バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

3月のコーディネート(後編) サクラ色は、にっぽんの春のいろ

2016.03 25

「サクラサク」。「サクラチル」。文面がたった五文字のこんな電報のことを知る方は、もう50歳以上かもしれない。

現在、大学入試の合否発表は、当日、学内に掲示されるのと同時に、それぞれの大学のWEB上で判るようになっている。つまり、本人が大学へ行かなくとも、結果を知ることが出来る。遠方から受験した者にしてみれば、大変有難い時代になったものである。

 

バイク呉服屋が受験生だったのは、70年代の後半。東京での試験日の当日、大学の校門近くには、電報屋が机を並べていた。電報を請け負っていたのは、電電公社(NTTとして民営化される以前の公社)の社員ではなく、その大学の学生である。

彼等は、合格発表を見に来られない地方出身者のために、当日掲示板を見て合否の確認をし、電報を打つ。もちろん大学当局が公認したものではなく、当時の学生が自分達で考えたアルバイトであった。学校内には、電報に関する責任は持たないとの、張り紙がされていたのを覚えている。

 

一般的な電文は、合格ならサクラサク、不合格ならサクラチル。けれども、大学によっては、かなりユニークなものがあった。いくつか御紹介してみよう。

「エルムハマネク・合格 ツガルカイキョウナミタカシ・不合格」(北海道大)   「クジラシオフク・合格 リョウマノメニナミダ・不合格」(高知大)       「イセエビタイリョウ・合格 イセワンニテザショウ・不合格」(三重大)

地方色豊かな表現が並んでいるが、合否電報であることを知らなければ、何のことやら意味不明である。三重大の電文に至っては、伊勢海老を獲りに出た漁師が、漁協へ宛てて打った電報と間違えそうである。

今となっては、絶滅してしまったこんな合否電報だが、昭和時代の受験生達には、懐かしくもあり、ほろ苦い思い出もある。地方出身者にとって、「サクラサク」の電報は、都会へのパスポートでもあった。

 

前編では、桜の花そのものを意識したコーディネートをご覧頂いたが、今日は「サクラの色」に関わるキモノを選び、それにふさわしい染帯を合わせてみよう。

 

(サクラ染め 格子模様・米沢紬  内田万理子 ツクシ模様・塩瀬染名古屋帯)

多くの人が、ピンク系の色に春を感じるのは、桜の色を思い起こすからだろう。その意味で、前回の紅花紬は、まさしく春を印象付けるキモノだが、その縞模様に配色されていたピンクの色は、本来の桜の色とは少し違う。

一概にピンク色といっても、色相は多様である。植物に例えても、桜と桃と撫子では、微妙に色が異なる。また、桜だけを考えても、種類ごとに違いがあり、咲き始めと散り際では色が変化する。

 

平安貴族は、桜の花を愛でるようになると、サクラの色をも好むようになった。源氏物語の中には、光源氏が桜色の直衣をまとった姿が描かれているが、この衣は、表の白い絹に赤い裏地を重ねることにより、桜の色を感じさせていたのである。

この時代、桜系の色を染める時に使われていたのが、紅花や蘇芳。これらの植物染料の配合を変え、調節することにより、多様な桜の色を演出させていたのだ。つまりは、イメージした桜の色を、染め手の方で作り出していたことになる。

では、リアルな桜の色を作り出すためには、どうしたら良いのか。それは、サクラそのものを使い、染料を作る以外にない。そこで今日は、サクラ100%染料の米沢紬で、ほんとうのサクラ色をご覧頂くことにしよう。

 

(置賜草木染紬 サクラ100% 米沢 野々花染工房)

野々花工房では、山形県産の紅花だけでなく、様々な草木を全国から集めて染料を抽出している。藍や紫根(しこん)、揚梅(やまもも)、クリ、サフラン等々、その数は20種類以上。草木染の糸を組み合わせ、模様に合う配色を考える。品物は、どれも自然の色がそのまま生かされ、優しい色合いに織り出されている。

サクラは、多色性染料なので、媒染剤を替えることで、様々な色に発色させることが可能だ。アルミ媒染を使うと、ほんのりした桜色や墨桜色、あるいはベージュや生成色を作ることが出来る。また、銅では薄い茶色、鉄であればグレーに発色する。

桜染めに使われるのは、枝である。米沢は雪深い町なので、冬の間に雪の重みで桜の枝が折れてしまう。この「雪折桜」や、剪定した時に切り落とされた枝を使っている。

まず、乾燥させた枝を細かく砕き、水の中に入れて煮沸する。最初のうちは、オレンジ色や黄色っぽい液体が出てくるが、繰り返すうちにピンクの桜色に変化する。そして、この染色液を作るとともに、発色の仲立ちを果たす媒染剤を準備する。

どんな色に染めるかにより、媒染剤が変わってくるのは、前述した通りだが、桜色やベージュ系の色を求める場合には、アルミ媒染ということになる。この品物の地色・ほんのりとしたベージュの中に、僅かに桜を感じさせる色は、それにあたるだろう。

