バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

「大人かわいい」黒地の七歳祝着を作ってみた

2016.02 07

数日前、新聞に載せられていた中学受験塾の全面広告を見た。そこには、今年行われた開成中学の算数の入試問題が掲載されていたのだが、当然のことながら、バイク呉服屋には、一問として解ける問題がなかった。いや、解く云々の前に、問題そのものの意味すら理解不能だった。

解答時間は、たったの50分。どのように鍛えたら、このような難問が解けるようになるのか。もって生まれた能力に、大変な努力を加えなければ、最難関の中学受験には挑めないということになろうか。

東京都の中学受験率は、17.3%。この率は、地域ごとにかなり差があり、千代田・文京・中央・港など都心部では5割を越えている。中高一貫校への進学率は、35%以上にも及ぶそうだ。

有名中学受験に臨むため、いつ頃から塾に通うのかというと、4年生からが多いらしい。ということは10歳である。親が奨めるのか、子どもが自分の意思で通うことを望むのか、よくわからない。けれども、目標がはっきりしていることは、確かである。

 

翻って、地方の子どもたちを見てみれば、まったく違う生活を送っている。中高一貫校の数が少ないことも一因だが、10歳で受験のことを考えている親などは、ごく一部に限られよう。

そんな徒手空拳の地方の子どもが、10歳から鍛え上げた都会の子どもと、将来大学受験でガチンコ勝負をする。これは例えて言えば、「竹槍対スカッドミサイル」の戦いであり、趨勢ははっきりしている。

人間は、子どもの時の環境により、大人になってからの考え方が大きく変わる。競争を前提に育った子と、そうでない子では、明らかに違うだろう。無論、どちらが良い悪いではない。ただ大人が子どもに望むのは、どんな環境の下でも、柔軟で伸びやかな心を持って、健やかに育つこと。これには、変わりはない。

 

さて、七歳の祝いは「帯解きの儀」の名残である。帯解とは、それまでの紐から、本格的な帯を結ぶ年齢になったという、言わば大人への入り口に立った儀礼である。

今日は、この帯解きの儀にふさわしいような、子どもらしさを残しつつも、少し大人っぽい黒地の祝着を、帯とともに御紹介してみよう。

 

(黒地 薬玉に枝垂れ桜 四つ身友禅小紋・黒地 桜文様 四つ身訪問着)

大人の入り口の立つ儀式が、袴着と帯解ならば、成人として認められる儀礼が、男子の元服・女子の裳着(もぎ)。平安期から江戸期にかけては、12歳~16歳の間で、執り行われていた。

裳着とは、成人女性の衣装である「裳」を初めて付けること。これは、スカートのような形状になっていて、「引腰(ひきごし)」という二本の紐を結びつけて使うもの。簡単に言えば、「巻きスカート」のようなものである。

裳着を済ませた女性は、「いつ結婚してもよい女性」と認められたことになり、髪上げや化粧などの身づくろいをする。中でも、歯を黒く染める「お歯黒」と、眉を剃って墨描きする「引眉(ひきまゆ)」は、特徴的なものであった。

今日御紹介する、少し大人っぽい黒地の祝着は、ちょうど帯解から裳着までの間に使うような、いわば思春期を彩るキモノと言えるかもしれない。

 

(黒地 薬玉に枝垂れ桜模様小紋 七歳祝着・千切屋治兵衛)

このキモノは、先日の「小紋見本帳の稿」でお話した6歳の女の子の祝着。普段通っているお茶のお稽古では、古い大人の小紋を仕立て直したものを使っているが、七歳を迎えるにあたり、初めて新しい反物からキモノを作った。

後で御紹介するが、彼女にはどうしても気に入っている帯があり、その品物の色や模様を考えて選んだのが、この黒地の小紋だった。

最初にこの品物を見た時には、おかあさんも「少し大人っぽくなりすぎないか」と心配した。反物の状態だと、どうしても地色の黒が目立ってしまうので、これは無理なからぬことである。その上、キモノとして仕上がった時に、全体がどのような模様となって表れてくるのかも判り難い。

仕上げてみると、全体が総模様になって、反物からは想像も出来ないほどの華やかさがある。特に、上から下へ伸びている枝垂れ桜が際立っている。その中には、様々な模様の薬玉(くすだま)が散りばめられているので、いっそう華々しい。模様の中に配されている色が鮮やかに浮かびあがるのは、黒地だからこそ、である。

