バイク呉服屋の忙しい日々

その他

銀座の、老舗履物店を訪ねてみる  ぜん屋・銀座本店

2016.05 08

「売り家を、唐様で書く三代目」という諺を、ご存知だろうか。これは、初代が苦労して築いた財産も、三代目の頃になるとすっかり食いつぶして、没落してしまう商家を例えたもの。

どんなに繁盛した店でも、後を継ぐ者が遊び呆けていて、商いに精進していなければ、潰れてしまう。商いを託された者は、この言葉を戒めとして、心に留めておかなければならない。自分の家を売りに出す時にさえ、唐様という中国風の洒落た筆跡で書く。筆体だけは凝っているが、肝心な商売は左前という訳である。

 

余談だが左前とは、他人から見て左の衽(おくみ)を前に出したキモノの着方のことで、通常とは逆。これは、死装束の時に用いる。

面白いのは、これとほぼ反対の意味で使う言葉に、「左団扇」があること。ゆったりとした、余裕のある生活や商いの状態を言う。大多数の人の利腕が右とすれば、そうでない左手をつかって団扇を扇げば、自然にゆったりとなってしまう。だから、ゆったり=のんびりとして余裕のある状態という意味になる。

 

商売の家には、どこの家にも家訓というか、大切にしている商いの姿勢がある。時代と共に、商いをする環境は変わり、良い時も厳しい時もある。しかし、代々伝えられてきた、商いの心構えを守っていれば、急に左前になるようなことはないように思える。

もちろん、商いの方法は変化し、扱う品物が変わることもある。特に昨今のような急速なIT化の流れは、商売の方法を大きく変えた。だが、お客様への向き合い方や、品物への思い入れというのは、変りようがない気がする。

世代を繋いで商いを続けることは、変えてはならないことと、変えなくてはならないことを、しっかり見据えなければならない。保守と革新の双方を兼ね備えることが、後継者には求められる。

 

東京の銀座や日本橋には、代を繋いで、暖簾を下げる老舗が多くある。時代を越えて商いを続けているこんな店は、商いの基本をきちんと受け継ぐと共に、時代に即応する柔軟性をも持っている店なのだろう。

先日、家内が訪れた二軒の銀座の草履店も、そんな店である。今日から二回に分けて、その時の様子を御紹介してみたい。店構えや、商いの風景を見て頂き、伝統に培われた老舗の力を知って頂こう。まずは、銀座8丁目に店を構えるぜん屋さんから、話を進めてみよう。

 

1939(昭和14)年創業。履物とバッグ・洋傘の老舗・ぜん屋さんの店先。

ぜん屋さんは、新橋の駅から銀座の中央通りを歩き、八丁目の資生堂パーラーの角を少し西へ入ったところ。通りの名前は、花椿通りになる。間口はそれほど広くないが、通りに面したビルの一階で、ご覧のようにウインドウには草履・バッグ・洋傘が並べられている。構えた感じがあまりなく、初めてでも入りやすいディスプレイ。

訪ねた日は、今にも雨が降り出しそうな、3月初めの寒い日。営業を始めてすぐの早い時間(10時30分)にもかかわらず、丁重に迎い入れて頂いた。

 

家内が求める草履は、店にいる時に使う普段履き。うちの店でも、礼装用の草履やバッグは、龍村美術織物の品物を中心に扱ってはいるが、カジュアル用のものは少ない。

自分の足に馴染んで、長い時間楽に使えるような草履は、専門店で求める方が、確実である。自分が履きやすい台の素材、自分の持っているキモノに合う鼻緒の色、それに台の高さや巾などの寸法は、使う人それぞれに違いがある。だから、プロ的知識に長けていないと、本当にその人に合う品物を奨めることが難しい。我々呉服屋では、その辺が不案内である。

 

専門店では、求める客の寸法を的確に見分け、一番履きやすいものを選んでくれる。その上で、台や鼻緒の色など希望を聞く。店の現品を見て、「台はこの草履の色で、鼻緒はこちらの草履のものを使って欲しい」と客が頼むことも出来る。もちろん、鼻緒の緩み具合などの誂え方の希望も聞いて貰える。

ぜん屋さんで誂えた品物。おしゃれ草履の中でも、一番シンプルなもの。

店内には、礼装用・訪問着用・しゃれ用(紬や小紋に使う普段履き)・喪用など、キモノの用途別に品物が並んでいる。しゃれ用でも、画像の品物のようなシンプルなものの他に、細身な足型のものや、コルクや畳表を台に使ったものなどがある。中には、積層草履と言って、コルクを薄く裁断して皮を巻き、それを何層にも重ねて台が作られているような、かなり手を掛けたものもある。

 

家内が求めたものと同じタイプの草履。店内に置いてある現品を参考にしながら、自分が希望する台と鼻緒を選び、誂えてもらう。

台の色と鼻緒との組み合わせは、履く人の好みが様々であり、在庫品がそのままピタリと当てはまることは、少ないかもしれない。自分がイメージした色を組み合わせて、思い通りの草履を作っていく。誂えならではの、楽しみである。なお、誂えを依頼する場合、仕上がるまでには、1か月半から2か月程度かかるようだ。

