バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

単衣の無地紋付を、染め替える  工程ごとに存在する職人(前編) 

2016.06 17

庭の片隅の紫陽花が、初めて小さな花を咲かせた。家内が、友人から頂いた鉢植えを地植えして、今年で5年目になる。毎年、葉だけは青々として元気に見えたが、花を咲かすことはなかった。剪定をせず、特別に肥料などを与えることもなかったので、花芽が育たなかったのだろう。

紫陽花は、西日が当たらず、少し湿り気があり、水はけの良い場所で、よく育つらしい。土壌が乾燥すると、状態が悪くなるので、適度な水やりが必要になる。普段、私も家内も忙しくしているので、ついぞ庭に関心が行かなくなる。そんな中、よくぞ花を付けてくれたものだ。

 

庭に咲いている花の色は、薄い青紫色。紫陽花は土壌の性質により、花の色が違う。酸性の場合は青で、アルカリ性だと赤。また、時間が経つごとに、色を変えていくのは、ご承知の通りである。最初の黄緑色から、クリーム色、薄青、紫、そして赤。葉緑素が分解されて、色素が合成され、酸が蓄積される。その都度、色に変化が起こる。

色は、花が老化するごとに変わり、土壌には関係ない。どこにいようと、何をしていようと老いてしまう、人間の顔と同じみたいだ。バイク呉服屋など、若い頃から人相が悪かったので、老化が進むと、顔つきにより迫力が増してしまう。おそらく、人としての育ち方が、よほど悪かったのだろう。

 

さて、色を変えるということならば、呉服屋の仕事でもよくある。特に無地モノは、若い頃作った派手な色から、年相応の地味な色に変えたり、気分を変えるために、薄い色から濃い色に染め替えたりする。

では、色を染め替えるという仕事は、具体的にどんな工程を経て行われているのか。実はこの、キモノのイメージを一新する作業には、何人もの職人の手が入っている。

そんな訳で、今日から二回に分けて、あまり知られていない「染め替え」に関わる職人達の仕事について、ご紹介することにしよう。

 

この春、お客様からお預かりした無地紋付のキモノ。単衣なので、ご覧のような薄い色で染められている。これを、ある程度濃い色に染め替えて、イメージを変えてみたいという依頼を受けた。これから、この品物がどのような工程を辿って仕上がっていくか、順序を追ってお話しよう。

 

染め替えの仕事を引き受ける時、依頼されるお客様との間で確認しておくことが、幾つかある。

まず、誰が使うかという点。本人が使うのであれば、問題はないが、他の人であれば、寸法を確認する必要がある。特に、現状より大きい寸法の方が品物を譲り受ける時には、どのくらい中揚げや袖先、袖付・肩付などに縫いこみが入っているか、見て置かなければならない。品物が、仕立てをする段階になって、寸法が出ないということになれば、何のために手を掛けて染め直したのか、わからなくなるからだ。

 

この品物については、今まで同様、ご本人が着用するということなので、寸法の心配はない。次は、紋のこと。

現状を見ると、「丸に梶の葉」の染め抜き一つ紋。この紋を、このまま生かして使うのか、別の紋を付けるのか、それによりこれからの仕事の工程が変わる。同じ紋でも、染め抜き紋から刺繍紋に変えたい時や、違う紋を付ける場合には、紋を消さなければならない。また、現状のまま使う場合には、染め替えの過程で、紋が消えてしまわぬように、「紋糊伏せ」という仕事をしなければならない。

 

紋は、今付いているものを、そのまま生かすことになった。最後は、一番肝心な、新しい色の選択。

今の付いている色は、いかにも単衣らしい、薄く涼やかな色。少しだけ緑色を感じさせる薄い鼠色で、このような色は、「柳鼠(やなぎねず)」とか、「松葉鼠」と呼ばれている。これを思い切って、濃い色にしたいというご希望である。色見本帳は沢山あるが、今回使ったものは、菱一の見本帳・芳美。お客様と一緒に、見本帳を捲りながら、考える。

決めた色は、紫と茶、そのどちらをも感じさせる微妙な色。濃い茶褐色の鳶色(とびいろ)に、赤みを足したような感じに見える。現状の柳鼠色とは、180度印象が変わるだろう。色が決まったところで、早速仕事に掛かることにしよう。

 

さて、依頼内容が決まったところで、職人の仕事場へ送る前に、見ておかなければならない点がある。

まずは、生地の状態。古かったり、質が良くなかったりすると、仕事に生地が耐えられない。染め直しどころか、最初におこなう洗張りの段階を越えることも出来ない場合がある。もちろん預ったこの品物には、そんな心配は無用だ。

次に、しみ汚れや変色の有無を見る。洗張りだけでは取れないようなしみを、そのまま放置して色を染め替えると、しみがそのまま残り、生地に浮き上がってくる。だからしみは、色を抜く前にしっかり落としておかなければならない。ここは、結構重要な点である。

 

状態の確認が終わったら、品物を職先に送る。仕事の順序は、まず品物を解いて洗張り。しみが見られる場合は、洗張り後にしみぬき。そして、今付いている色を消し、白生地の状態に戻す色抜きと、紋を生かすための、糊伏せ作業。

店→洗張職人→(補正職人)→紋糊伏せ・色抜き職人。この順序で仕事が廻る。

 

