バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

続・京繍の多彩な技を見てみよう 縫切り・刺し繍・駒繍・肉入れ繍など

2015.10 18

このブログを公開し始めて2年半ほどになるが、先週の日曜日、初めて海の向こうからお客様がいらした。今年の初めくらいから、県外からお客様をお迎えすることが多くなっていたが、海外からとは想像もしていなかった。ITの力、恐るべしである。

この方は日本人女性だが、国際結婚されて、現在はアメリカ南西部・アリゾナ州在住。ここは、メキシコと国境を接し、コロラド川が侵食されて出来た大峡谷・グランドキャニオンがある。気候は、土地が砂漠帯と高地帯に分かれていて、夏は暑く、冬は温暖なところ。主産業は綿花栽培と銅採掘で、いずれもアメリカの全生産量の50%以上を占めている。

バイク呉服屋を知って頂いたのは、もちろんこのブログを通してだが、最初はタトウ紙に関するご質問をされてきたことが、きっかけだった。その後、洗張りや寸法直しについて書いた稿を読まれ、一時帰国した際には必ず来店したい旨を伝えて来られた。

 

このブログを見て県外から来られるお客様は、ほぼ100%私より若い方なのだが、この方は私より一回り上の妙齢の方。お会いしたところ、とてもお若く、髪型や服もアメリカナイズされており、全く年齢を感じさせない。

日本人では、この年齢の方でITを使い回すことの出来る方は、多くないように思える。ネットを駆使して情報を得ようとしたり、積極的にメールで質問しようとするその意欲に、私は驚かされた。

そして、手直しのために持ってこられた品物が、また若々しい。カリフォルニアの空を思い起こすような、オウムの羽の色・パロットグリーン地色に大胆な牡丹の花だけの訪問着。それこそパーティで使えば、人目を惹くこと間違いない品物である。

海を越えてお持ち頂いた思い入れのあるキモノ。どのような直しを施したのか、そのうちブログの中で、御紹介してみたい。

 

さて今日は、前回から少し間があいてしまったが、京繍の技法について続きを書くことにしよう。

 

(縫切り)

今日取り上げる繍技法は、今までこのブログの中で取り上げた品物の中に施されているものばかりである。それぞれの繍を見て頂くと共に、どんな品物にあしらわれているか、改めて、それぞれの品の全体像も一緒に、御紹介することにしよう。

最初の画像、右側の赤い菊の花弁が「縫切り」という技法の繍。同じ菊の花弁でも、染で表現されている右下の紫の花と比較すると、赤い菊はかなりインパクトがある。縫切りは、平らな面を立体的に見せる時に使う技法であり、花弁に用いられることが多い。この繍が、生地目に関係なく、縦横自由に縫いつめることが出来るので、その特徴が生かせる部分によく使われている。

縫切りを使った大菊。最初の花弁よりかなり大きい。輪郭が金の駒繍でほどこされ、中は全て縫切りで繍われている。花弁の一枚一枚全てが繍で埋め尽くされており、ここだけの手間を考えても、大変な仕事。画像を見て判るように、光の当たり方によって、色が違って見える。

緋色立浪青海波文様・京友禅振袖(2014.1.19)。

上の繍がほどこされている品物。日付は、この品物について紹介した稿を書いた日。よろしければ、こちらもお読み頂ければと思う。どんな品なのか、その内容や出自なども詳しく書いているので、ご参考にされたい。これは、家内が結婚式に着用した振袖。

 

(刺し繍)

青紫と赤で分けられた二枚の桔梗。この花に施された繍が「刺し繍」技法。両方の花ともに、光が当たって白っぽく見えている部分と、影になっていて濃い色のまま見えているところがある。この技法は、模様の外側から内側に向かって縫われ、針足の長さで糸を調節することにより、模様を写実的に見せることが出来る。

白地絽ちりめん・総刺繍名古屋帯(2015.10.4)。

つい先日、難しい手直しとして御紹介した品。この帯を見ると、この刺し繍技法のほかに、縫切りや平地繍、まつい繍、駒繍、芥子繍など、多種多様なほどこしで模様が形作られている。いわば、繍を集大成したような品物である。

 

(刺し繍)

この品物の中では、右側に見えている白とピンクで色分けされた牡丹の花。これが、刺し繍技法であしらわれている。左の小菊の花は、縫切りが使われている。糸の色を全く変えて刺し繍を施すと、模様の中で目立つ存在となる。

薄ピンク地吹き寄せ模様・型友禅付下げ(2014.4.20)

ほとんどが染で表現された吹き寄せ文様の品だが、繍であしらわれた部分は遠目からもよくわかり、柄のアクセントになっている。

 

(刺し繍)

画像の右側に大ぶりな白牡丹の花があるが、花弁の中に光る部分が見えている。ここに刺し繍が使われている。また、少し判り難いが、左端の鳥の黄土色の体毛にも、同様のほどこしが見える。この繍は、染だけでは平板になりがちな模様を、よりリアルに見せるために使われている。

山水四季花模様・琳派京友禅色留袖(2014.12.10)

品物を見ると、白牡丹だけでなく、白梅にも刺し繍が見える。全体から見れば、ほんの僅かな工夫だが、この繍があるのとないのでは、模様の見え方にかなり違いが出てくるだろう。

 

(駒繍)

模様の輪郭を表現する技法としてもっともよく使われるのが、この駒繍(駒取りとも呼ぶ)。上の画像では、桜の花弁を囲むような金糸の繍が見える。この部分が駒繍になる。

画像で判るように、花の輪郭を強調するために、かなりの太い糸が使われている。このような糸は、針穴に糸を通すことが出来ず、通常の刺繍とは異なる方法で縫い進められている。

