バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

4月のコーディネート 若いミセスにふさわしい第一礼装

2015.04 23

昨今の結婚式の形式は、多様化の一途を辿っているようだ。ありきたりなホテルや専用の施設ではなく、こじんまりとした郊外のレストランを借りたり、ガーデン・ウエディングなど屋外で催されることも多い。一方では、有名な神社の神殿などを使う古めかしい様式も、見直されている。

また、式を挙げないカップルもめずらしくない。写真撮影だけで済ませたり、場合によれば、役所へ婚姻届を出すだけという人たちもいる。もっと形式にとらわれないならば、届けも出さず、苗字も変えない。いわゆる事実婚というものだ。

日本では、家制度に固執している保守的な政治家が多いため、夫婦別姓や事実婚などに対しての法的整備が遅れている。家よりも個人が尊重される社会、というものを認めたくないのだろう。これは、国が個人の多様性を阻んでいることと同義だ。結婚というものは、個人のもっともプライベートな問題である。この制度そのものは、「どうしてもこうあるべき」というものではないだろう。社会と柔軟に向き合うことが出来ない政治家には、国のビジョンなど、描けるはずはないように思えるのだが。

 

結婚そのものが、家同士が繋がることから、個人と個人が結びつくことという意味合いが濃くなったため、儀礼という意識が薄れた。すでに親世代は戦後生まれなので、子どもの結婚式の形式などに口を挟むようなことはなく、当人たちの考え方に任せている。

様式の変化は、結婚式の衣装にも影響を及ぼす。カジュアルな式の招待状には、「平服でどうぞ」などとわざわざ書かれている。今まで、ある程度相応しい衣装というものがあったので、逆に何を着たらよいのか戸惑ってしまう方もいる。

 

黒留袖というものは、式に相応しい衣装の最たるものだった。新郎・新婦の母親なら、「着なければならないもの」と認識されていたはずだ。今でも、この意識は少なからず残っているように思える。

昔は、誰もが一枚は持っていた黒留袖ではあるが、今、新しく誂える方は極端に減った。稀に仕事を頂いても、それは母親用、つまり50歳以上の方のものばかりだ。呉服屋もそれを見越して、それなりの柄行きのものしか仕入れをしない。若い方に向くような品は、売る機会が少ないと予想出来るからである。

バイク呉服屋はへそ曲がりなので、ありきたりな、50歳以上の人に相応しいような品物をご紹介するのはつまらないと思う。そこで今日は、珍しくなった若いミセス(20歳代~40歳くらいまで)に使って頂きたい黒留袖を、コーディネートしながら、ご覧頂こう。もちろん、なかなか売る機会が訪れない品物である。

 

(鴛鴦に早春花文様 加賀友禅黒留袖・白金地菱文様 龍村袋帯)

ひと昔前には、嫁ぎ先に兄弟がいる場合、結婚する際に黒留袖を用意したものである。結婚後に自分の兄弟姉妹、あるいは夫側の義理の兄弟姉妹の婚礼に列席するために、どうしても黒留袖が必要になったからだ。

だから、30歳代で使えるような、若々しい模様の需要があった。先にお話したように、式事情が変わったことで、この世代が黒留袖を使う機会は少なくなってしまった。

若い世代には、それなりの華やかな色挿し、相応しい模様がある。それは、ある程度落ち着きを求められる、50代の母親が使う品物とは違う。この辺りをよく見て頂こう。

 

(鴛鴦と梅松模様黒留袖 加賀友禅・松本基之)

鴛鴦は、雄と雌がつがいで行動し、大変仲の良い水鳥である。「鴛鴦夫婦」などと例えられるように、黒留袖の文様として相応しいもの。これを観世流水の中に浮かべ、周囲に紅梅白梅・松文様が配されており、大変おめでたい図案になっている。

刺繍や箔を使わない加賀友禅だけに、華やかな中にも上品な落ち着きがある。式場の主役は花嫁さんなので、前に出過ぎないように、若々しさを表現したい。

 

着姿の前面に出る、上前おくみと身頃の模様。観世流水をあしらった流れの中の鴛鴦が、くっきり浮かび上がるようだ。水の色や、優しい薄ピンクでぼかされた紅白梅には、加賀友禅らしい上品さが見受けられる。

 

こちらは、後ろから着姿を見た時に映る部分。背縫を中心に紅白梅が枝を伸ばし、やはりつがいの鴛鴦が配されている。

 

雄の鴛鴦。意外なことに鮮やかな美しい羽を持つのは、雄の方である。橙色の羽は、銀杏羽(いちょうはね)と呼ばれる飾り羽で、この色のインパクトは強く、鴛鴦の色と言えば、まずこれを思い浮かべる。顔も、雄らしい威厳のある感じがよく表れている。

こちらは雌の鴛鴦。雄に比べれば、だいぶ控えめな色だが、元々このような灰褐色で目立たない羽で覆われている。雌の羽の方が、一枚ずつ糊置きされ、丁寧に描かれているのがわかる。顔の表情も、雄に比べればかなりおとなしい。