洗張り・紋糊伏せ・色抜きが終わり、店に戻ってきた品物。左から、キモノ生地・居敷当に使っていた白絹・裏衿。

前の柳鼠色が完全に抜けて、白生地に戻った状態。生地はハヌイされて繋がっているので、反物のように見える。紋織生地の模様も、はっきりと浮かびあがっている。

洗張りや補正のことは、以前にもお話したことがあったので、今日は「色を抜く」という作業について、少し詳しくご紹介してみよう。

 

色抜きは、色染め職人の手で行われる場合が多い。つまり、色を染められる人は、同時に色を抜く技術も持っているのだ。ただ、通常の方法では抜くことの出来ない品物があり、この場合には色抜き専門の職人のところへ、回される。

色抜きはまず、100度ほどに沸騰した湯を入れた釜を用意する。そして、色を抜くための薬品をその中に入れる。この薬剤は、ハイドロサルファイト(通称・ハイドロ)という脱色剤。一緒にアゾリンMAとか、アミラジンDなどの補助剤を使うこともある。薬剤の分量は、湯の分量を考えながら使うことになっている。

ハイドロなる代物、化学式でNa2S2O4という化合物で、別名・亜ジチオン酸ナトリウムというが、化学が全く苦手だった私には、どんなモノを、どのように組み合わせて製造したものなのか、サッパリ見当も付かない。用途は、漂白剤や、酸化防止剤、保存料などのようである。アゾリンとかアミラジンは、染料としても使われている薬剤らしい。もちろん、どんなものなのかは、不明である。バイク呉服屋が知っている薬剤など、「アリナミン」くらいのものだ。

 

この薬剤(ハイドロ液)を注入した湯に、生地を浸して、色を抜く。その際、ムラが出ないように、生地を動かす。完全に色が抜けるまで、この作業を繰り返す。生地は、ハヌイされて繋がっているので、それを折りたたんで竿に通して吊す。この状態で、湯の中に浸していく。

キモノには、防水加工をほどこしているものがよくあるが、この色抜きの工程の中で、その機能が生地から抜け落ちる。

色を落とし終えたら、水洗いをする。ここで、脱色に使ったハイドロ液など、生地に残った余分な薬剤を取り除く。その後、脱水機にかけて自然乾燥させ、最後に湯のしで、生地の巾と丈を整えて完成する。

 

この、ハイドロ液を使う色抜きの仕方が、もっともポピュラーな方法であり、一般にこのやり方を、「下抜き」と呼ぶ。だが、先ほどお話したように、これでは、色を抜くことが出来ない品物もある。

預った品物のような、元の色が薄い場合には、「下抜き」でも十分対応出来るが、濃い色の時は、その色を完全に抜くことが出来ない。このような場合は、ハイドロ液ではなく、もう少し強力な漂白剤や、特殊な石鹸などが必要になる。

抜き方は、下抜きと同じように、沸騰した湯の中に薬剤を入れて浸す方法を取る。この抜き方のことを、「本抜き」と呼ぶ。下抜きは、染職人でもある程度覚えがあるが、本抜きとなると、特殊な技術が必要になる。だから、難しい仕事は、専門職の「色抜き職人」のところへ回される。

 

糊で伏せられた「丸に梶の葉」紋。

前の紋を生かすために、糊を置いて紋を伏せる。もし、この作業をしないまま染めてしまうと、紋が消えてしまう。糊は、防染のためのほどこしである。

きちんと、丸に梶の葉の紋模様に忠実に、糊を置く。

紋を変える場合には、色抜きの段階で前の紋を消してしまい、色が染め終わってから改めて、染め抜き紋なり、縫い紋なりを入れる。この置かれた糊は、もちろん色染め後に落とされる。その時には、前の紋はそっくりそのまま残って現れる。

 

今日の品物は単衣なので、八掛が付いていないが、袷の無地モノを染め替える時には、八掛の色も同時に抜いてしまう。その上、色染めの際に、表地と同じ色を掛ける。無地に付ける八掛は、ほとんどが表生地の共色(同じ色)を使うので、このような手順となる。

さて、生地の色抜きが終わり、居敷当や裏衿の洗張りも済んだ。次は、いよいよ色染めである。次回は、どんな方法で新しい色が染められ、イメージも新たな品物に仕上がってきたのか、その完成した姿までを、ご覧頂こう。

 

今が見ごろの紫陽花の花。東京近辺で、この花のスポットを探すと、やはり鎌倉になるでしょうか。

鎌倉には、紫陽花寺と呼ばれている禅宗寺院が、数多くあります。中でも、北鎌倉の明月院・長谷の長谷寺・極楽寺の成就院の花の美しさは、良く知られています。

明月院の境内には、日本の伝統種である「姫アジサイ」が咲き誇り、その爽やかな青い色は、「明月院ブルー」とも呼ばれています。また、長谷寺には散策路があり、その道にそって、2500本もの紫陽花が植えられています。花の種類も多く、色とりどりの花を楽しめます。成就院は、参道の両側に紫陽花があり、下を見ると、由比ヶ浜の海が広がるという、絶好のロケーション。

傘を持ちながら、一日ゆっくり鎌倉散策を楽しむのも、趣きがあるでしょう。ただし、若いカップルには、注意が必要です。何せ、紫陽花の花言葉は、花の色と同じように、「移り気」とか、「変節」なので。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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