バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

2月のコーディネート 和モダンな花の丸と横笛で「春の訪れ」を待つ

2015.02 11

零下45度という猛烈な寒波が襲来中らしい。北極から直接日本列島へ寒気が流れ込むために、日本中が冷凍庫の中に入っているような状態である。暖かい東京でも朝の気温が氷点下2℃以下となり、ニュースになっている。

日本海側では雪が間断なく降り続き、北海道や青森では台風並みの烈風が吹いている。北海道各地では、氷点下20℃以下を記録する町が相次いでいるようだ。

日本の中で、これまで公式に最低気温を記録した場所は、1902(明治35)年1月25日、当時の旭川測候所で観測された氷点下41℃である。この日は、八甲田山で青森・弘前の陸軍連隊が雪中行軍を行い、多数の遭難者を出した日でもある。(高倉健主演映画「八甲田山」のモデルとなった事件)

戦後の最低気温は、1978(昭和53)年2月17日、旭川市北方の江丹別(えたんべつ)で記録した氷点下38.1℃。この日は相当寒い日だったようで、この他の北海道内各地でも軒並み低い気温になっている。宗谷地方の小盆地・歌登(うたのぼり)で-37.9℃、江丹別から一つ山を越した幌加内(ほろかない)で-37.6℃、名寄市北方の美深(びふか)で-37℃。

この記録は、気象台が設置した観測地点でのものだが、この日もっとも寒かった場所は他にあった。名寄西方の幌加内町・母子里(もしり)にある北海道大学演習林で記録された、氷点下41.2℃である。この気温が、戦前・戦後を通じての最低気温ということになる。

名寄から深川へ抜ける、旧国鉄・深名線(しんめいせん)沿線は、冬の厳しい北海道の中でも、豪雪・低温の酷寒の地として知られている。シベリヤの寒気団が天塩山地にぶつかり、沿線の小盆地に尋常ではない雪と寒さをもたらす。最低気温を記録した母子里を始め、朱鞠内(しゅまりない)、雨煙別(うえんべつ)、幌加内、鷹泊(たかどまり)と続く各集落では、1,2月は、氷点下30℃前後の朝が当たり前のようになる。

 

寒さに震える中、誰もが思うのは、春の訪れ。今日は、柔らかい春の日差しの下で着たくなるような、古典でありながらモダンな模様の品をご紹介することにしよう。

 

春の宴に欠かせないものは、花と楽器ということになろう。今日はこの二つをキモノと帯の文様で表現してみよう。中に配される色も、優しい春色で。

(一越ちりめん 勿忘草色 唐花・花の丸模様友禅付下げ 松寿苑)

地色の勿忘草(わすれなぐさ)色は、薄水色の中にほんの少しだけ鼠色を足したような、はんなりした色。明るい色なのだが、ちょっとだけ憂いを含んだ色にも見える。春のもやもやとした空気の中で着るには、相応しい色。

上の画像は、柄の中心である上前のおくみと身頃、それに胸の柄を写したものだが、袖の左前と右後ろと裾部分にそれぞれ小さな花の丸模様がある。模様の連続性はなく、それぞれの花の丸が独立して付けられている。

あっさりと付けられた柄により、地色の勿忘草色が生かされている。少し控えめだが、優しい印象を受ける品物と言えよう。

柄の中心を拡大したところ。花の丸というよりも、「唐花のリース」のように見える。枝を丸く連ねて、花の丸を形作っている。中にあしらわれている花が、桜や梅、菊などの和花ならば、かなり印象の違う模様になる。このモダンさは、唐花なればこそ。

柄の中心に付く、二つ重なりあった花の丸。一方の丸の中の唐花は薄いパステル調に付けられ、もう一方は、濃く鮮やかに付けられている。色挿しにアクセントを付けることで、この部分の柄が強調される。手挿しならではの工夫と言えよう。

