バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

和裁職人 保坂さん(8) 難しい模様構成を、どのように裁ち分けるか

2016.03 07

蛾の幼虫の一つ、尺取り虫の足は、体の端にしか付いていない。だから、体をU字型に曲げ伸ばさないと、前には進めない。「尺取」という名前は、この虫の歩く姿が、一定の間隔を繋ぎながら、寸法を測っているように見えるからである。

 

預った品物の寸法を測ったり、仕立に必要な裏地類を切ったりするのは、呉服屋の日常的な仕事。この時に使う道具は鯨尺なので、当然長さの単位は、寸・尺・丈になる。

尺ざし(鯨尺用のものさし)の長さは2尺(約75cm)しかないので、どうしてもいっぺんに測ることが出来ない。身丈などは、4尺以上あるのが普通で、途中で指を置きながら、あらためて物差しを持ち直さなければならない。

 

さらに、胴裏を切る時などは、なおのことである。うちでは広幅の胴裏を使い、袖と胴をつなげて切るようにしている。例えば、1尺3~4寸の袖丈のキモノの裏を切るとしよう。この時必要な裏は、片袖が3尺(1尺3~4寸×2・プラス縫いこみ分1~2寸×2)。これが二枚なので、並巾の裏だと6尺になるが、広巾は並巾の倍巾なので半分で済み、両袖分で3尺となる。これに胴の部分6尺を加えると9尺になる。

つまり、一度に9尺分の広巾胴裏を切ることになる。長さを測る道具は、もちろん二尺ざし。この時、ものさしのあて方には、少し工夫が必要となる。

もし、生地を置いたまま寸法を取るとすれば、広いスペースが必要で、かなり面倒になる。そこで呉服屋では、2尺ごとに生地を指で送りながら、物差しを上手く繋いで、正しい寸法を測り、裏地を切っていく。

言葉でうまく説明することは難しく、実際に仕事をしているところを見て頂かないと、どんなやり方なのか、わからないかも知れない。けれどもこの測り方は、さながら、尺取虫が歩く姿に似ている。

 

取引先の問屋の社員などに聞くと、裏地を自分で切るような呉服屋は、かなり少なくなったと言う。胴裏も、すでに一枚分ずつカットされたものを扱う店がほとんど。カット済みのものは、カット代も中に含まれているため、当然割高になる。

バイク呉服屋はケチなので、自分で切れば、人によって異なる身丈、袖丈などの寸法を勘案することが出来て、無駄が出ないと考える。もちろんカット代金など取られることもない。

 

尺ざしと鋏を使い回すことが、呉服屋の基本だった時代は、すでに遠くなってしまったのかも知れない。けれども、寸法を当たるにしても、裏地を切るにしても、キモノや帯の構造を理解していなければ、正しく扱えない。

今日は、そんな呉服屋の基本が身に付いていなければ、考えることが出来ない、難しい模様の裁ち合わせ方について、お話してみよう。普段、お客様が目にすることの少ない、隠れた呉服屋と和裁職人の工夫とも言えようか。

 

今日取り上げる品物。紋綸子のグレー地で、全体に桜が散らされている小紋。

呉服屋と和裁職人を悩ませる模様構成の品物とは、どんなものなのか。フォーマルで使う振袖や留袖、訪問着さらには付下げなどは、全て予め模様位置が定められて作られているため、裁ちを入れる時に迷うことは何も無い。

また、無地や総模様のもの、例えば江戸小紋などであるが、全体が均一になっているものも、模様の位置を気にせずに、仕事を進めることが出来る。

 

すこし厄介なのは、模様が飛んでいるもの。つまり、無地場の中に、模様が散らされているような場合である。このような品物は、無地感覚でありながら、アクセントとして模様が付けられており、特に茶席で使えるような、重宝な小紋に多い。また、紬などの織物類にも、間隔を空けて絣柄が飛ばされているような品も見かける。

飛び柄の場合は、模様をキモノ全体に均一に広がるよう付けることが基本。上前おくみと身頃、背の両側など、着姿として目立つ箇所には、特にバランス良く模様を散らす工夫が必要になる。

けれども、単純に模様が散らされているだけならば、まだ裁ちは入れやすい。これは、模様を偏らせないという大前提、つまりは完成した模様の形が、ほぼ決まっているからである。

 

難しい模様構成の品物というのは、裁ち方一つで、最終的なキモノの模様が大きく変わってしまうものである。このような品物は、反物上の模様が、ある程度規則性を持って付けられているが、それゆえ位置を決めることが限定されてしまい、裁ちをより難しくしている。

言葉で説明しても、想像がつき難いので、上の品物を例に取って、御紹介してみよう。

 

反物時の模様位置。見て判るように、桜の花の丸・花びら散し・花びらという三つの模様で、この小紋が構成されている。一見、何と言うことはない模様に見えるかも知れないが、何も工夫をしないまま、単純な総柄小紋のように仕立を進めてしまうと、何ともバランスを欠く着姿になってしまう。

このようなキモノの場合、最終的にどのような模様の見え方にするのか、あらかじめ決めて置かなければ、裁つことは出来ない。キモノは、身頃2枚、袖2枚、衽2枚、衿2枚という、計8枚の単純なパーツで構成されているもの。裁ってしまってから、持って行く場所を変えようとしても無理である。

