バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

3月のコーディネート はんなり小紋で、街を歩けば(後編)

2015.03 18

「東男に京女(あずまおとこにきょうおんな)」は、理想的なカップルと言われてきた。粋で気風の良い江戸っ子と、優しく上品な京都の女性との組み合わせは、傍で見ていてもお似合いに映る。

しかしながら、京おんなたちは一筋縄では行かないように思える。それは、会話をしてみるとよくわかる。言葉の文化が似ている関西圏の方々にはまだ理解できても、東京を始めとした関東圏の人たちには、とまどうようなニュアンスが含まれているからだ。

 

例えば、京都の女性を食事に誘ったとしよう。「考えときますぅ」とか、「また、今度なァ」などと返事が返ってきた場合、それは、全否定なので、二度と声を掛けてはならない。考えとくと言いつつ、まったく考えてない。また今度と言いつつ、次の時も駄目である。

京女は、相手を敬う意識が強いので、誘ってくれた相手に断りを入れる時も、曖昧な言葉を使って丁重に表現する。だから、上のような否定の仕方につながるのだ。相手を傷つけまいとしての配慮とも取れるが、その意味を知らない東京の人間だと、何度も同じ轍を踏んでしまう。

京女の話し方は、とてもやんわりと穏やかで優雅さが感じられる。一つ一つの言葉を丁寧に使い、相手を立てる。また、会話そのものが、はんなりとしていて、つつましやかであり、品が良い。しかしながら、本意を読み解くのは、なかなか難しいように思える。

ということで、前回に続いて、今日もはんなり小紋のコーディネートをご紹介することにしよう。やはり、若い方向けの品物を選んでみた。

 

(桜色 縞模様・紬小紋 と 濃鼠色 桜花に兎ポックリ模様・紬半巾帯)

前回は、小紋でも少し格が上と思えるような、飛び柄のものをご紹介したが、今日はもっと気軽な、街着として使える総柄の品物。

はんなり色の中でも、桜の季節にふさわしい、柔らかい桜地色の小紋。これを使って、春の街を歩きたくなるようなコーディネートを考えてみよう。

 

(桜地色 縞模様・ぜんまい十日町紬小紋・菱一)

この品物は、紬生地を使って後から染められたもの。紬は通常、糸を先に染めておいて織り出されるため、「先染め品」と呼ばれるが、これは、白生地を後から加工(染める)するため「後染め品」となる。

また、この小紋は色を手挿し(模様は型を使い、染は人の手によるもの)しているので、特に「加工着尺」と名付けられ、捺染の小紋と差別化されている。

この紬生地の端のところ(模様が染められていない)を見てみると、この品物が「ぜんまい紬」ということがわかる。ぜんまいとは、山菜としてよく食べられているお馴染みの野草のことだ。

春から初夏にかけては、山菜摘みのシーズン。ほとんどの野草が若芽や若い茎を食用にするため、芽吹きを待って山に入る。バイク呉服屋も、若い頃は山深いところで過ごす時間が長かったので、多種多様の山菜を食べていた。

たらの芽やフキノトウ、アザミの新芽は天ぷら、セリは卵とじ、わらびやぜんまい、アイコはかつお節やゴマで和え物、コシアブラは油いため、フキは煮付け。極めつけは、行者ニンニク。北海道では別名アイヌネギと呼ばれる。ニンニク同様、いやそれ以上に強烈な臭いを発する。寒冷地の針葉樹林に群生するもので、アイヌの人たちにとっては大切な食材である。

北海道にいる頃、このアイヌネギと、熊肉とを一緒に煮込んだものを食べたことがあったが、三日ほど私に近づく者はいなかった。熊肉も独特の臭みがあるので、アイヌネギとタッグを組んだら、それは最強となる。アクの強いバイク呉服屋の性格は、若い時分に、アクの強い山菜を食いすぎた成れの果てなのかも知れない。

 

話を元に戻そう。ぜんまいの新芽は綿毛で覆われている。食用にするには、この毛を全部取らなければ調理できないが、糸に絡ませるのはこの綿毛である。春先、新芽が出始めたら綿を摘み取り、乾燥させる。それに真綿などを混合させて糸を紡いでいく。

ぜんまい紬は、この混合糸を経糸か緯糸のどちらかに使っているもの。一方は混合糸で、一方は絹糸である。二つの異なる糸を使って織り出されるぜんまい紬には、すぐにそれとわかる特徴がある。それが、上の画像で見える茶色の織り節なのだ。元々、ぜんまいの綿毛は白なのだが、これが空気に触れると茶色に変化してしまう。皆様もお手持ちの紬の中に、この茶色の筋のような節があれば、それはぜんまい紬と覚えておいて頂きたい。

 

縞の中に描かれた模様を見てみよう。七宝や花菱などの文様や、梅、菊、桔梗などの草花が枝を繋げて描かれている。黒で染め出された様々な縦文様が、ランダムに入ることで、柄のアクセントになっている。

模様に挿された色は、いずれも淡く優しい色。地色の桜色を生かし、これに添うような若草色や芥子色、薄い錆朱、薄鼠などで、はんなりと付けられている。ぜんまい紬独特の茶色の節も、自然の模様になって生きているようだ。

では、この小紋を生かし、気軽に使える着姿にするには、どのような帯を使えばよいか、考えてみよう。

 

(納戸鼠色地 桜花散しに兎型ぽっくり模様 紬半巾帯・西陣 芳彩織)