正倉院に伝来する文物に施されている花文様は、唐花(からはな)・唐草(からくさ)が多く見られる。どちらも、何の花かは特定出来ないが、和花と違う華やかさと、優しさを感じさせてくれる。和花だと、花により旬があり、季節を表現することが出来るが、唐花にはそれがないため、季節を問わずに使える利点がある。

唐花の花の丸の中をよく見ると、尾を長く伸ばした「サンジャク」の姿がある。この鳥は、唐花文様と一緒にあしらわれることが多い「正倉院の鳥」だ。

以前ブログの中で、帯の文様として表現されている唐花をご紹介したことがあったが、織物で表現すると、花というより宝飾品のように見える。染の方はいかにも花らしい。

 

さて、少しモダンなこのキモノに合わせる帯を考えてみよう。

(銀地引き箔 横笛文様袋帯 紫紘)

キモノも帯も、あしらわれている模様のほとんどが草花である。コーディネートを考える時に、どちらかの模様を花以外に取ることで、バランスが良くなることが多い。「桜模様のキモノに桜の帯」と言う具合に、わざと両方特定の同じ種類の花を使うことで、旬を強調して表現されることもあるが、数種類の花が使われているキモノと帯同士の組み合わせでは、インパクトに欠けて平凡な印象になりやすい。

キモノが、和モダンな花の丸ならば、帯は花以外で、出来れば和の印象が強い他のものを合わせた方が、ひと工夫された着こなしになるだろう。

銀箔地の上に、不規則に置かれた横笛。笛の覆布を結ぶ紐がアクセント。横笛だけの柄付けならば、もっと単調な印象の帯になっていただろう。柄の中に施されているちょっとした小道具で、帯の雰囲気が変わる。柄の主模様を生かすも殺すも、この道具次第だ。

この帯を製作した紫紘は、源氏物語絵巻の復元で知られているが、どちらかと言えば、平安期の国風文化勃興以後の文様、つまり日本独自の模様をモチーフに取ることが多い。この点、正倉院に伝わる文様(外来模様)を数多く再現している龍村美術織物とは、好対照である。

平安時代、貴族が催した春の宴には歌と舞は欠かせない。だから、この時代に使われた楽器が文様となる。横笛以外にも、鼓(つつみ)、笙(しょう)、琵琶、など雅楽で使われているものが多い。その他、琴や鈴なども楽器文様の中に入る。

 

では、このキモノと帯を組み合わせて見よう。

前の合わせ。帯の太鼓に出る部分と、前に出る部分の模様の出し方を変えて織らている、いわゆる「太鼓腹」の帯。六通や全通の帯ならば、同じ模様を繰りかえして織られているのだが、このような柄の出し方をするためには、前の柄と太鼓の柄で帯紋紙を変えなければならない。当然、その分手を掛けたものになる。

もし、この横笛柄を前も太鼓も同じ「通し柄」で付けてしまえば、太鼓部分は「横笛」になっていても、前は「縦笛」になってしまう。前を横笛にするには、どうしても図案を変える必要があった。上の画像を見てわかるように、前は二本の横笛だけのあっさりした模様。銀箔地色が生かされ、すっきりした印象になる。

太鼓部分ももちろん横笛になっている。自然に付けられた紐の流れが、柄の中に生かされているのがわかる。

(一越ちりめんぼかし橙色・帯揚げ 加藤萬 鶸、橙色ぼかし・平組帯〆 平田紐)

帯〆と帯揚げの色は、帯の柄の中に挿されている橙(だいだい)色を基調にしてみた。画像を見て頂くと、横笛の覆布の裏地の色と同じ色だとわかると思う。帯の前部分の柄があっさりしているので、柄の色の中で一番柔らかい橙色を取ってみた。濃い色の帯〆にしてしまうと、はんなりした印象に水を差すことになるだろう。

 

今日の品物は、すでに熊谷市から来店されたお客様にお求め頂いた一組。最後に、仕上がって納める前の画像をご紹介しよう。なお草履は、薄グレーの皮の台に唐草文が織り出された鼻緒(龍村美術織物製作)。

 

