バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

紋をどのように意識するか(前編) 第一礼装の中で果たす役割

2016.01 26

結婚式に掛かる費用の平均額は、352万8千円(2014年・リクルートマーケティングパートナーズ調査)で、お葬式費用は199万8千円(2010年・日本消費者協会調査)。

結構高く付いているのではないか、というのが私の率直な感想である。冠婚葬祭の簡素化が、この十年ほどの間に、かなりの勢いで進んでいると思われているが、この額を見れば、まだまだ相当の費用が掛けられている。

結婚式は、親族だけのレストランウエディングや、会費制のパーティ形式で行われることが増え、葬式は家族葬が一般化しつつある。では何故、これだけの費用がかかるのか。結婚式の場合は、少人数であっても料理の質を上げたり、衣装にこだわったりすれば、費用は増える。葬式は、寺へ支払う戒名料や斎場での経費というものが、たとえ家族葬であっても、極端に安くはなっていないからであろう。

 

さて、この冠婚葬祭に、親族が着用しなければならないキモノと言えば、当然黒留袖と喪服である。一昔前であれば、一族揃って着るのが当たり前だったものだが、式の簡素化や、生活様式の変化、さらにキモノに対する人々の考え方の変化などにより、「どうしても着用しなければならない」という意識は無くなったようだ。

結婚式で、新郎・新婦の母親が、二人とも留袖を着ていないことも珍しくなくなった。(大概、着るか着ないか、どちらかに合わせる。片方がキモノで片方が洋服というケースはあまり見られない)。葬式は、女性が喪主の場合でも、着ていないことしばしば見受けられ、妻や娘という故人に近しい立場であっても、洋服で済ませるが多い。特に暑い時は、それが顕著である。

 

さらに、たとえキモノを着たとしても、貸衣装で済ませる人が多くなっている。成人式もそうだが、結婚式や葬式という「式」と名が付く場所で、「もし、キモノを着るのであれば、借りればいい」という意識が、社会の中で高くなっている現実がある。

成人式の振袖はともかくとして(昭和30年代頃までは、振袖にも紋を付けていたが)、黒留袖や喪服には、必ず「家紋」が付いている。これは、紋を付けずに着用することが出来ないキモノである。そこには、第一礼装として、何よりもまず「家」を強く意識したものであることが、伺える。

今日から二回に分けて、フォーマルのキモノには欠くことの出来ない、「紋」について、「呉服屋の立場」から少し考えてみたい。「家の象徴として付いている紋」には、どのような意味があり、何を根拠として付けられているのか、その辺りを探っていくことにしよう。

 

まず今日は、フォーマルの中でも、第一礼装として使われる黒留袖と喪服について。

紋は、フォーマルのアイテムによって、付けられる位置や数も違い、職人が紋を入れる技法にも違いがある。最初に、第一礼装の品物は、どんな紋の入れ方がなされるのか、そこから話を始める。その中で、紋職人の精緻な技も、少し御紹介してみよう。

 

黒留袖と喪服。いずれも紋の位置が予め決められ、白く抜けている。この紋場のことを、石持(こくもち)と呼ぶ。

このような形態が取られているものは、上の二つの他に、男物黒紋付や男児祝着、そしてごく一部の色無地にも見られる。呉服屋では喪服そのもののことを、この紋場に由来して、石持と呼ぶことが多い。

第一礼装である黒留袖と喪服は、背・両袖・両胸と合計五ヶ所に紋が入る。上の黒留袖を見て判るように、紋を入れる石持のところは、汚れないように布で覆われている。

 

紋職人の正式名称は、紋章上絵師(もんしょううわえし)である。紋は、品物によって、技法が変わる。石持になっているものは、「上絵(うわえ)」というやり方で、紋が入れられていく。

これは、まず白く染め抜かれている紋場を洗い、紋の大きさに合わせて、下絵描きをする。この時に使われる型紙の材質は、和紙か樹脂である。うちの紋職人の西さんは、強度に優れ、吸湿性にも優れていることから、ポリプロピレンという樹脂を使っている。

出来た型紙は、石持に貼り付けられ、刷毛で染料を刷り込む。そして、竹製のコンパスや定規、さらには日本画で眉などを描く時に使う「面相筆」を用いて、細部を描いていく。この部分は、フリーハンドで描くので、職人それぞれの技量が試されるところだ。

どちらかと言えば、ポピュラーな紋の「丸なし下がり藤」。細部の葉脈の部分が、面相筆で描かれたところ。紋型紙は、破損しない限り何回でも使えるので、一般的な紋の場合、大概はすでに型紙が作り置いてある。めずらしい紋を依頼された場合には、型紙がないので、型を起こすところから仕事を始めなければならず、少し手間がかかる。

紋帳にも載っていない、極めて珍しい紋の「石持に右三つ巴」。先日、喪服の紋の入れ替えを希望される方から、依頼された紋。三十年呉服屋をやっている私も、初めて扱う紋である。もちろん、西さんでも今まで入れたことのない紋なので、型紙作りから始めなければならない。

「紋帳にない紋を入れる」というのは、決して珍しいことではない。こういう場合は、依頼されたお客様に、「紋の見本」を提示してもらう必要がある。この方は県外の方だったので、ご自分の家の墓石に付いている紋の写真を撮り、メールに添付して送って頂いた。以前は、ファックスで流して頂いたり、もっと前なら写真を封書で送ってもらったりしたものだが、便利な世の中になったものだ。

