バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

呉服屋の道具・12 小紋・柄見本帳(四つ身友禅)

2016.01 22

バイク呉服屋に来店されるお客様の中で、もっとも若い「お得意さま」は六歳の女の子である。普通小さな女の子が、キモノを着る機会は、三歳や七歳の祝着に限られているので、呉服屋の暖簾をくぐることは稀である。

でもうちに来るこの女の子は、一年くらい前から、お母さんと一緒に茶道のお稽古に通っている。娘さんを連れて茶道を嗜むとは、何と優雅な生活かと思われるだろうが、お母さんの普段の仕事は、高校の先生である。忙しい毎日を送る中で、休日娘と過ごす時間を、少しでも潤いのあるものにしようと、一念発起して茶道を始められた。

お母さんと一緒にやってくる小さなお客様は、すでに自分の好みがあるようで、「この色のキモノが着てみたい」となどと言う。毎月、何回かキモノを着ているので、自然に自分が好きな色や模様を覚えるのだろう。

 

だが、このお母さんにとって、茶道はあくまでも趣味なので、そうそう費用をかける訳にはいかない。娘さん用の小さなキモノは、茶道の先生が若い時に使ったものや、ご自分でリサイクル店などを回って探してきたものを、上手に再生している。

子どものキモノというのは、浴衣を除けば、ほぼ祝着用のものに限られる。お稽古やお茶会の席で使おうとすれば、古い大人モノを仕立直す以外に、手立てが見つからない。

それを請け負ってくれる呉服屋はないかと探しているうちに、バイク呉服屋と遭遇したのだ。私としても、何とかこの若いお母さんの希望に適うように、出来るだけ費用を抑えて、いつも仕事を請け負わせて頂いている。

 

この方が、子どもモノとして探しているのは、やはり小紋である。総柄であれ、飛び柄であれ、幼い女の子が使う小紋のキモノは愛らしい。今までこのブログの中でも、祝着用として使う小紋を、何回か御紹介してきた。

今日は、そんなかわいい小紋のキモノを仕入れる時に使う、小紋・見本帳の話をしてみよう。これも「呉服屋の道具」の一つに当たるだろう。

 

(四つ身友禅小紋・色柄見本帳  千切屋治兵衛)

千切屋治兵衛(ちぎりやじへい)は、歴史ある友禅染のメーカーとして知られている。先祖は、藤原北家に連なる家柄であり、宮大工を生業としていた。平安遷都の際に、桓武天皇から御所造営を請け負ったことで、京都に移り住むことになる。時は移り、室町後期の1555(弘治元)年に、衣棚(ころものたな)町で法衣業を始める。この年が、今に続く「千切屋一門」の始まりである。

衣棚町を基点とする衣棚通は、室町通と新町通の間にあり、豊臣秀吉が行った新たな京都市中の町区割・天正の地割により新たに生まれた通りである。もとより、この界隈を含め、京都市中には多くの寺社・仏閣があり、法衣業そのものは京都の地場産業である。

江戸中期の元禄年間に友禅染が生まれると、千切屋は法衣業から呉服業へと転進し、京友禅の製作を始める。法衣業を興した千切屋の祖・西村与三右衛門貞喜の後、代ごとに分家を繰り返し、江戸期にはその数は百軒にも上り、商いは隆盛を極めた。

江戸期・京友禅のトップメーカーであった千切屋一門も、明治以降、現在に至るまで残るのは、三社のみである。本家はすでになく、分家した治兵衛・總左衛門・吉右衛門が、それぞれ千切屋治兵衛・千總(ちそう)・千吉(ちきち)という社名で、その名を今に留めている。

 

この中で、友禅のメーカーとして世間に最も知られているのが、千總であろう。高島屋や三越・伊勢丹など、老舗デパートが扱う振袖の主力商品は、千總が製作する型友禅のもの。ネームバリューもあり、模様も古典的でオーソドックス。質が確かな上に、価格も30~80万円くらいなので、安心して消費者に勧めることが出来る品物になっている。

そんな商売上手の千總にくらべて、千切屋治兵衛は地味な会社である。けれども、友禅の技術にこだわり、「優れた意匠を作る」という点においては、決してひけをとらない。むしろ、徹底して「質」を追求してきた会社とも言えよう。

平成に入り、上質な友禅の売れ行きが悪くなるに従い、以前のようなモノ作りをすることは難しくなってはいるが、千治(ちじ)の品物には、どこかに江戸の薫りを残すものが多いような気がする。

これから御紹介する四つ身友禅小紋も、武家や江戸の裕福な商人の子どもたちが身にまとっていたような、愛らしい図案と鮮やかな地色のものばかりである。

 

子ども用の小紋を仕入れる時には、現品としてすでに染め上がっているものから選ぶ場合と、見本帳の中から選んで誂えてもらう場合とがある。

小紋は、型が破損しない限り、地色を変えたり、模様の挿し色を変えたりして作ることが出来る。うちの店で、この千治の小紋を扱うようになってから40年以上は経つだろう。この見本帳の中には、かなり以前から使われている見覚えのある模様も多い。