染料として、サクラだけが使われていることを示す証紙。

「そよぐ」とは、風にそよぐ桜の花びらをイメージしたものだろうか。

アルミ媒染剤で一般的なものは、椿の灰汁である。化学剤では、酢酸アルミニウムや塩化アルミニウムなどが使われている。だが野々花工房の桜染めは、桜の枝を燃やした灰汁を使用している。染液・媒染剤ともに、原料は桜100%ということになろうか。

また、この紬の格子を形成している縦横縞のグレー色は、桜灰汁によるアルミ媒染ではなく、鉄媒染による発色かと思えるが、どうなのだろう。反物には、使っている植物材料は記載されているが、媒染剤については、何も書かれていない。色相を見て、勝手に私が推測したもので、本当のところは不明だ。

 

品物をご覧になって判るように、本当の桜から産み出された色は、あくまでも控えめである。ほんの少しだけ桜を感じさせるこの色は、他の植物染料からでは難しいように思える。それは、桜だけが持つ、やさしい微妙な色だからであろう。

では、この桜染め紬に合わせた、帯を御紹介する。

 

(白鼠色 ツクシ丸紋 塩瀬染名古屋帯・内田万里子)

サクラ染紬は、明るいベージュに、ほんの少しだけごく薄いピンクを落としたような色調なので、春を感じさせる色ではあるが、秋や冬でも使うことが出来る。もし、この紬で季節感を出すとすれば、帯を工夫する以外にないだろう。

サクラ染であっても、キモノにサクラの模様がある訳ではないので、前回に使ったような、桜図案の帯を合わせても悪くは無いだろうが、ここはあえて桜を外してみよう。

作者の内田万里子さんは、1955(昭和30)年生まれ。バイク呉服屋よりは、少しだけお姉さんなのだが、帯を見てもわかるように、とても愛らしい図案と配色をされる方である。

1979(昭和54)年、東京の工房に入って友禅の基礎を学び、三年後に京都に転じて友禅作家・清水光美氏に師事し、糸目糊置きの手描き友禅作家となる。日本工藝会の準会員であり、日本伝統工芸染織展などにおいて、数多くの入選を果たしている。

 

白抜きされた丸紋の中で、かわいく図案化されたツクシ。一本一本のツクシは、縞や渦巻き、水玉などで表現され、見ているだけで楽しくなるような帯。また、模様の間に配されている、ツクシ斜線もユニークである。

ツクシはスギナという雑草の子どものような存在で、頭には胞子を乗せ、茎には輪のような葉が付いている。内田さんのイメージは、胞子が水玉で、茎を取り巻く葉は王冠なのだろうか。

途中から折れてしまったツクシも、模様のアクセント。配色も、少し蛍光的な紫色や群青色、エメラルドグリーンなどが多用され、既存の友禅に使う色とは異なる。この現代的で個性的な挿し色が、内田作品の特徴である。

この帯には、春先の浮き立つような気持ちが、よく表れているように思う。これだけ模様を図案化し、思い切った色の使い方をしているのに、なお、季節のイメージが増幅するということは、作家に優れたセンスによる他はない。

さあ、サクラ染の紬とコーディネートしてみよう。

 

サクラ染紬は、かなり控えめな色なので、薄いグレー地色のこの帯でも、色の差異をある程度出すことは出来る。普通、薄く柔らかい色の品物を組み合わせると、どうしても単調になってしまう。だが、このユニークなツクシ模様のおかげで、春の個性的な街着になっていると思う。

斜線のようなツクシ模様が、この帯のポイントかも知れない。これがあると無しとでは、印象が変わるだろう。茎の節に付いた山吹色が、良いアクセントになっている。

作家は作品の中で、自分が選んだ素材を、出来る限り自分らしく表現しようとする。そんな作家の感性に触れて、共鳴することがなければ、我々は品物を扱うことが出来ず、お客様へ奨めることも出来ない。特にカジュアルモノでは、この傾向が強く表れる。

 

前の合わせ。一般的に太鼓腹の帯の前模様は、ほぼ真ん中に付けられているのだが、この帯は、ポイントになる二つの図案が、左右にずらされている。模様を強調せず、ふんわりとした印象だけが残る。作り手の意図を感じさせる模様の配置である。

小物を合わせてみた。帯揚は桜色で、帯〆は桜と藤紫の二色使いのもの。あまり強い色を使うと雰囲気が壊れてしまうので、あくまで優しい色で春らしくする。キモノと帯の地色を損ねないことと、蛍光的なツクシの色を際立たせることを考えれば、淡い桜系の色しか思い浮かばなかった。

(帯揚 桜色桜吹雪小紋模様・野沢組紐舗  帯〆 桜と藤紫二色組・龍工房)

三回にわたって御紹介した、サクラのコーディネートは如何だっただろうか。キモノや帯の中で表現されている桜の色や桜の図案。さらに桜そのものから色を染め出したもの。どの品物にも、桜への思い入れを感じることが出来る。

にっぽんの良き花、良き色である「サクラ」を、ぜひ皆様にも楽しんで頂きたい。最後に、今日のコーディネートをもう一度どうぞ。

 

開花を前にして、少し花冷えのするような日が続いています。とはいえ、4月の入学式までには、毎年散ってしまいます。

この春、見事にサクラを咲かせ、新しい生活を始める若者達には、エールを送りたいと思います。今は、難しい時代ですが、自由に、伸びやかにキャンパスライフを楽しんで欲しいですね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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