この「石持に三つ巴」という紋、難しいのは「三つ巴」の部分が影になっているところである。普通の巴紋ならば、白く染め抜かれた「陽(ひなた)紋」である。この紋は、巴の輪郭だけを白抜きしなければならず、紋型を起こすときに、大変技術を要する。

出来上がった紋を見ると、影になった三つ巴が均等になり、見事な出来映えである。西さんという職人は、もともと絵を志していた方なので、「紋の美しさ」には特別なこだわりを持っている。

喪服の下前の衿先には、紋場と同じように白く染め抜かれた部分がある。ここには、使う方の名前を入れる。喪服は真っ黒であり、親族は紋も同じことが多い。例えば、多くの人が同じ場所で着替えをした時なども、名前が入っていれば、すぐに自分のキモノと判別出来て、他の人のキモノと混同することが無くなる。この名前も、西さんがフリーハンドで描いている。

 

さて、このように職人の手で、丁寧に形作られてきた紋だが、その意味するところは、かなり様々である。まず、貸衣装に使われている紋から考えてみよう。

黒留袖にしても、喪服にしても、借りる人の紋をその都度入れ替えているということは、ほとんどない。かといって、何も紋をいれずに、白抜きした石持の状態では、着ることができないので、便宜的に紋を入れておく。

その紋は、「五三の桐」や「丸に鷹の羽違い」「丸に蔦」など、多くの家で使われている一番ポピュラーなものである。これは、紋の中でも、「通紋(つうもん)」と呼ばれるもので、正式な紋の代用とする要素が強く、いわば便宜的に使われているもの。

もともと紋は、公家や武家などの上流階級で、一族の象徴として発達してきたものだが、江戸期になると庶民にも普及し、自由に使えるようになった。中でも、「五三の桐」は、国や皇室紋として知られている「五七の桐」によく似た紋(桐の花びらが違うだけ)なので、その権威を真似ようとして、多くの人がこぞって付けるようになった。

貸衣装に「五三の桐」が多く使われている理由は、この紋が「通紋」として使われてきた経緯があり、かなり広く一般に普及したものだからである。

 

では、我々呉服屋が、日常の仕事の中で遭遇する「紋の問題」について、少しお話してみよう。

お客様が、喪服や黒留袖などの紋付のキモノを求められた時、付ける紋に悩まれることがよくある。例えば、娘が嫁ぐ際に喪服を作った時、入れる紋は実家のものにするのか、嫁ぎ先のものにするのか、よく相談を受ける。

紋は、地域によって捉え方が違う。旧来関西では、「女紋」が存在し、嫁いだ女性は、その家の家紋(つまり夫と同じ紋)を付けることが出来なかった。だから、女性は嫁ぎ先の家紋以外の紋を、独自に付けていたのだ。先にお話した、通紋の一つ「五三の桐」などは、代表的な女紋である。

嫁ぎ先の紋を付けられないとすれば、新たに通紋を付けるよりも、実家の紋をそのまま使う方が、ごく自然である。こうして女紋には、娘から子、そして孫へと同じものを使い続ける習慣が生まれた。

私も未婚女性が紋付を作る際には、ほとんどの場合、実家の紋を付けることをお奨めするが、これは関西の女紋の習慣から派生した考え方に基づいている。

 

では、関東ではどうか。関東にはほとんど「女紋」が見られない。家の紋は一つであり、夫も、嫁いできた妻も同じ紋を付けていた。これは、封建的な男性優位の家制度を象徴的に表しているものと言えよう。

この名残はまだかなり残っていて、うちのお客様が、嫁いだ後に作る紋付のキモノには、実家の紋ではなく、嫁ぎ先の紋を入れることがかなり多い。

 

このように、現在の紋は、関東と関西、それぞれの意識が混在して使われている。

時代と共に家制度が変わり、以前よりも家を尊重する意識が薄れているのは、事実である。特に結婚というものが、家と家を結ぶのではなく、個人と個人が結びつくものと考える人が多くなったことから、当然「紋に対する意識」も変わらざるを得ないと思う。

紋の仕事を承る呉服屋も、その意識に従い、出来るだけ自由度の高い「紋の選択」を、お客様に勧める方が自然であろう。但し、「こうあるべき」と決め付けるのではなく、あくまでもお客様の意思を尊重し、その中で今までの「紋の歴史」を踏まえた上で、アドバイスをしていくことが大切かと思う。

次回は、堅苦しい第一礼装のキモノではなく、もうすこし自由度の高い、訪問着や色無地、江戸小紋などに入れる紋について、お話することにしよう。

 

バイク呉服屋の家紋は、「五三の桐」なので、極めて一般的な通紋をそのまま家の紋にしたことが想像出来ます。ということは、家柄は由緒正しいものではなく、一般庶民だったことになりますね。

私には、関西の「女紋」のあり方が、今の時代には合っているような気がします。すでに今の時代、紋を嫁ぎ先と同じにする理由が見当りません。もっと極端に言えば、実家の紋を継承する必要も、無くなっているのかも知れません。キモノくらい、自分の好きな紋を自由に入れても、構わないように思えるのです。こんなことを書くと、保守的な考え方の方々からは、かなりお叱りを受けるかも知れませんね。

「家」というものには、多様な捉え方があり、それぞれ自分の意識に基づく考え方があるはずです。紋も、それと同様ではないでしょうか。

 

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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