この四つ身小紋でも判るように、キモノの中で小紋ほど、反物の時と仕立て上がった時の印象が変わるものはない。模様の付け方が多様であり、仕立ての工夫により着姿が変わる。そして、付ける八掛の色一つでも印象が違ってくる。実に、自由で楽しめるアイテムと言えよう。上のキモノは祝着なので、八掛は鮮やかな緋の色を使っている。

(支子色 揚羽蝶文様 祝帯・西陣 奥田織物)

この支子(くちなし)色の帯が、この子がお気に入りだったもの。この黄色はかなりインパクトがあり、付けられている模様が揚羽蝶だけなので、地色そのものが前に出てくる。これに対抗できるキモノの地色は、やはり黒ということで、上の品物になった。

黒地のキモノと支子色の帯の合わせ。キモノは総模様で、帯は蝶の飛び模様。薬玉と揚羽蝶は、どちらも子どもらしい模様。

帯模様は密ではなく、すっきりしている。そのため、支子地色がキモノの黒地を抑えることが出来ている。このような合わせ方は、大人の場合も同様であり、キモノと帯双方の模様が密になると、まとまりが付き難くなる。

 

(黒地 桜模様型友禅絵羽 七歳祝着・トキワ商事)

この祝着も、昨秋依頼があって作った品物。上の小紋と比べると、より大人っぽさが出ている。このキモノは、大人の訪問着と同じように「絵羽付け」されていて、模様の出る位置が決まっている。

桜模様だけを型友禅で描いたものだが、前の総模様のものと異なり、地色の黒が目立っている。これが、大人の雰囲気を出している大きな要因であろう。同じ黒地の祝着でも、印象がかなり違っている。

後から見たところ。大小の桜の花びらだけを散らした模様なので、すっきりとした着姿になる。裾や袖の下部分には大きい花びらが付き、上に行くに従い、花は小さくなっている。絵羽付けされた訪問着ならではの模様の出し方。

このキモノも、模様の中の優しい色が黒地に浮かんできれいに映っている。配色が、桜色をはじめとする淡い色を意識的に使っているため、落ち着いた印象を受ける。上の小紋が、「帯解」の頃に使うものとすれば、こちらは、「裳着」に近い年齢で使うものになろうか。

(松葉色 狂言の丸模様 祝帯・西陣 奥田織物)

松葉を思わせるようなキリッとした緑地色の帯。中の模様は「狂言の丸」と言い、能衣装で使われる男袴・狂言袴の中によく見られる丸文様である。袴に表現されている丸文の中にあしらわれているのは、木瓜(もっこ)や鱗(うろこ)、三つ巴など、家紋をアレンジしたものが多い。

上の祝帯を見ても、丸文の中に見えるのは、三階松・向かい揚羽蝶・五三の桐など、家紋でよく見られるもの。緑の地色も、付けられている文様も、大人っぽい。

キモノと帯、前の合わせ。大人びた「狂言の丸」も、こうして合わせてみると、子どもらしさが出てくる。小さな丸紋が幾つも並んでいるからだろうか。色も黒地と松葉色の相性が良く、個性的だけれど、ちゃんと「子どもの衣装」になっている。帯揚に濃い緋色を使い、帯〆を多色使いのものにすることで、着姿にアクセントが付けられる。

 

黒地には、他の地色にはない独特な雰囲気がある。模様に付けられている色を引きたてた上で、キモノ全体を引き締める。少しだけ仰々しく、それが大人びた着姿にも繋がる。また、帯び合わせ次第で、自由に表情が変わる。御紹介した二点の帯を比較して見ても、それがわかって頂けたと思う。帯選びの自在さを考えれば、黒地に勝る色はないだろう。

今日は、祝着の中で黒という地色に注目してみたが、大人モノの中でも、この色が果たす役割は変わらない。小紋や付下げ・訪問着などにも黒地のものが多くあり、ぜひ一度は試して頂きたい地色である。

 

「小学校から『四谷大塚』に通っていましたよ」と、学生時代の友人から聞いたことがありました。無論彼は、東京・山の手に住む「いいとこのおぼっちゃん」。

地方出身者であるバイク呉服屋は、四谷駅=中央線、大塚駅=山手線という知識しかなく、これが塾の名前であることすら知りませんでした。昭和40年代、山梨の片田舎にあるのは、「そろばん塾」くらいのものです。

若い頃から切磋琢磨することを知らず、野放図に育ってしまったため、組織に向かない性格になってしまいました。とにかく私は、勉強が嫌いでしたね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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