バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

4月のコーディネート 江戸友禅の付下げと龍村帯、対照的な文様の妙

2016.04 17

一般的に、能率を上げるとか、効率を良くするということは、能動的・前向きなことと受け止められている。

それまで人の手で行ってきた仕事を、機械で代用することが出来れば、時間が短縮出来る上に、人件費を削ることが出来る。結果として、生産量を増やすことが出来て、価格も抑えられる。

品物の価値を落とさないよう、技術革新により、より早く、より安く、より多くの品物を生産し、収益を上げる。多くの企業では、この目的の下で、仕事が進められてきた。安い費用で、客が満足する品物をどれだけ作れるか、コストパフォーマンスをどのように上げるかが、何より大切な基準になっている。

 

いつの時代でも、コストを下げることは、企業にとって大命題である。中でも、人件費の抑制はもっとも大切な課題であろう。現代社会では、機械化・ロボット化が急速に進み、人の手が必要な仕事はどんどん少なくなっているが、どうしても人間でなければ出来ないことも、まだある。

そんな時、会社はどのように行動するか。それは、安い人件費で労働力を確保出来るような国へ仕事を持ち出すことで、問題を解決している。同じ仕事をさせたとしても、国内で生産するのと、海外で作るのでは、コストがまるで違う。モノ作りが海外へ流れることは、当然の論理である。

 

このようなモノ作りの姿勢は、呉服業界とて例外ではない。一部の染めや織りの仕事も、安い人件費を求めて海外へ出てゆく。例えば、刺繍の仕事や帯の製織などには、今の日本では技術を受け継ぐような、若い担い手が育ち難い現状があり、やむを得ないことかも知れない。日本の技術者が、現地でしっかりと指導して、日本人にも負けないほど腕を磨いてモノ作りをしてくれれば、それはそれで良いと思う。

けれども、質を重要視せずに、単純にコストを下げることだけを考えて、海外へ仕事を持ち出すこともある。海外仕立てなどは、その典型であろう。まだ国内に、良い腕を持つ和裁士が存在するというのに、わざわざベトナムやカンボジアなどへ運び出す。

消費者にとって、着ることに不具合さえなければ、細かい仕立ての技術など必要ないかもしれない。今は、それでなくとも、「着やすい自分の寸法」をきちんと把握している人など、ごく限られている。だから、仕立て代が安く済めば、それに越したことはないのだと。

 

消費者が、安い価格でそれなりの満足を得られていれば、仕事としては成功したことになるかも知れない。これは仕立てばかりでなく、モノ作りそのものにも当てはまる。

職人の技術を全く伴わないインクジェット染の品物が、これほど流通するというのは、「模様をどのような技術で表現しているか」ということが、重要視されていない証拠であろう。何も、精緻な技が施されていなくても、見た目でキモノの模様にさえなっていれば、満足出来るということになろうか。

つまりは、海外仕立やインクジェットを使うモノ作りが、「コスパ(コストパフォーマンス)を上げる手段」ということになる。どんな作り方をしても、多くの消費者が納得出来ているならば、それは「安い費用で、客を満足させる」という企業の目的から外れていない。

 

けれども、キモノや帯の歴史的経緯や、文化的・美術的な価値を考える時、一般的な企業の論理だけを考えてモノ作りをしていたなら、その時点で今まで積み重ねてきたものは、雲散霧消してしまう。「民族衣装たる矜持」は、何も無くなってしまうのだ。

コスパ重視の世の中には、抗えないが、伝統に息づく職人の仕事を知って頂くことは、呉服業界に身を置く者として、大切な使命であるように思う。ということで、前置きがいつにも増して長くなってしまったが、今月のコーディネートで御紹介するキモノは、人の腕だけで作られた、手描き友禅を取り上げることにしよう。春を感じさせる、柔らかい地色の品物を選んでみた。

 

(ちりめん宍色地 御所解文様 江戸友禅付下げ  黒地 正倉院唐花文様 袋帯)