この技法は、まず「駒」と呼ばれる糸巻きの道具に糸を巻き取り、これを下絵にそって置いていき、それを別の細糸で綴じ付けるという方法が取られる。輪郭に、太い駒繍が使われた花弁は否応無く目立ち、その部分は自然と強調されることになる。

白地しだれ桜模様・京友禅中振袖(2013.9.1)

うちの娘達が使った振袖。しだれ桜だけの単純な模様なので、それぞれの花弁を、様々な技法で工夫することにより、個性的な品物へと変化させている。

 

(駒詰め)

輪郭として使っていた駒繍で、模様を表現したものが、「駒詰め」。一枚の笹の葉に金糸で駒詰めをほどこすことで、品物全体は、より豪華な印象となる。この技法が一ヶ所でも使われていると、品物に「箔が付く」ような気がする。

あしらい方は、駒繍と同様に糸巻きで巻き上げられた糸を、下絵に置いてから別糸で縫い閉じていくのだが、「詰め」の場合は、花弁の外側から中心へ詰めるように糸を置く。このように、糸が詰められて置かれることから、駒詰めという名前が付いたと思われる。

黒地大七宝に菊花模様・京友禅中振袖(2013.7.5)

昭和初期に使われたと思われる振袖。以前、孫が結婚式に使うために手直しした「おばあちゃんの振袖」として、御紹介した。とても80年前の品物とは思えないような、豪華絢爛たる振袖。当時の職人の技術の高さを、伺い知ることが出来る。

 

(肉入れ繍)

赤とクリームが混ぜられたように表現されている梅の花弁。画像からは、少し盛り上がっているように見えているだろうか。この立体的に模様を見せるための繍技法が、「肉入れ繍」である。

繍の技術で模様をふっくらと見せる。これは、中に紙や布を入れて縫い閉じているために、自然に厚みが出てくるのだ。まず、下絵の模様の形に紙(和紙など)や布(木綿)を切り、それを貼るか、糸で止めておく。この上に繍をほどこす。

この紙や布が肉とよばれる中身で、まずここが下縫いされる。そしてその上から本縫いされるのだが、この時、下繍と本繍の針足を逆にしておく。縫い方は、花弁を斜めに縫う方法(斜め肉入れ)と、縦に縫い切る方法(平肉入れ)とがある。

大彦(野口真造)梅樹衝立鷹文様・江戸染繍友禅訪問着(2014.6.29/7.4)

近代における江戸友禅の第一人者、大彦・野口真造の手による品物。この「梅樹衝立鷹文様」は、東京・国立博物館に収蔵されているものと、全く同じ文様で、これが野口真造と大彦の職人の手によって、忠実に復元されている。上で取り上げた肉入れ繍技法は、訪問着の裾部分の模様、衝立の中に描かれている梅の花部分。

刺繍だけではなく、糸目糊置きや染めのあしらいなど、どれをとっても素晴らしく、江戸友禅の全てが表現されている素晴らしい作品。おそらく、このブログで紹介した中でも、飛びぬけて価値ある仕事がなされている品物、と言っても良いかもしれない。ご覧になっていない方は、ぜひ見て頂きたいように思う。昨年の6月と7月の二回に分けて、稿と画像がある。

 

最後に、少しめずらしい繍技法を、一本の帯の中でまとめてご覧頂こう。

(組紐繍・芥子繍・まつい繍)

この綴れ刺繍帯の中には、沢山の繍技法が詰まっている。画像は全体の一部分だけを切り取って、お目にかけているが、この中に6つもの技法がある。では、これまでに御紹介していない、3つの繍を簡単に見ていく。

まず、濃紫色の扇の骨部分の繍だが、これが「組紐繍」とよばれる技法。刺繍で表現された組紐ということになろうか。「芥子繍」は、扇面の中央に茶色の紐があるが、その中の金の点である。これは、狭い針足で付けられるひと針の点が、芥子の実のように見えることからその名前が付いた。この技法は、雲や霧などを表現する時に使われる。

最後に「まつい繍」だが、緑と青の笹の葉の中心に付いている、銀色の葉脈部分が、この技法。線を表現する時に良く使われる。

金砂子扇面に松竹梅模様・綴れ総刺繍帯(2015.2.24)

手直しのために預った、綴れに総刺繍という大変贅沢なほどこしをされた帯。かなり古い品物ではあるが、ありとあらゆる技法を駆使して、模様が表現されている。様々な繍の特徴が存分に生かされていて、それぞれの技を見るには最適な品物。こちらも、ぜひご覧頂きたい。

 

二回にわたって、友禅の技法の一つである「繍」にスポットを当てて話を進めてきた。刺繍だけで模様を表現している場合と、模様の一部として箔や染などと併用されて使われている場合があり、使われ方により、品物の中で果たしている役割が異なる。

単純に刺繍といっても、これだけ沢山の技法がある。京繍職人は、どの技法を使えば、品物の上でどんな表現になるかということを理解した上で、仕事をしている。

縫うという技術だけではなく、この感性がモノ作りの中では、大変重要になってくる。一枚のキモノ、一本の帯を生み出す過程では、自分の仕事に対する職人の姿勢そのものが、表現されているのだと思う。

 

我々は、完成した品物の上でしか、その技を見ることが出来ません。本来ならば、実際に仕事をされている現場で、どのような努力がなされているのか、それを伝えるべきかと思います。

しかし現実には、仕事場へお邪魔するわけには行きません。だからせめて品物を見た時に、その努力を慮ることが大切ではないでしょうか。芥子繍のような、点のように見えるほんの僅かな刺繍にも、気持ちが込められているはずです。

どんな時代になっても、人の手による仕事は、貴いですね。

 

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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