 

台の色は、薄い鶸色で、鼻緒は明るめのクリーム。鼻緒の前坪の橙色がアクセントになっている。優しい、柔らかい色を好む、家内らしい配色。キモノ地色や、帯合わせなども、薄地を使うことが多いので、草履もこの雰囲気に合うような組み合わせになる。

 

応対して頂いたのは、ベテランの男性。客の好みに対し、的確なアドバイスをしてくれる。こういう方に相談に乗って頂けることが、実店舗での買い物の最大の利点だろう。

家内の身長が165cmと高いので、台は少し低めの方が使いやすい。この台は4.5cmと低めで、L判のもの。割と巾が広く取られているので、ゆったりとしている。台の素材には、ポルトガル産のコルクが使われていて、そこに牛皮が張られている。材料にこだわり、手仕事で一足ずつ丁寧作られている品物は、やはり質感がよく、軽くて履きやすい。

また、鼻緒の裏にはビロードが張ってあるため、履いた時に指先が優しく包まれるような感じになる。これだと、長い時間使っても指が痛まず、足が疲れることは少ない。

 

草履の裏張りには、ぜん屋さんのロゴマークが入っている。かかとには、草履を保護するために、ベージュ色のゴムが付けられている。特に普段履きは、裏の消耗が激しくなる。

ぜん屋さんでは、そんな時のために、「かかとサービス券」を付けている。この他、鼻緒の修繕などにも、気軽に応じて頂けるとのこと。アフターフォローが万全なことは、良い店の最も大切な条件の一つである。安心して、存分に履いて欲しいという気持ちが、よく表れている。

 

訪問着用の草履の数々。高さに変化を付けた二色の三段重ねの台や、エナメルコーティングのもの、さらには、台の表と側面に螺鈿細工が組みこまれている豪華な品など、見ているだけでも楽しめるような草履が並んでいる。

こちらの棚は、バッグ類。イギリスの老舗ツイードメーカー・LINTON社製の生地を使ったお洒落ツイードバッグは、和と洋をコラボさせた、いかにも銀座らしい、センスの良い品物。他にも、真綿紬生地や、刺し子を施したものなど、素材や手仕事にこだわったバッグが並んでいる。

紬や小紋などの、カジュアルなバッグを選ぶことは、なかなか難しい。ぜん屋さんのような店の品物を見ることは、呉服屋としても大変勉強になる。

 

店の棚に並ぶ品物。ぜん屋さんでは、ネットでの販売もしているが、やはり扱う種類に限りがある。店舗でなければ見ることの出来ないものもあり、店の方にお話を伺いながら、品物を探すことは楽しい。

しかも、草履のように、自分に合う寸法というものがある商品は、やはり実店舗で、実際に品物を見て選ばなければ、納得した買い物にはならない。台の色や鼻緒の色まで、自由に組み合わせて誂えてもらえるのだから、これ以上のことはないと思える。

 

実際に、店舗を訪ねてみて感じたことは、決して敷居が高くはなく、実に丁寧に応対して頂けたこと。お得意様であれ、初めての方であれ、同じように接して頂ける。客の目線に立ち、押し付けるような品物のすすめ方はしない。あくまで上品で、柔らかい商いの姿になっている。これこそが、老舗の商売であろう。

同じ和装に関わる商いをしている者として、このような店からは、学ぶべきことが多い。上質な品物を、さりげなく、品良く、客の希望に寄り添いながら、売っていく。それに比べれば、私なんぞ、まだまだ駄目であろう。

 

銀座のぜん屋さん、皆様も、ぜひ一度は出掛けて頂きたい店である。品物を買わずとも、気軽に相談に乗ってくれるはずだ。出来れば、キモノ姿で訪ねてみると、なお良いかも知れない。

ぜん屋さんは、銀座の本店の他に、池袋・東武、新宿・京王、梅田・阪急、名古屋・名鉄の各デパート内と、札幌・京王プラザホテル内に支店があります。銀座店の営業時間は、平日が10:30~20:00・土日祝日が、11:00~19:00になっています。

お近くのデパートでも良いでしょうが、老舗の趣きを感じたいのであれば、やはり銀座の店が良いでしょう。

 

バイク呉服屋は、もともと左利きですが、右も使えます。野球の時など、投げるのは右手で、打つのは左。「右投げ・左打ち」ということになります。

なので、団扇を扇ぐ時には、右手でも左手でも慌しくなってしまい、とても「ゆっくり、左団扇」ということにはなりません。もちろん、自分の仕事でも、団扇と同じように、いつもせわしなく動いているばかりで、落ち着きが感じられません。

とても、ぜん屋さんのように、大人の風情を感じさせるような、ゆったりとした商いは真似出来ません。老舗の風格というのは、簡単に醸しだせるようなものではありませんね。次回は、もう一軒の老舗草履店・小松屋さんを御紹介したいと思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

日付から

  • 総訪問者数:647923
  • 本日の訪問者数:382
  • 昨日の訪問者数:759

このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

ご感想・ご要望はこちらから e-mail : matsuki-gofuku@mx6.nns.ne.jp

©2018 松木呉服店 819529.com