バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

「自分色」に染める誂えの楽しみ 白生地から無地紋付を作る(前編)

2015.04 30

人それぞれに、色に対する見方は違う。同じ色を見ても、ある人はぼやけたイメージとなり、ある人は優しいイメージを持つ。イメージカラーというものは、見る人の性格や経験、生活環境などにより変わることが多い。

一方、色の持つ意味を使って特定のことを表現したり、印象付けたりすることもある。例えば、サッカー日本代表の色は、ジャパンブルー・藍色だ。使われている理由は、伝統的にニッポンの色と、認識されているからである。

明治初年、新政府により設置された高等教育機関、開成学校(のちの東京大学)の外国人教師として来日したイギリスの化学者・ロバート・ウイリアム・アトキンソンが、日本の藍色をジャパンブルーと賞賛したことで、この色が日本を代表する色と印象付けられた。

 

藍色は、様々な植物から採取出来る。熱帯のインド藍・亜熱帯の琉球藍・温帯の蓼(たで)藍、気候が異なれば、原料を抽出する植物も異なる。日本の蓼藍栽培は、室町後期の桃山時代から広がりを見せる。特に四国・吉野川流域では、生育に適した土地を利用して栽培が進んだ。徳島藩主・蜂須賀家正の保護奨励もあり、江戸期になると圧倒的な国内生産のシェアを誇った。

また、近世になり木綿栽培が盛んになったことで、綿によく染まる染料の藍は、庶民にも普及することになる。それは普段着や仕事着の色として、誰もが馴染むものとなったのだ。明治初期、アトキンソンが藍という色に注目したのは、町にこの色が溢れていたからだろう。

現代の仕事着と言えば、スーツ姿のサラリーマンが目に浮かぶが、当時の仕事着は藍染のはっぴであり、前掛けであったのだ。さらに、通りに並ぶ商店の入り口には、藍染めの暖簾が掛けられていたはずである。だから、外国人にとって否応無く、藍は日本の色と印象付けられたのではないだろうか。

さて、今日は色のお話。「自分の色を染める」という楽しさを、ご紹介しよう。

 

染め上がった誂え無地・四丈モノ。染加工場で反物に付けられた渋札。

無地モノを作る場合、最近ではほとんどが、すでに染め上がった反物をお客様が見て、その中から選ばれると思う。自分の好みに合う生地と色目を考えながら、鏡の前で反物を合わせてみて、自分に合うものかどうかを判断する。現物がその場にあるので、生地や色の齟齬がない。つまり品物を選ぶ時にわかりやすく、間違いが少ないのだ。

しかし、一昔前までは、まず白生地を選び、さらに自分の好む色を決めて染に出す、という手順が踏まれていた。生地はちりめんか紋綸子か、さらにちりめんでも大シボか一越か、紋織ならば織文様はどんなものにするのか、選択の幅は広い。色については、それこそ無限といっても良いくらい様々であり、お客様の考え一つで、いかようにも染めることが出来る。

色無地という単純な品物でも、染め上げてある、いわば出来合いのものと、自ら作り上げるものでは、手間のかかり方が全く違う。無地ひといろだから、むしろ難しいと言っていい。

お客様の要望に耳を傾けながら、店の者がアドバイスをする。どんな場面で使うのか、あるいは、どんな季節に使うのか。好む生地や、色を丁寧に聞きながら話を進める。 自分の決めた色がその通りに染まるのか、色と生地が上手く合うものになっているのか、そもそも選んだ色が、本当に自分に似合う色なのか、とお客様の心配は尽きない。仕上がってみなければ、わからないので、不安になられるのは当然だろう。

出来合いの反物から見て頂ければ、失敗はないので、呉服屋もお客様も楽な方に流れる。しかしこれでは、誂える楽しみというものが、無い。何もないところから、一枚のキモノを仕上げる。お客様と呉服屋、それに実際に色を染め上げる職人が一緒になって考え、悩みながら一番良いものを作る。 これこそ、究極の楽しみでもある。

時間をかけ、話を詰めながら品物を仕上げていく。もちろん仕事を請け負った呉服屋と職人は、お客様の希望に適う品に仕上げるため、最大限の努力をしなければならない。手間隙がかけられた、こんな品物の選び方がもっと見直されても良い。

では、誂えで色無地を作ることを、手順を追ってご覧頂こう。  

 

シボの少ない、一越ちりめん生地。

まず、最初に選んで頂くものは、生地である。一口に白生地といっても、様々なものがある。ちりめん系、紋綸子、変わり織などがあるが、誂えるお客様の年合いや用途により違う。

あらかじめ、どのような生地を好むか聞いておくこともあり、それにより向くものを用意する。 今年になって、三件の色誂えの仕事を頂いているが、使った生地は、一越、結城紬生地、紋綸子とそれぞれ違うもの。その中で、今日ご紹介するのは、60歳くらいの方の依頼品である。好みは光らない生地で、落ち着いた雰囲気に仕上げたいというご希望だったので、シボが目立たない一越ちりめん生地を用意させて頂いた。

