り(きりぼり)」技法によるものと判る。

一つ一つの丸い点は、均一ではなく、微妙な大きさや形の違いが見られ、人の手による仕事の息遣いを感じることが出来る。職人の仕事が、品物の表情となって表れてくる部分であり、こういうところを皆様にもよく見て頂きたいと思う。

 

品物でおわかりのように、伝統の長板中形に使われる染料は、藍のみ。型付けを終え、乾燥させた生地は、まず「豆汁入れ(ごいれ)」という作業がほどこされる。「豆汁」というのは、大豆をすり潰して絞った汁のこと。これを生地に塗ることで、生地に染料が浸み込みやすくなる効果と、糊の付着を促し、防染作用を高める効果が得られる。

豆汁入れされた生地は、よく乾燥させ、一週間ほど置かれる。紺屋ではこれを、「生地を枯らす」と言う。そして、いよいよ染めに入るのだが、まず最初に淡い藍の染料の中に、少しだけ漬け込む「中染め」がなされる。

その後、淡い藍から濃い藍へと、順々に染料に浸していく。回数は5回ほどで、染める度に布を引き上げて、十分に空気に触れさせる。これは「風を切る」という作業で、染めた藍の酸化を促すためには、重要である。染め終えた後は、水洗いをして余計な糊を落とし、天日干しをすれば完成となる。

 

大まかに長板中形の作業工程を書いてみたが、型紙彫り、型付け、染めと、どの段階においても熟練した職人の技が散りばめられ、人の手を使わなければ、生まれることのない品物である。

浴衣と言えども、手の尽くされた贅沢な品物であり、これこそ江戸の伝統を今に伝えるものと言えよう。すでに、どの工程においても職人は枯渇し、いつまでこの長板中形が存在出来るのか、わからない。新粋染や竺仙は、伝統を守り続ける数少ないメーカーだが、この品物の価値を少しでも理解し、扱う小売屋が増えることが、より求められているように思う。

 

最後に、この品物を求めたお客様のコーディネートを、少しだけご覧頂こう。

(白地 幾何学模様 能登上布八寸帯・山崎仁一織工場)

昨年の7月、やはり長板中形をご紹介した稿で、コーディネートとして使った能登上布の帯だが、先日今日の浴衣と合わせてお求め頂いた。

三角形と四角形を組み合わせた、モダンな幾何学文様。配色が水色だけで、爽やかな印象の残る帯。白地に藍だけ中形には、やはり同系色の帯で濃淡を付けた姿が自然に映る。

昭和初期、140軒もの織屋が軒を並べた能登上布も、昭和が終わる頃には、山崎仁一氏の工場だけになってしまった。平安期から麻栽培が盛んだった能登地方は、長い間近江上布の原料を供給してきた。その後江戸後期の文化年間になって、所縁のある近江から職人を招き入れ、上布や縮の生産が始まった。

櫛に良く似た木の道具に染料を付け、それを押しながら糸に色をつけていく櫛押捺染や、木に絣の模様を付けて染色する型紙捺染など、独特な技法を持つ織物ではあるが、カジュアルモノの需要減に伴う織工場の閉鎖により、現在の生産量はごく僅か。

(帯揚 水色濃淡ぼかし  帯〆 白と濃藍色平組  いずれも龍工房)

帯揚は、帯模様の配色・水色を使い、帯〆は浴衣模様の濃藍色で引き締めてみた。全て青系の色で統一したコーディネート。

 

絹紅梅・綿紅梅・長板中形と、三回わたってご紹介してきた「少し贅沢な浴衣」。如何だっただろうか。価格的には、どれも6万~7万円後半なので、一般的なコーマや綿絽、綿紬と比べれば、約二倍の値段となる。だが、品物に掛けられる手間は、倍どころか十倍以上であろう。

受け継がれた技を忠実に守りながら、今も作り続けられる江戸染めの浴衣。モノ作りに込められている職人達の心意気を、少しでもお客様に伝えていくことで、何とか次の世代に品物を繋げて行きたい。着用される方がいなくなれば、品物は消滅し、同時に技術も廃れる。そのことは間違いない。

 

どのような契機であっても、若い方に品物を注目して見て頂けるというのは、有難いことです。TVドラマの中で美しい女優さんが着用していたものなら、自分でも着て見たいと思うのは自然なことでしょう。

そしてそれが、キモノや帯への興味に繋がり、自分の知識を深めていくきっかけになってくれれば、本当に嬉しいです。未来へ良質な品物を繋げるために必要なのは、何よりも若い方に関心を持って頂くこと。これより他には、ありません。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

なお、明日12日より18日まで、夏休みを頂きます。その関係で、次のブログの更新日は、19日か20日になります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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