バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

1月のコーディネート 有職文の黒地振袖と緋色帯で、格調高く装う

2016.01 12

弁(わきま)えるとは、物事の違いを見分けて、ふさわしい行動をとるという意味である。つまり事の本質(道理)を心得て、筋道をはずさないということになろう。

道理とは何か。それは正しいこと、あるいは常識的なことにあたるだろう。

 

昨日、各地で行われた成人式の様子が報道されていたが、相も変わらず、式の主旨を逸脱している不心得者が多い。大人になるということは、物事の分別が付く年齢に達したということなのに、それを全く弁えていない。

成人式が、民間で自由に開催されているものならともかく、公の立場にある市町村が、税金を使って主催しているものである。とすれば、出席者は「式」の意味を理解した上で、臨まなければならない。それが出来ない者には、参加する資格がないと思える。酒を飲んで暴れたり、式の進行を妨害したりすることなど、もってのほかである。

 

「振袖」というものを、どのように捉えるか。成人式の時だけに、クローズアップされるもの、式へ参加するための「制服」のようなものと考えるならば、この品物が持つ本来の意味にはそぐわない。

振袖は、あくまで未婚女性の第一礼装として、扱われれてきた。そして、ふさわしい着姿というものが守られてきた。この姿は、畏まったものであり、誰から見ても、きちんとしていると見なされなければ、これに当たらない。

最近の成人式に見られる振袖の着姿は、本来の有り様からは、段々遠ざかっているように思える。大きな造花を髪や帯に飾り立てたり、真珠のようなものを巻きつけたりする小物の使い方や、不必要に髪の毛を盛り上げたり、極端に衿を抜いたりする姿は、とても慎ましやかな姿には見えない。

 

「振袖=第一礼装」という意識が欠如し、「振袖=成人式衣装」とだけ認識される。振袖の扱い方が、本来の筋道を離れつつあるというのは、私には道理に合わないことと思える。

すでに多くの呉服屋が「振袖屋」と化し、第一礼装である意味をどこかに置いてきてしまった。売り手の方で、品物の本質を弁えるという意識が、薄らいでいるのだから、今の着姿になっても、やむを得まい。「晴れの日」に着る「晴れ着」としての意味を、もう一度考え直す時は、果たして来るのだろうか。

 

バイク呉服屋にとって振袖は、特別なアイテムではない。紬や付下げや小紋や浴衣と一緒で、「扱っている品物」の一つに過ぎない。品物を依頼された時に、着る人にふさわしいコーディネートを考えることは、他のアイテムとも何ら変わりはない。

ただ、振袖が他の品物と違っているとすれば、「第一礼装」として使うものにふさわしいかどうかである。わざわざ偏屈なバイク呉服屋に、振袖を依頼されるお客様には、明確にこの意識がある。振袖を、成人式だけの衣装と考える方は、うちには来られない。また、来られても、対応出来ない。

 

今年最初のコーディネートでは、「晴れの日」にふさわしい、重厚で華やかな振袖を使って、考えてみたい。もちろん、第一礼装であることを、十分意識したものということになる。

 

(黒地 紗綾型小唐花地紋織 立涌文様に楓・撫子・笹模様 型友禅振袖・菱一)

黒地のキモノというのは、どちらかと言えばシックで大人っぽさを演出しやすいものだが、振袖に使うとなれば、華やかで若々しさをも感じさせる模様と配色が必要となる。

そして、大胆さや重厚さ、その上かわいらしさも出していかなければならない。この振袖の場合、立涌をキモノ全体に配し、その中に楓・撫子・笹模様を大きめに散りばめ、意識的に黒地の無地場を作り出して、模様を浮き立たせている。また、黒地であることを意識して、色挿しがされていることもわかる。

様の基本は、直線・曲線・円など幾何学的なものを、様々にアレンジすることで生まれている。例えば、菱文様の基本は平行な斜めの線を交差させて出来るもの、麻の葉や亀甲は、正六角形を基本として形作られている。これらはいずれも直線で描かれる。

立涌は、その形状から曲線に入るものだが、この文様には、模様と模様を区切る「割付」的な役割を果たす時と、文様そのものを模様とする場合とがある。この振袖の場合には、どちらの役目も果たしているように思える。

うねうねと瓢箪のような形状で上に伸びる立涌。ご覧になっておわかりのように、朱の型疋田と金箔の縁どりで表現されている。立涌文様を、振袖の模様としてより強調する意図が伺える。

文様としての立涌の歴史は古い。平安中期には、貴族の衣装の中の織文様としてすでにその姿が見える。つまりは、「有職(ゆうそく)文様」である。先日のブログで、源氏物語の中に見える「胡蝶」をモチーフにした帯を御紹介したが、立涌文様も、これと同時代に生まれた、日本固有の「国風文様」である。

貴族が使う束帯や十二単には模様がなく、単に色を重ねて使うものだけに、織り生地の模様で変化を付ける必要があった。織り出される模様には、意味があり、階級や格により使えるものが決められていた。有職文様には、この立涌の他に、七宝や蝶の丸、藤の丸などがあるが、いずれも格式のある重厚な文様と言えよう。