半巾(四寸)帯というと、まず博多織を思い浮かべるのだが、数は少ないが西陣でも小洒落たものを織っている。前回はキモノが兎文様(角倉文)だったが、今回は帯に兎文様を使ってみた。

疋田で表現された大振りの桜の花と、うさぎの耳を鼻緒に模したぽっくり。何とも遊び心のあるかわいい模様である。鼻緒の朱色が利いていて、地の色の少し紺が入ったような、深みのある納戸鼠色との相性も良い。また、紬生地なので、自然に付いた織り節が帯に柔らかな印象を持たせている。

この半巾帯は両面使い(リバーシブル)。裏はご覧のような白地に、雪輪と桜小花散し。表裏でかなり雰囲気の違うものなので、多様な使い方が出来そうだ。

さて、この帯を製作したのは、西陣の芳彩織(ほうさいおり)という織屋さん。今年の正月、このブログでご紹介した帯の買い継ぎ問屋・やまくまの山田さんに、この機屋さんへ連れて行って頂いて、買い入れた品である。その際、芳彩さんで写させて頂いた画像で、この帯がどのように作られたのか、見て頂こう。

上の画像は、この半巾帯と同様の品物。ご覧のように、元々は九寸巾に織り出されたものである。これを二つに折って半巾帯に加工している。リバーシブル使いの画像を改めて見て頂きたい。表裏の柄は、一本の帯だったのだ。実際に織屋さんへ行ったからこそ、わかったことである。

 

では、実際にこのキモノと帯を合わせてみよう。

小紋が細かい模様なので、帯の柄ははっきりとポイントが付くものを選んでみた。帯地色の深い鼠色とキモノの桜地色のコントラストも良いと思える。キモノの桜色と帯の桜模様をリンクさせて、春を演出する。

 

小物を合わせてみよう。

半巾帯の場合、帯〆や帯揚げを使わない場合も多いが、今日のような品物では、小物合わせをしたほうが、しゃれ感を出せる。また、使う色によって雰囲気を変えることも出来るだろう。

上の合わせは、帯揚げが淡い黄緑の若苗色に小さな絞り模様、帯〆ははっきりした朱色の無地ゆるぎ紐。帯揚げはキモノ地色同様に柔らかい色で、ふんわりさを出し、帯〆は、帯柄の兎ポックリの鼻緒と同じ朱無地にすることで、着姿全体を「キュッ」と引き締める。

こちらは、キモノ地色と同系色で小物をまとめてみたもの。帯揚げは、キモノ地の桜色より濃く、帯〆は帯揚げの色より、少し濃い。全体を優しくまとめた合わせ方になろう。

(帯揚げ・二枚ともに加藤萬  ゆるぎ帯〆・二本とも野沢組紐舗)

「はんなり」とは、優しく明るい色を使い、ふんわりとした着姿にすることから生まれるものだろう。着ている方だけでなく、着姿を見る人にも、春が巡ってきたことを感じさせる。

こんなさりげないカジュアルの品だからこそ、表現できる季節感なのだと思う。皆様も、はんなりした春色をまとって、ぜひ春の街歩きに出かけて頂きたい。

最後に、今日ご紹介した品物をもう一度どうぞ。

 

春先は、一日ごとに寒暖の差が大きい。日によっては、上に羽織るものが欲しくなる。そんな時には、道行コートや道中着よりも、少し長い丈の羽織の方がふさわしい気がする。

昭和40年代までは、家のいる時には半巾帯を簡単に締め、上には羽織を着るような方々が当たり前のようにおられた。着ていたキモノは、絹モノなら紬や小紋、そのほかにウールや木綿類も多かった。羽織を着てしまえば、帯の後姿を見せることはない。だから、楽に締められる半巾帯が使われていたのだろう。

日常着として、キモノが姿を消し始めるに従い、羽織姿を見かけることも少なくなり、半巾帯を使う機会も減ってしまった。せめて、気軽な街着に使うモノとして、見直されて欲しい。

先頃、街着用の個性的な羽織の依頼を受けた。めずらしいことなので、近いうちにまたご紹介してみたい。

 

「京言葉」は、地域や職種によって様々なものがあるようです。「花街言葉」は祇園の舞妓さんや芸妓さんが使うもの、「中京(なかぎょう)言葉」は、呉服問屋の旦那衆や商人(あきんど)が使うもの、「職人言葉」は西陣などの織職人が使うもの。それぞれ、語尾や言い回しに微妙な違いがあるそうな。

「おこしやす」、「そうどす」、「おいしおすなぁ」などの話し言葉を聞けば、はんなりとした京美人の姿が思わず浮かびます。取引先の問屋では、「ごめんやっしゃ(失礼しました)」とか「買いなはったらよろしいわ」などの言葉をよく耳にします。

西陣に生まれ育った帯問屋・やまくまの娘、山田さんは、「あんね~、あんね~(あのね、あのね)」「そうですぅ~、~させてもらいますぅ~」などと、必ず語尾を上げた特徴的な話し方をします。私はひそかに彼女のことを、「西陣のアンネ(あんね~)」と呼んでいます。

京都人ではない私は、「考えとくわ」とか「また今度なぁ」などとは、なかなか言うことが出来ません。うまいこと京言葉に乗せられて、ついつい余計なモノまで買ってしまいます。

やんわりとした京言葉には、人の気を逸らさないような、不思議な力があるのかも知れませんね。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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