バイク呉服屋の忙しい日々

ノスタルジア

羽田登喜男 漂色鴛鴦文様・蒔糊京友禅訪問着

2015.05 09

重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝の認定が始まったのは、1955(昭和30)年のこと。今から丁度60年前である。

工芸技術部門は、陶芸・染織・漆芸・金工・などに分けられ、現在まで170人が認定されている。呉服屋と関わりが深い染織分野では41人、この中で友禅の認定者はわずか10人。

友禅の世界で、初めて無形文化財保持者(人間国宝)として認められた方は、4人。京友禅の田畑喜八・上野為二、加賀友禅の木村雨山(うざん)、江戸友禅の中村勝馬。

 

田畑喜八は、江戸・文政時代から続く友禅の家に生まれた三代目。初代の小房屋喜八は、日本画家を志した後、京都朝廷の誂え染師となる。藍色の濃淡を駆使した模様染めに特徴がある。上野為二も二代目。初代は明治中期から昭和にかけて活躍した上野清江。京友禅というより、加賀友禅的な作風の写実的図案が多く、特に茶屋辻模様を得意とした。現在、その娘さんである上野街子さんが「清染居」という工房を京都に構え、仕事を受け継いでいる。

加賀友禅最初の認定者、木村雨山は、伝統的な大和絵の写実性を作品に取り込み、独創的なぼかし技法を使い濃淡を表現することで知られる。加賀友禅の素晴らしさを体現した作家であり、加賀友禅そのものの地位を確立した最大の功労者であった。弟子に金丸充男や松本節子らがいる。

江戸友禅の中村勝馬は、戦前の三越や松坂屋で衣装製作を長く担当してきたが、その作風はどちらかと言えば斬新でモダンなものが多い。また、作者である証の「落款」をいち早く取り入れたり、日本工芸会の設立に奔走したりと、友禅作家の地位向上に貢献した人でもあった。

 

最初の認定者から4年後、1959(昭和34)年には、中村勝馬の弟子であった山田貢(みつぎ)が認定を受ける。山田の作風は、糸目の線を生かした松や麦の穂、魚などの模様を得意とし、堰出し、たたきなど多様な友禅の技法が駆使されていた。

1967(昭和42)年、蒔糊技法を駆使する京友禅の作家として知られていた森口華弘(かこう)が、ついで1988(昭和63)年には加賀友禅と京友禅を融合した作風を持つ羽田登喜男(ときお)が認定を受ける。

平成の時代に入って認定されたのは、1999(平成11)田島比呂子(ひろし)と2007(平成19)年の森口邦彦、2010(平成22)年の二塚長生(おさお)の三人。田島は江戸友禅で中村和馬の弟子、森口は森口華弘の息子、二塚は、木村雨山以来55年ぶりの加賀友禅での認定者であった。

 

簡単に10人の友禅における無形文化財保持者(人間国宝)について書いてみたが、京友禅が5人、江戸友禅3人、加賀友禅2人という内訳になる。京友禅の5人のうち、上野為二と羽田登喜男は京と加賀の融合系とも言えようか。

江戸友禅は、中村和馬とその弟子2人、京友禅は田畑喜八と森口親子、加賀の木村雨山と二塚長生の作風は対照的で、写実的な花鳥文様の木村に対し、二塚はダイナミックな線で風や水を抽象的に表現している。

このように見ていくと、認定される基準にはどことなく偏りがあるような気がしてくる。加賀友禅などは、今までにもすぐれた技術と高い芸術性を持った作家が数多く存在していたことを考えれば、もう少し認定者が増えていてもよさそうである。

 

前置きが長くなったが、今日は、重要無形文化財保持者の一人、羽田登喜男(はたときお)の作品をご覧頂くことにしよう。

 

(漂地色 蒔糊流水に鴛鴦文様・京友禅訪問着 羽田登喜男)

(1970年頃 身延町・T様所有)

羽田登喜男は、加賀友禅と京友禅という二つの異なる友禅を融合した作品を世に送りだした稀有な作家である。加賀友禅の写実的模様と京友禅の技法を組み合わせながら、自分だけの世界を作る。二つの友禅の垣根を越えた独創性、彼が無形文化財保持者として認められた点は、ここにあった。

1911(明治44)年、金沢市の造園師の三男として生まれた羽田は、1925(大正14)年、14歳で加賀友禅職人の南野耕月の元へ弟子入りする。南野の家は羽田の家の隣にあった。ここでは、加賀友禅における下絵、糊置き、色挿しなど一通りのことを学ぶことになる。さらに6年後の1931(昭和6)年に京都へ出て、同じ金沢出身の曲子光峰から京友禅の基礎を学び、加賀とは異なる作品の特徴を吸収する。これ以来、終生京都に居を構えて仕事をすることになる。