シボの大きさが微妙に異なる二種類の一越白生地。右に比べて、左の方のシボが大きいことがわかると思う。当然右側の方がフラットで、滑るような手触り。

二反を比べたところ、少し重みのある生地の方が良い、とのことなので、左側の生地になった。シボが大きい分だけ、撚りが多く掛けられて織られているので、重く感じられる。使われている生糸の量は同じでも、撚りの掛かり方で違う重みとなる。

長浜ちりめん白生地。右側の検査証を見て頂きたい。量目、つまり反物の重さは980gと1kgに近く、しかも長さは16.5mと長い。これは、四丈モノと呼ばれる生地である。この生地を使う利点は、裏地である八掛生地を一緒に取れることだ。

無地染めに使う白生地には、三丈モノと、この生地のような四丈モノがあるが、三丈の場合は長さが短いので、八掛を別生地で用意しなければならない。無地に付ける八掛の色は、ほぼ共色(同じような色)なので、表地と酷似した色を八掛見本帳から探し、付けることになる。 表地の色に相応しい色があれば良いが、無いときは別染めしなければならない。また、表生地と八掛生地がかけ離れている(生地の質が違う)と、仕立が難しくなり、時にはどちらかが縮んで、馴染まなくなるようなこともある(裾が被るという現象が起こる)。

四丈モノならば、表生地と八掛生地が同じ生地で取れ、しかも同時に同じ色で染めてしまうので、このような問題は起こらない。特に誂えのように、自分で色を決める場合、四丈の方が仕事がしやすい。

さて、生地が決まったので、次はいよいよ色の選択だ。

 

色見本帳・「芳美」 菱一で出している見本帳。

色に関しては、まずお客様のご希望を聞く。どんな色を着てみたいのか、好む色は何か、それがわからなければ始まらない。また、どんなところで使うかということも、お聞きする。

無地は、法事や仏事に限定して使う場合、お茶席で使う場合、また仏事と祝事の両方に使いたい場合、さらに入学式・卒業式で使う場合など、さまざまなシーンが想定できる。好む色と使う場面、この両方を勘案した上で、色探しを始める。

 

お客様の希望は、グレー系の色。そして、仏事と祝い事の両方に使いたいとのこと。グレー・銀鼠と言っても、簡単ではない。お話を伺えば、薄すぎず、濃すぎず、地味になりすぎず、派手になりすぎず、とのこと。これでは、何とも漠然としすぎていて、具体的な希望色というものが掴み難い。

だが、お客様自身が自分の使う色を、絞り込んで決めているようなケースの方が珍しく、大概は漠然としている。このお客様のように、グレー系と色の系統を決めているケースは、まだ話の進行が早いが、着てみたい色が全くわからないという方もおられる。

逆に、お客様から「自分に似合う色を勧めて下さい」などと、全てを任されることがあるが、このような時は責任重大である。そんな時は、お客様から色に関する情報を聞き出し、勧める色を探す。好みの色、使う季節、場所、今までどんな地色のキモノを着たか、手持ちの帯の色や柄はどんなものが多いか、などである。

お話を伺いながら、鼠色系を幾つか探してみたこところ、この色に行き着いた。

見本帳画像の写し方で、少し違って見えるが(色が微妙なので、ご容赦願いたい)、グレーの中にすこし薄紫が感じられ、色の甘みが残るような感じだ。お客様は、どちらかと言えば地味がお好みということだが、これなら沈みすぎることはないだろう。落ち着きも感じられ、柔らかさも出る。

今までお召しになったことがない色だが、ご自分の雰囲気に似合うものと、納得された。

 

これで、生地、色が決まったので、染職人の方へ仕事を渡す。依頼するのは、江東区・清澄の近藤染工さん。高級品染メーカーとして知られた、旧北秀商事の八掛染めや無地染めを請け負ってきた、古い江戸染めの職人さんである。

白生地と一緒に、伝票、色見本帳の副本を付けて送る。納期は半月から三週間ほど。

 

さて、この誂え色無地がどのように仕上がったのか、次回でご紹介することにしよう。実際の染め上がりの色と、見本帳の色を比較し、色の誤差などを見て頂きたい。また、キモノとして仕立上がった時、色の印象に変化はあるのかどうかも、ご覧に入れたい。

 

 

広島カープの色、と言えば「赤」ですね。1975(昭和50)年、アメリカ人監督、ジョー・ルーツが就任した際、ヘルメットの色を赤に変えたのがその始まりです。

広島というチームは、1949(昭和24)年、原子爆弾が投下され、焦土と化した広島の街を復興しようと結成された、市民球団でした。しかし、長く成績は低迷し、優勝など夢のまた夢と言われ続けていたのです。ルーツ監督は、負け犬根性を叩き直すために、意識改革に手を付けます。その手始めが、「赤いヘルメット」。闘志と情熱の「赤」をイメージすることで、チームに喝を入れようと考えました。

ルーツ監督は、試合の審判判定がきっかけとなり、シーズン途中で退任しましたが、この年、カープは球団創設26年目で初めてリーグ優勝を遂げます。ルーツが取り入れた「赤」という色が、それまでのチームカラーを一変させたと言っても良いでしょう。

色が持つイメージには、人を変えるほどの力が備わっている、ということですね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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