 

キモノを裁つ時に、決まっている規則が一つある。それは、模様を縦半分に使い分ける場所があるということだ。衿と衽(おくみ)である。

桜の花びらだけを、おとなしく散らした模様。挿された色も、ごく薄い鶸と鼠色。 

大小の桜花の丸図案。片側の模様に比べ、華やかな挿し色。

反物を縦に二等分してみた。このような模様付けのものでは、衿と衽に同じ模様を出すことは出来ない。小紋に限らずどんな品物でも、衿と衽は同じ位置を半分に分けて使う。それは、模様位置が決められている付下げなどを見れば、良く判る。下の画像でお見せしよう。

これは付下げだが、画像で見えているところが衽と衿に使う部分。当然模様のある方が衽で、無地場を衿に使う。生地を裁つ時は、縦に半分にする。

 

最初の小紋に話を戻そう。飛び柄でも、このような模様構成のものでもそうだが、まず最初に裁ち位置を決める場所は、模様が分かれる衽・衿部分である。

ここは、品物をお求めになった時、お客様と相談しておかなければならない。このキモノならば、反物の中の、桜花の丸と桜花びら散しの二つの模様を見て、どちらを衿に使い、どちらを衽にするかというところ。

上の画像でお判りのように、反物を半分に割ると、片方の模様に華やかさがあり、もう一方はかなりおとなしい。常識的には、模様の中心となる衽に華やかな方が使われるのだが、勝手に決めることはせずに、お客様に了解を得る必要がある。中には、衿を華やかにして、身頃の柄の中心はおとなしくしたいと考える方もおられるからだ。

 

上前衽と身頃には、やはり挿し色がある花の丸を配置。花の丸模様が、衽と身頃で重ならないように、間隔を空けて位置を少しずらす工夫もしておく。上の画像上部に衿部分が見えているが、当然、もう片方のおとなしい花散し模様になっている。

 

さて、次は袖をどうするか、である。これは、袖口側と袖付け側、どちらに花の丸を付け、どちらを花散らしにするか、ということ。二枚の袖の模様の置き方は、どちらも同じようにしておく方が、キモノ全体のバランスからみても良いだろう。

画像で判るように、袖口側に花の丸、袖付側に花散らし。もちろん、もう一方の袖も、同様の模様付け。

袖の模様の配置は、身頃における模様の配置と関係がある。上の画像は、前から見た姿を写したものだが、身頃の両脇が花散しになっている。両袖付と両脇を、上から下まで同じ模様で統一することにより、あたかも予め模様位置が決まっている付下げのような、柄の合わせを演出することが出来る。

 

最後に、後の背の合わせを見て頂こう。脇に花散し模様が出ているということは、必然的に背を中心とする両側には、花の丸が出てくる。

真ん中の筋が、背の中心。両側に花の丸模様が均等に出されている。ジグソーパズルではないが、最初に衽と衿の模様が決まると、そのあとの組み合わせは、自然に定まってくる。もし袖や身頃の模様を、互い違いに付けてしまうと、かなり違和感を感じる。最終的に、キモノ全体の模様の付け方に、一つの方向性が出されていれば良いのだろう。

 

昨日、このキモノを求められたお客様が、品物を取りに来られたので、ちょっと協力して頂いた。ご自分で着ることの出来る方なので、簡単に紐で結んで着姿を作ってみる。平面的な画像では判り難いので、実際に着た姿で、模様の配置を改めてご覧頂こう。

前から見た着姿。花の丸が、上前おくみ・身頃・両袖の袖口側・上前胸。花散しが、衿・両袖の袖付側。

後から見た着姿。背の中心線を挟んだ両側に、花の丸。両袖の模様付けは、当然前と同様に、袖口側が花の丸で、袖付側が花散らし。

こうして見ると、キモノ全体に意図された模様の配置が見えると思う。どの部分に、どの模様を、どのように出すかというのは、このような最終的な着姿を想像した上で、考えていかなければならない。それが定まらないうちは、決して反物に鋏を入れることなど出来ない。

たった一枚の小紋であっても、求められたお客様に、もっともふさわしい着姿を演出出来るよう、創意工夫していくことが、一番大切なのであろう。難しい模様構成の品物というのは、扱う呉服屋と和裁職人のセンスが試されている。

なお、この小紋を求めた方は、小柄で華奢なとてもかわいい女性。もちろん、バイク呉服屋よりずっと若い方です。着姿には、そんな彼女の優しい雰囲気がよく表れています。 H様、ご協力ありがとうございました。

 

今日の小紋のように、呉服屋や和裁士が、模様の全体像を考えながら仕事を進めていくような品物は、そう多くはありません。悩むような柄が付けられたものは、小紋あるいは紬類といったカジュアルモノに、限定されています。

けれども、楽しみながら使うものだからこそ、余計に、模様合わせのセンスが問われます。キモノの構造を理解した上で、使う方が一番映えるような着姿を考える。実に、呉服屋冥利に尽きる仕事と言えましょう。

但しこれは全て、寸法を正しく測れたり、間違いなく裏地を切ることの延長線上にあること。きちんと「尺取」が出来なければ、その先の応用には進めませんね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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