私が考えるフォーマルモノのコーディネートは、天平(外来)と平安以降(和)という異なる所(時代)から起因された文様を、どのように組み合わせていくかということが、まず基本になる。今日の組み合わせは、キモノが「天平」で、帯が「平安」だ。天平同士の正倉院文様だとモダンさが前面に出て、平安同士の和文様なら、固く重厚感のある仕上がりになる。

お使いになる場所や、お求めになるお客様の好み、雰囲気を感じながら、コーディネートをして、お勧めしていく。お会いして、様々なことをお伺いしなければ、満足して頂けるものにはならないように思える。お客様も、品物を選ぶ時間を楽しむことが出来るように、ゆっくりと仕事をしたいものだ。

 

私が選ぶフォーマルモノには、やさしい地色で、あっさりした模様付けの品が多い。柄が全面に出ているような豪華絢爛たる品物より、大人しい中にも、少しモダンさが感じられるものを好むからだ。だから、重厚な柄付けの訪問着よりも、付下げの方に目が向く。

専門店というのは、どうしても主人の好みが品物に出てしまう。だが、店にはそれぞれの色や特徴があって良いと思う。お客様は、各々の店の個性を見極めて、自分に合う所を選べばよい。個性的な専門店が増えれば、それだけお客様の選択肢は広がることになる。厳しい呉服業界の現状だが、この先、店主の好みがわかるような、個性的な店が数多く出てきて欲しい。

 

 

30年以上も前、厳寒の2月に、深名線・朱鞠内駅で雪かき労働をしたことがあります。このローカル線は、朱鞠内を境に名寄と深川に分れ、全線を直通する列車はありませんでした。確か名寄方面が1両編成で1日3往復、深川方面は2両編成で4往復だった気がします。

特に名寄方面は、朱鞠内湖に沿って森を縫うように線路が引かれていて、積雪が多い厳寒の地を走ります(日本での最低気温を記録した北母子里駅は、朱鞠内から3駅先)。

朱鞠内からの名寄行き始発列車は、6時半。一晩に1m近い雪が降ることががよくあり、そんな朝は、除雪車(ロータリー列車と呼ばれていた)で線路に積もった雪を跳ね飛ばしておかないと、列車が発車出来ません。

深名線は単線なので、駅に入る直前にポイント(線路の方向を変える所・ジャンクション)があります。また、信号は「腕木式信号機」と言い、人力で切り替えるものになっていました。まず信号を切り替えないと、ポイントが動きません。しかし、雪がポイントに降り積もり、凍り付いてしまったら、何としても動かなくなってしまうのです。このポイントが動かない限り、駅構内で待機している除雪車が走り出せない、つまり線路の除雪が出来ないことになってしまいます。

私の作業は、凍り付いたポイント部分の除雪をすること。ここは、どうしても人の手でしなければならないのです。2月の早暁、気温は氷点下30℃近く、体は痺れ、髪の毛も何もあっという間に凍ります。ポイントに積もった雪を除き、その前後の線路の雪もはき出しておきます。

作業はおよそ2時間。初めの10分ほどで、寒さを感じなくなり、終わる頃には汗が滴ります。時給2500円、当時とすれば破格のバイトでした。仕事が終わり駅舎へ引き上げたところで、腕木式信号機が赤から青に変わり、ポイントが動きます。そして、除雪車が線路へ出て行きました。

 

深名線が廃止され、すでに20年。人力で信号機を動かすなどとは、若い方たちには想像も出来ないことでしょう。最低気温を観測した母子里の住民は、現在38人。小学校は1993(平成5)年に閉校となりました。現在北海道庁で進める、「限界集落としての取組事業」のモデル集落として、様々な対策が講じられています。

なお母子里では、最低気温を観測した2月17日を「天使の囁きの日」と制定しています。天使のささやきとは、ダイヤモンドダスト(空気中の水蒸気が凍り、その小さい粒がキラキラ光って見える現象)のこと。これは、氷点下20℃ほどの良く晴れた朝に見られます。何ともロマンのあるネーミングをしたものですね。

余話がまた長くなりました。今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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