前回のブログでも御紹介した、江戸友禅・大羊居は、1772年に創業された大黒屋幸吉(大幸)の流れを汲む、友禅の製作集団である。大黒屋の主人は、代々幸吉を名乗っていたが、四代目の幸吉の娘婿・彦兵衛(旧姓河村)が、独立して起こしたのが、大彦であった。大羊居は、彦兵衛の息子・功造が大彦から分かれて創業したもの。

この四代目・幸吉には、松三郎という息子がおり、やはり大幸から分かれ、新たに大松を創業している。ということは、松三郎と彦兵衛とは義理の兄弟になる。大松の方が、実の息子なので大黒屋直系になり、大彦は縁続きの兄弟会社に当たる。

 

大松は、松三郎の創業以後、三代にわたって江戸友禅の伝統を守り、現在でも品物を作り続けている。今は無き北秀は、大松の高価な絵羽モノを多く扱っていたが、現在では、菱一でその品物を見ることが出来る。

今日取り上げる品物は、この大松の手による付下げである。バイク呉服屋の資力では、大羊居や大松の、思い切り手を尽くしたような絵羽モノを買い入れることは難しいが、軽い模様付けの付下げならば、、まだ何とか仕入れることが出来る。

 

(ちりめん宍色地 御所解模様 江戸手描き友禅付下げ・大松<菱一>)

大羊居や大松によく見られる特徴的な意匠は、唐花や洋花を使ったものや、帆船、南蛮船などの船をモチーフにしたもの、さらにはインコなど西洋風の鳥をテーマにしたものなど、古典的な友禅の模様とは一線を画した、モダンで都会的なものが多い。

大彦を興した大黒屋彦兵衛は、江戸期に流行した様々な小袖を集めており、その図案を研究することが基礎となって、オリジナリティ溢れた意匠が考え出された。また、人形や武具、さらにインド更紗布などの蒐集家でもあり、これも彼が作る模様に影響を与えたと、考えられている。

大黒屋系統(大松・大彦・大羊居)の意匠で、よく使われている唐花や洋花には、更紗の花がイメージされているが、これを見ると、彦兵衛以来の伝統が受け継がれていることがよくわかる。

 

この付下げの地色・宍色は、日本人の肌を思わせる色で、ベージュにほのかなピンクが感じられる色。春の陽光の下で映えるような、明るく優しい色であろう。

意匠は、モダンさを感じさせることの多い大松の品物には珍しく、古典的で堅い御所解である。上の画像は、模様の中心となる上前おくみを写したものだが、一つ一つの図案は小さく、控えめに付けられている。

花は、松竹梅と小菊、そこに波頭と網干(あぼし)。この模様のような、山水や花と、御所車や家屋、網干、柴垣などを組み合わせたものを、御所解(ごしょどき)というが、決まりきった形式はなく、位の高い武家や高貴な人たちの屋敷を想起させるような模様である。

もともとは、公家や武家などの、位の高い夫人達の衣装模様として用いられた図案だったため、明治期以降、その優美さに憧れた庶民の間でも、大いに流行していった。使われているものは、中世の貴族文学などで登場する小道具(御所車、柴垣、烏帽子など)であることが、大きな特徴と言えよう。

 

網干模様を拡大したところ。網干とはその名前の通り、網を干している姿を図案にしたもの。御所解模様のほかに、水辺を表現する意匠の中でも、よく使われる小道具の一つ。波や小船、葦、浜辺の松などと一緒に、並べられることが多い。

大松の品物らしく、繊細な糸目で丁寧に模様を表現している。干されている網目の細やかさや、中に配されている小さな図案、そして挿し色の美しさなど、見るべきものが多い。

菊模様のあしらい。一つ一つの花には、それぞれ違う工夫が見られる。金糸のまつい繍で輪郭を表現したものや、花弁に刺し繍を使ったものがあり、画一にならないような気遣いがある。また色の挿し方も、ぼかしを上手く使ってアクセントがつけられており、各所に手仕事の跡を見ることが出来る。

繍を使って表現されている松模様。割と平凡な御所解模様でも、手で糸目を引き、あしらいに手が掛けられていると、深みのある模様に見えてくる。細部にも手を抜かない姿勢が、品物の価値を高めている。全体を見渡すと、どことなく気品が漂ってくるような気がする。

 