 

模様の中心となる、上前おくみと身頃。立涌の間にあしらわれている楓・撫子・笹模様が、裾の方へ向かうにつれ、その形が徐々に大きくなっている。単純な模様の付け方でも、大きさを変えるだけで全体にメリハリが付けられる。

上前おくみの模様を拡大してみた。中心となる二枚の楓には、それぞれ違うあしらいが見える。笹は赤紫の染型疋田、右端の撫子は、鮮やかな緋色が付けられている。

縁どりと蘂に駒繍を使った大楓。中には亀甲と菊の花が見える。まだら状に箔を貼り付けることで、模様を浮き立たせている。

縁どりに駒繍を使い、中に橘の花と七宝を組み合わせた大楓。手描き友禅ではなく、型糸目をつかった品物だが、模様一つ一つの技法には変化が付けられ、より華やかさを表現する工夫が見える。

さて、この伸びやかな立涌を使った黒地振袖には、どのような帯を合わせたらよいか。キモノの特徴がより生かせるような、華やかな色と模様でなければならない。

 

(緋色 菱取り向い蝶模様 袋帯・紫紘)

先日御紹介した、「胡蝶の舞」の帯と同様、製作したのは紫紘である。同じ「蝶」をモチーフにした帯でも、振袖に使うものであれば、こんな華やかさが必要である。紫紘が若い人に向けて作り出す帯には、色と模様を思い切り大胆に表現し、使う振袖をカチッと押さえ込んでしまうような、力のある品物が多い。

蝶を使った文様は、その姿の愛らしさから、子ども向きの衣装に用いられることが多い。三歳・七歳の祝着や祝帯の模様として、ポピュラーな柄の一つである。蝶の中でも、あしらわれるものは、ほとんどが揚羽蝶であり、その優美で華やかな姿を使って、若々しさが表現される。

この帯の図案のように、二羽の蝶が向き合って一つの文様を形作っているものは、向い蝶文様である。これは、黒地振袖に付けられた立涌文様と同様、有職文様であり、歴史の古い古典的和文様の一つ。

では、コーディネートしてみよう。

 

振袖の黒地を引き立たせ、かつ若々しさを出すことを考える時、帯地の色は限定されるように思える。金、銀、白地などでは、よほど中に施されている色と模様が大胆でなければ、キモノに負けてしまう。

鮮やかな帯地の緋色は、それだけで黒地に負けないほどの色の主張があり、黒との相性も良い。その上、振袖の中の模様の一つ、撫子の挿し色とも関連がある。振袖が立涌を使った総模様なので、帯は細かい模様ではなく、はっきりとポイントのあるメリハリの付いたものの方が、押さえが利く。

前の合わせ。菱文の中に向き合った蝶は、かなり迫力がある。この帯は菱文が割付の役割を果たし、模様同士を繋いでいる。また、左右対称のシンメトリーが強く意識されており、そのことが立体感のある帯姿を形作っている。

 

小物の合わせ。帯〆と帯揚げは、鶸色を少し蛍光色っぽくしたような緑青色を使う。黒と緋の間に入る色を考える時、緑系の色が一番自然に映るように思える。刺繍衿は、白地に小花模様でさりげなく。そして、着る時には衿を出しすぎない方がよい。キモノと帯にこれだけ華やかさがあれば、あえて衿を強調する必要はないだろう。

(緑青色 絞り帯揚と帯〆・雪輪に小花模様 白地刺繍衿 いずれも加藤萬)

草履とバッグは、帯地の緋色とリンクさせ、同系色の龍村美術織物・五葉華文(ごようかもん)を使ってみた。

 

黒と緋という個性的な色を組み合わせ、さらにキモノも帯も、古典的な「有職文様」を使ったものを結びつけてみた。重厚な中にも、若々しく華やかさを表現するというテーマで考えてみたが、如何だっただろうか。

振袖というものを、第一礼装の品物として意識するならば、やはり華やかな中にも、きちんとしたある種の「重さ」のようなものが必要かと思う。

もちろん、このような品物を使う場合、髪や帯などに余計な飾り物などを付けることは、かえって雰囲気を壊すことになり、出来るだけシンプルに着て頂きたい。

最後に、今日御紹介した品物をもう一度どうぞ。

 

「道理」の反対語は、「無理」です。諺に、「無理が通れば、道理が引っ込む」というものがありますが、昨今の振袖の扱い方は、どことなくこれに当たるような気がします。「第一礼装」とする「道理」はどこかに引っ込んでしまい、式典その場限りの衣装として「無理」な扱いを受けています。

これは、消費者の意識が変わったというよりも、ほとんど売り手である呉服屋そのものに、起因するものでしょう。

 

「弁える」ということも、式服を扱う呉服屋にとって、とても大切なことに思います。お客様がどのような場で使うか、またそこにどのような立場で列席するのか、それを弁えていないと、それぞれの場面でふさわしい着姿を演出することが出来ません。

年の初めなので、もう一度衿を正し、呉服屋としての自分の立場を弁えながら、一年間仕事を続けて行きたいと思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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