バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

7月のコーディネート 水辺模様を、紗袋帯で夏らしく演出してみる

2015.07 20

大雨を降らせた台風の通過とともに、梅雨が明けた。例年、夏休みが始まる20日前後に合わすかのように、灼熱の季節が訪れる。

今日は海の日・祝日。1996(平成8)年より制定されたこの日は、海洋国家・日本に住むわが国民が、海に対する理解と感心を深めることを念頭に置く、という建前になっている。

そもそも、この祝日の基になっているのが、「海の記念日」で、これは戦前の1941(昭和16)年=太平洋戦争が勃発した年、当時の第三次近衛文麿内閣の逓信大臣であった、村田省蔵により提唱されている。この人物は、商船三井の会長として、戦前の戦時船舶輸送に尽力しており、海との関わりの深かった。

7月20日を記念日として設定された理由は、1876(明治9)年、明治天皇が東北巡幸の際に、軍艦ではなく灯台巡視の汽船を使ったことに因んだもので、この船が無事に横浜港へ帰着したのが、この7月20日であった。

 

このような古色蒼然とした海の記念日を、現代の海の日として祝日に設定するのは、どうにも「こじつけ」の感は、否めない。政府が国民の休日・祭日を増やし、大いに消費もしてもらおうという意図が透けて見えてしまう。従来では、5月の連休後は、9月の敬老の日までは祭日が無かった。

子ども達が夏休みの間に、祝日を新設し、大いに家族で楽しんで欲しいということか。その意図で、来年からは祝日・山の日も新たに加わる。8月11日、まさにお盆休み直前である。盆休みと祭日を連動させ、休暇が長くとれるようにとの配慮だろう。

最初、山の日は8月12日に決まりかけたのだが、群馬県出身の議員達から、横槍が入った。8.12といえば、1985(昭和60)年、日航ジャンボ機墜落事故が起きた日として記憶されている。この機が操縦不能となってぶつかった山が、群馬・長野県境の御巣鷹の尾根であった。山で起きた大事故の日が祝日というのは、山の恩恵に感謝するという、祝日の建前にも反するということで、一日前の11日に収まった。

海の日にせよ、山の日にせよ、祝日としての意味や意義がある訳ではなく、夏は大いに休んで、英気を養って欲しい、ただそれだけのことであろう。

 

さて、そんな夏の盛りともいえる7月だが、結婚式や、披露パーティなどを開くような話も、昔よりは多く聞くようになった。従来は、よほどのことがない限り、夏の間は避けられていたものだが、最近は、本人の仕事の都合などで、休暇が取りやすい夏に、式や宴を催す。特に都会では、結婚しても共働きが普通なので、当人の事情次第で、日程が決まっていく。

今月のコーディネートは、盛夏の披露宴に出席される方が使う、絽の訪問着と夏帯の合わせ。先日、帯合わせを依頼されたので、その際に提案した組み合わせをご紹介してみよう。「夏の水辺文様」に相応しい品物はどのようなものか、考えてみたい。

 

(薄鼠色・観世流水に丸紋と水辺模様 絽訪問着  生成色・雨垂れ雫模様 紗袋帯)

夏の意匠を考えてみた時、まずは、見た目にも涼やかさが感じられるものが選ばれる。その意味で、水に関わる文様は工夫をほどこされながら、様々に使われている。

海岸や川面の水辺の風景を写し取った模様には、それぞれに特徴ある文物が描かれている。海岸の情景は、海賦文様であり、川の中州などの砂州の風景は州浜(すはま)文様と呼ばれる。その中で主に表現されているものは、漁師が使う苫船や投網などの道具だったり、打ち寄せる波やそこにやってくる千鳥などである。

特に波模様については、激しい波、穏やかな波とその表情を特徴的に描くことで、個性的な意匠となる。岩に砕け散る激しい波は、立浪文であり、わずかに動く静かな波は、小波文である。

 

改めて、依頼された絽の訪問着を見てみよう。地色は、極薄い鼠色である。模様の中心である、上前のおくみから前身頃、さらに後身頃まで、流水模様が付けられている。挿し色は、ほぼ藍一色の濃淡。五つの丸紋の中に、それぞれ夏を連想させる模様があしらわれている。ここの色挿しも藍色だけ。

もっとも濃い藍色を水の色に使い、他の部分は淡い藍色を使う。淡彩な色調で模様を表現することが、涼感をいっそう駆り立てる工夫になっている。

 