さて、このようなかっちりとした古典図案のキモノに、どのような帯を組み合わせるのか。今日は、大胆でインパクトのある対照的な品物を選んでみよう。

キモノと同じような古典を感じさせる帯で、堅く表現するのも悪くはないが、全く異なる雰囲気の帯を合わせることで、どのように着姿が変化するのか、その辺りをご覧頂こう。

 

(黒地 透彫栄華文 袋帯・龍村美術織物)

いかにも龍村らしい、天平の唐花文様。この帯の名前が「透彫」と付けられていることには、理由がある。

正倉院北倉に、「金銀鈿荘唐太刀(きんぎんでんそうのからたち」という収納品がある。この太刀の鞘には、透かし彫りされた唐草文様があしらわれている。この模様は、鍍金(水銀を使った金の被膜加工・東大寺の大仏にもこの加工が用いられている)の透かし彫り金具に、水晶玉などをはめ込むんだ姿を、表現したもの。

通常では立体的に形作られるものを、平面的に表現することで、唐草の文様が、より曲線的な美しいデザインとなって現れてくる。この帯の画像で見ると、下から二段目の模様が、それにあたる。龍村が付ける帯の名前を調べていくと、必ずと言っていいほどモチーフにした収蔵品に行き着く。文様の裏づけがきちんとされている証拠と言えよう。

 

太鼓の主模様となる唐花は、また別の御物から取られている。正倉院には花氈(かせん)と呼ばれるフェルト地の敷物が何枚も残されているが、そこにあしらわれている唐花文様は、大胆に多色が使い分けられている大唐花である。

唐花を複雑に重ね合わせることにより、大唐花となり、豪華流麗な文様となる。この帯は、太鼓に大唐花、垂れに透彫唐花と、違う二つの唐花文が組み合わされて、織り出されている。

では、もっとも日本らしい古典図案の御所解と、天平の唐花を組み合わせたらどのようになるのか、ご覧頂こう。

 

日本独自の文様と、外来文様を融合して、着姿とする。キモノ姿でしか表現出来ない、複合的な二つの文化の取り合わせであろう。キモノと帯が古典同士だと、堅苦しくなることがあり、双方ともに天平的な外来文様だと、モダンさが前に出すぎてしまうことがある。

出自の異なる文様を組み合わせることで、バランスのとれた着姿を考える。文様の異文化交流とでも言おうか。バイク呉服屋のコーディネートには、キモノと帯の色に差を付けず、微妙な濃淡で上品さを意識させるものが多いが、今日の組み合わせは、帯のインパクトを前面に出して、思い切り着姿を引き締めたもの。

 

前の合わせ。キモノの人肌地色は、帯の黒地との相性も良い。柔らかな雰囲気を、黒で思い切り締める。豪華な唐花と、こじんまりとした御所解、文様も実に対照的である。

色や模様で、対照的な着姿をしっかりと表現出来るのも、大松と龍村が、手を抜かずきちんとした姿勢で、モノ作りに臨んでいるからであろう。迫力が出せるのは、上質な品物同士だからこそ、である。

(帯揚げ 鶸色にグレーぼかし・加藤萬  帯〆 綴織白ドット模様 細見華岳)

帯揚げは、柔らかい色でさりげなく。帯〆は、少しモダンなドット模様のもの。黒地の帯に白い帯〆を使い、すっきりとまとめてみた。

 

今日は、対照の妙ということに的を絞って、コーディネートを考えてみた。

人にはそれぞれ、好む色があり、好む模様を持っているように思う。これをどのように組み合わせて、自分の着姿を見せるかということで、その人の個性が表れる。呉服屋の役割は、お客様の想像力をより膨らませることが出来るように、手助けすることだと思う。

より経験を積んで、多彩な着姿を提案できるよう、これからもありたいものだ。最後に、今日御紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

思わぬところで、予期せぬ災害が起きてしまう。改めて、この国が、自然の脅威と背中合わせで、存在していることを思い知らされます。

厳しい環境下にさらされている、熊本や大分の方々のことを思うと、こんな趣味的なブログを書くことを、思わず躊躇してしまいます。

被災地の皆様が、一時も早く元の暮らしに戻れますよう、心からお祈りしております。

 

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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