ご存知の通り、加賀友禅は地染めと糊置き以外の工程は、一人で行うが、京友禅は全ての工程において分業化されている。つまり、下絵、糊置き、彩色の他、箔などの部分的な作業に至るまで、細分化された仕事にはそれぞれの職人がいる。加賀友禅と京友禅、両方の修行を果たした羽田は、この分業化されている一つ一つの仕事を、全て自分で行って作品を作ろうとしたのである。

すでに戦前の1943(昭和18)年には、政府が認定した京友禅技術保存者となっていることから、早くから加賀友禅と京友禅を融合させた作品が作られていたことがわかる。

では、加賀友禅と京友禅の融合が、作品でどのように表現されているか見てみよう。

 

後身頃の鴛鴦と蒔糊、蝋染めで表現された水の流れ。

羽田作品の模様として、もっともポピュラーな鴛鴦(おしどり)。先頃このブログで、松本基之の手による鴛鴦模様の加賀友禅の黒留袖をご紹介したが、鴛鴦というモチーフは、写実性に富み、加賀的な模様である。

水を表現した部分。小さな白い点々で水の流れを、少し大きい点は水の泡を表現している。小さい点は蒔糊あるいは、蒔蝋であろうか。

蒔糊は、糯糊を竹の葉などに薄く塗って乾かし、それを細かく砕いたものを生地上に蒔く技法。地染の前に施されるため、蒔いた部分は色が染まらず残る。蒔蝋の場合は、筆先に蝋を付けて生地上にそれを飛ばすことにより、斑模様を付ける方法。いずれにせよ、不規則な斑点模様が生地上の模様となって表れる。

少し大きい水泡は、おそらく蝋たたきか。これは筆より少し大きい道具を使い、蝋を生地に押し当てることで地色が染まらず、大きい斑点となって表れる。さらに、水の流れの中に、少し白っぽくぼやけたような所が見られるが、ここも蝋のダンマル描きという半防染の技法が使われていると思われる。

 

上前おくみと、身頃につけられた雄雌二羽の鴛鴦。この鴛鴦の中にも、京友禅と加賀友禅の技法が混在している。

二羽の鴛鴦の色挿しは、写実的であり、雄雌ともにそれぞれの色の特徴が鮮明に描かれている。雌の羽の一枚一枚には、丁寧に糸目糊が置かれ、加賀的な色の挿し方がされている。

雄鴛鴦を拡大したところ。特徴的な橙色をした銀杏羽(飾り羽)には、金箔が蒔かれている。この技法は振り金砂子と言われるもので、生地に接着剤を塗り、その上から細かい金箔を振り落とすことにより、表現できる。羽には、何本もの糸目がそのまま柄となる、白揚げという友禅の技法も見える。

糸目をそのまま柄にした白揚げと、振り金砂子。橙色の羽をさらに拡大してみた。

 

写実的な構図の中に、幾つもの友禅技法が組み込まれていることがわかる。構図は加賀的なものだが、それをもっと生かすために京友禅の技法が施される。蝋による半防染も金砂子も、加賀友禅の作品には見ることのできない表現方法である。

羽田登喜男の独創性は、加賀友禅と京友禅双方の技法を一人で身につけたことにより、初めて生まれた。加賀友禅は、頑なに一定の技法を守る保守的表現であるが、京友禅は多様な技法が駆使され表現されている。相容れないものに見えるこの二つを、見事に融合させたところに、この作家の真骨頂がある。

 

最後にもう一度、全体像を前と後ろからどうぞ。

 

 

羽田登喜男の作品として、もっとも世に知られているものは、1986(昭和61)年、イギリス王室・ダイアナ皇太子妃に贈られた「瑞祥鶴浴文様」の大振袖。鮮やかな橙地色に、大胆な松と鶴をあしらった豪華な模様は、今も鮮明に目に焼きついている。これは京都市が、初めて来日したダイアナ妃のために贈ったものである。市から依頼を受けた羽田氏は、妃のイメージを橙色と決め、その上にいちばん日本的な図案の松と鶴を表現したのだろう。

羽田登喜男氏・落款

羽田氏は、90歳を過ぎても精力的に制作活動に没頭し、祇園祭の山鉾の前掛や胴掛、水引などを多数手掛けた。2008(平成20)年2月、97歳の天寿を全うされた。現在は、長男羽田登氏や、孫の登喜氏により仕事が受け継がれ、作品が作り続けられている。

 

頑なに守られる加賀友禅の技法と、柔軟に施される京友禅の技法。羽田氏の作品は、二つの技法を自在に使うことが出来たからこそ、生まれたものでしょう。「二兎を追うもの、一兎をも得ず」とよく言われますが、二つの技術を兼ね備えるとは、やはり稀有な人物だったと言えるのではないでしょうか。

毎日の仕事の中で、このような素晴らしい品々に直接触れることが出来ることに、感謝したいと思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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