観世流水に苫船と葦束。模様の中心に付けられた流水模様は、能・観世家に伝わる独特の渦巻き文。もう一つ流水文には光琳流水があるが、こちらは尾形光琳の手による、躍動感のある水の流れが特徴。丸紋の中に描かれている船は苫舟(とまぶね)といい、茅などを編みこんだ屋根のある簡素な小船のこと。特に侘びた風景を強調する小道具として、葦草を組み込んで表現されているものが多い。この図案をみても、苫舟の中に葦の束が描かれている。これと同様に茅葺きの粗末な家を、苫屋(とまや)と言う。これも、静かで簡素な水辺を表現するときに、用いられる図案である。

橋文に小流水。橋文は、波文や流水と共に使われることが多い。代表的な文様が、伊勢物語の八橋の段をモチーフにした八橋文(昨年7.21の稿を参考にされたい)。橋にしろ、舟にしろ、水辺を彩る道具であり、その描き方により、模様全体の印象が決まる。

この絽の訪問着に表現されている水辺模様は、ご覧のように、控えめで、おとなしいもの。青系の色のみを使って、丁寧に色が挿されていることを考えると、このキモノは、何より清涼感を引き出すことを最優先として製作されていることがわかる。

では、このことを踏まえた上で、この品物に相応しい帯を探すことにしよう。

 

(雨垂れ・雫模様 手織り紗袋帯  紫紘)

流水に丸紋という、すこし堅い印象が残るキモノに対して、帯にはモダンさを持たせたい。例えば、流水図案のキモノに流水模様の帯では、当たり前すぎて、つまらないし、キモノの図案そのものも活きないように思う。

水から連想できる模様で、ひと工夫されているもの。さらに色は淡彩で、シンプルなもの。これを前提にして探し当てたのが、上の紫紘の紗帯である。

 

この帯には、「夕立」というテーマが付けられていた。夏の季語でもある夕立は、言うまでもなくにわか雨のこと。この帯模様は、大小の水滴に見立てた不揃いなもの。しかも、ほぼ銀色系の糸に限定されて織り出されており、わずかに使われている金糸が、模様のアクセントになっている。

単純ではあるが、稀な図案である。なにより、雫をイメージした模様の付け方にセンスが感じられる。微妙に変えられた糸質で織り成された模様は、光の当たり方で変化し、独特の立体感をかもし出しているように思う。

 

前の合わせ。地色は生成色だが、光沢を持っていることが、画像からもわかる。涼やかなキモノの挿し色と模様を消さないように、あまり主張しすぎず、さりげなくお洒落な「雫」模様。

お太鼓部分。自由に表現されている雨だれ。模様の不規則さが、モダンさを生む。この帯なら、どんな色・柄のキモノにもそれなりに対応できてしまう。裏返せば、使うキモノにより、表情を変えることが出来る帯ということになる。

 

時には、主張しすぎない帯というものが必要になると思う。それは、季節感を前面に出すためであったり、キモノの図案そのものの雰囲気を、壊さないようにするためでもある。どのような着姿を求められているか、お客様の希望に応じて、帯を見立てていく。

キモノに堅い古典模様のイメージが強ければ、すこし帯で緩める工夫が、時にはあっても良い。古典と古典の組み合わせは重厚だが、着ていく場所によれば、重すぎる印象になりかねない。特に、単衣や薄物の訪問着や付下げなどの場合は、袷と比較して、控えめに色や模様が付けられている上に、旬を主張する品物も多い。

だから、夏のフォーマルモノのコーディネートは、袷の時期とまったく違う視点から、品物を考えなくてはならない。最後に、もう一度キモノと帯の全体像をどうぞ。

 

流水や波などの水に関する文様は、もっとも夏らしさを感じさせてくれます。そして、夕涼みで歩く水辺の心地よさや、夕立が通り過ぎた後の風の涼やかさなどは、人々が昔も今も、同じように求めてきたものでしょう。

梅雨明けと同時に、日本中の気温が上がり、熱中症で倒れる人のニュースが毎日のように報道されます。冷房なしでは、生活できないような気候になってしまったのは、つい最近のことのように思えます。

これでは、微妙な風の変化で、涼やかな気分になれるような、「趣のある」心持には、なれるはずがありません。気候は、人の感受性まで衰えさせてしまいます。どうにかならないものでしょうかね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

日付から

  • 総訪問者数:1777225
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  • 昨日の訪問者数:410

このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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