小紋を作る場合、何より大切なのが型であり、型代に費用が一番かかる。型さえあれば、後は染める手間だけなので、同じ型を長く使えば使うほど、利益を多く出すことが出来るのだ。

 

その上、確実に利益を出そうとする場合、やみくもに沢山の品物を染めてしまうより、受注を受けたものだけにしておけば、無駄が出ない。そのために、見本帳を作っておく。

ご覧のように、大きめのバインダー・ノートに柄見本の布が貼り付けられている。何十年にもわたって作り続けられてきたものだけに、数も多い。一つの柄でも、様々な地色が使われている。

店側としても、扱いなれている商品だけに、見本布さえあれば品物を選ぶことが出来る。全体像を見なくても、どのような模様なのかわかるのだ。それほどスタンダードな品物なのである。

では、見本帳でみた布が、現実にどのような反物となっているのか、御紹介しよう。

 

濃い緋の地色に、流水に浮かぶ桜と楓の模様。(見本帳の布)

反物として出来上がると、このような模様となる。見本布は、この画像の上の部分の模様を切り取ったものだと判るだろう。

コバルト・ブルー、クリーム、緋と地の色を変えて染められたもの。同じ型を使っていても、地色を変えるだけで、印象が変わる。もちろん、これ以外の地色を使って染めることも出来る。

こちらは、薄いピンク地色で、観世流水の中に、大きい橘と小梅・小桜の花を散らした図案。画像の左が反物で、右が見本帳の布。

 

今回バイク呉服屋が、この見本帳から選ぼうとしたのは、黒地の模様。昨年売れてしまったので、補充する必要があった。子どもモノで黒い地色を使うというのは、少し大人過ぎると思われるかも知れないが、実際に仕立てて見ると、模様が浮き立ち、他の地色にはない華やかな着姿になる。

では、今回どんな模様を発注したのか、それを御紹介しよう。

直線的に上に伸びる菊と桜の花に、揚羽蝶が舞う模様。見本布の地色は緋色と空色だけだが、これを黒地で染めてもらうことにした。黒という地色は、飛び柄になっているものより、総模様の方が着映えがするように思う。柄が離れていると、地の黒場が強調されてしまい、大人っぽくなり過ぎるきらいがある。連続してキモノ全体に繋がりのある模様ならば、子どもらしさは維持出来る。

黒地は、子どもが使うものとしては、難しい色だけに、慎重に模様を選ばなければならない。画像で見えるように、付箋を貼って染を依頼する。

 

黒地のキモノは、合わせる帯の地色が自由に選べるという利点もある。例えば、緋色のキモノに朱の帯を合わせることは、避けるだろう。これでは、キモノと帯の色が重なってしまい、はっきりとコントラストが出て来ないからだ。

これが黒地ならば、帯の色は、緋でも黄色でも鶸でも良くなる。また、白でも金でも銀でも構わない。黒地の帯を除けば、選ぶ帯により、雰囲気を自由に変えることが出来る。大人っぽくもなり、子どもらしくもなるのは、黒というキモノの地の色なればこそ、である。

 

呉服屋がキモノを仕入れる時には、出来上がっている品物を見て選ぶだけではなく、このような「見本帳」を使うことがあるということを、皆様にも知って頂きたかった。

バイク呉服屋は、この千切屋治兵衛の小紋の他に、竺仙の浴衣を仕入れる時にも、見本帳を使って選んでいる。竺仙では、一年ごとに染める模様が違っている。前の年に染めた模様でも、翌年には染めないモノがある。

3月になると、竺仙の担当者が、今年染める予定の浴衣の柄見本帳を持って、店にやって来る。浴衣だけに、その数は小紋見本と比較にならないほど多い。生地だけでもコーマあり、綿絽あり、綿紬あり、紅梅ありと多種多様である。この中から、自分の店に向く品物を選び、「染の予約」をするのだ。

品物には、長い間染め続けられている、スタンダードな模様があるかと思えば、現代感覚で新しく型を起こしたものもある。そして、1年だけで消えてしまう模様もあれば、染める職人がいなくなって消え行くものもある。「万筋」のような、熟練した技術を要するものが、染められなくなってしまうことは、何とも惜しい。

 

千切屋治兵衛にしても、竺仙にしても、長い歴史を積み重ねてきた老舗の染メーカーである。柄見本帳の中には、伝統を築き上げてきた染屋の息遣いが聞こえる。

時代が変わろうとも、変わりなく使い続けられる品物こそ良品であり、次世代にぜひ残したいと思う。品物のいのちでもある型紙が、一年でも長く、良い状態が保てるようにと、祈るばかりである。

 

昨年秋、最初にお話した六歳の女の子は、初めて新しいキモノを誂えました。七歳の祝着として選んだ品物が、千切屋治兵衛の黒地の小紋。

どのような帯を合わせ、それがどんな雰囲気になったのか、近いうちにブログの中で御紹介したいと思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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