 

紅梅と白梅。小さな花の蘂一つ一つに、糊置きがされている。小さな丸の形がそれぞれ違うのがわかると思う。同じに描いても同じにならない、そこには人の手の温もりが感じられ、絵画的な加賀友禅の特徴がよく現れている部分。挿し色も、花弁それぞれに違う。特に、紅梅は一枚ごとに工夫がされ、ぼかし方も変えられている。

 

作者の松本基之氏は、1974(昭和49)年から作家として活動しており、2006(平成19)年に、日本の伝統工芸士に認定されている。加賀友禅作家としては、もうベテランの域に達した方と言えるだろう。図案は花鳥模様で、挿し色も柔らかい色が基本。オーソドックスな加賀の作家と言えよう。

北陸新幹線の開業に伴い、金沢駅は見違えるようにリニューアルされた。駅の構内は、新しく訪れる観光客のために、石川県の伝統工芸品を散りばめながら、設計されている。その一つ、中2階のホーム待合室には、加賀友禅や九谷焼、輪島塗、山中漆器などを使った236枚の丸いオブジェがある。

20枚の加賀友禅オブジェは、20人の作家がそれぞれ描いたもの。その中の一つに、松本氏の作品がある。この黒留袖の図案と異なり、船先に龍と鳳凰をあしらった個性的なもの。金沢駅を訪れる機会がある方は、ぜひご覧頂きたい。

 

さて、この若いミセスのための加賀黒留袖を生かす帯を考えてみよう。写実的なキモノに相応しいのは、やはり幾何学図案ということになるだろうか。

(八花菱文錦 袋帯・龍村美術織物)

いかにも龍村らしい、シンプルで鮮やかな色合い。元の地は白なのだが、金糸の施しが多く、金地のような印象を受ける。キモノそのものが柔らかなイメージなので、帯はカッチリと引き締めるようなコーディネートを考える。帯図案が花などの写実的なものなら、柄が重なってしまい、くどくなる。また、帯の中に付けられている色は、少ないほうがすっきりする。

 

「菱重ね」と言った方がよいような、幾重にも菱が連ねられ、その中に八弁の花が施されている。花は何の花か特定できないものだ。花の色は橙・水・緑青の三色だけというシンプルなもの。このような組み合わせの図案は、季節を問わずに使うことが出来る。

幾何学文様の中でも、菱文様ほど多種多様な形態を持つものはないだろう。菱の描き方そのものでも、松皮菱、業平菱、菊菱など、少し思い浮かべただけで、その個性的な形が目に浮かぶ。菱のように、直線を交わせて形作るものは、自由に文様の意匠を考えることが出来る。

 

この留袖にこの帯を合わせようとした大きな理由は、上の画像に見える二つの色、すなわち水色と橙色にポイントがある。

あらためて、この加賀留袖の挿し色を見て頂きたい。橙色は、雄鴛鴦の銀杏羽の色、水色は観世流水の流れの色。つまり、キモノ図案の中で強調されている色と、帯図案の中の色をリンクさせたのである。

 

前の合わせをしてみた。キモノと帯の色(水色と橙色)の関連性がわかると思う。画像では、光の当たり方により、金の色が強く映っているが、実際ではもう少し控えめなシルエットになっている。

キモノ裾の全体模様と帯。写実的なキモノに対して、幾何学の帯という、対照的な組み合わせ。

 

若いミセスをイメージしたコーディネートはいかがだっただろうか。最近では、昔ほど年齢に相応しい色と文様を意識しなくても良いとされている。確かに、今の50、60歳代の方は若々しいので、地味な色や柄のものより、少し明るめのものの方が似合う方が多い。

それでも、今日の品物のように年齢に相応しいものもある。「相応しい」ということの境界がどのあたりにあるのか、これはなかなか難しいことのように思える。

 

 

鴛鴦は確かに、仲良く雄と雌が「つがい」で生きていますが、意外にも雄の方は、一年ごとに相手を変える性質があるようです。つまり一年限定の夫婦という訳です。おめでたい文様として意識されてきた鴛鴦なのに、何とも興ざめな事実ですね。

 

ところで、渋谷区で先月末に新しく定められた条例が、波紋を呼んでいるようです。ご存知の方も多いと思いますが、同性のカップルに対し、結婚相当と認める「パートナー証明書」を発行するというものです。

フランスなどでは、国の法律で同性婚を認めていますが、マイノリティの存在を容認する風潮が乏しい日本では、画期的なことといって良いでしょう。渋谷区では、保守的な与党議員が少なかったために、条例が可決されましたが、国の承認ということになれば、まだかなり先(もしかしたら永遠に無理)になるでしょう。

結婚云々はともかく、同性であれ異性であれ、パートナーとしての存在は人間にとって大切に思えます。それはお互いの人格を認め合い、助け合うということにおいて変わりはないからです。

少数派(マイノリティ)に寛容な国は、懐の深い国ではないでしょうか。多様化という現実がある以上、何事においても、決め付けてしまうことはよくない、と思いますが。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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