バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

古い綴帯を修復する 西陣寺之内通・植村商店(3) 

2015.02 24

古いモノを修復するということは、新しいモノを作り上げることよりよほど大変である。素材はもちろん、そこに施されている技を忠実に再現して、元の姿に戻し、なお維持し続けなければならない。

昨年秋、奈良・薬師寺東塔で行われている平成の大修復において、塔の中心を貫く心柱が1300年の時を経て外された。薬師寺の創建は、680(天武天皇6)年。壬申の乱で、大友皇子を破った大海人皇子(天智天皇の弟)=天武天皇が、自分の妻である持統天皇の病が癒えることを祈願して建てられた。

当初、飛鳥浄御原(あすかきよみはら)に建立された寺が、710(和銅3)年の平城京遷都に伴い、現在地に移された。東塔が完成したのは、730(天平2)年。以来幾度もの修復を経て、天平の姿を今に伝えている。

文化財の修復というのは、どれくらいの費用がかかるのだろう。今回の薬師寺における解体修復の総額は26億8千万ほど。その65%を国が負担している。1897(明治30)年に制定された古社寺保存法により、日本の文化財建造物の保護が法制化されているが、修復費用は国の予算配分により決められ、おおよそ総費用の6割程度が、国庫補助金の中から支出されている。

残りは、奈良県や奈良市、及び薬師寺が負担する。県や市の支出額は数%程度、薬師寺が修復のために集めなければならない金額は10億ほどである。これを捻出するための財源は、一般観光客の拝観料や写経料、あるいは僧侶による法話料収入などだ。

薬師寺のような有名社寺の場合なら、何とか財源を確保することも可能だが、規模の小さな寺や、観光とは無縁な神社などでは難しい。京都や奈良には、建物や文化財を修復したくても出来ない寺社が、数多く存在しているらしい。

 

という訳で、今日は「修復」のお話。依頼されるお客様の負担を出来るだけ軽くして、元の姿に戻し、再び使えるようにする。取り次ぐ呉服屋と、実際に修復作業をする職人の心意気が問われる仕事である。

 

(帯地 金砂子霞模様綴れ 総刺繍扇面松竹梅模様)

修復のためお預かりした品物は、綴帯なのだが、柄を全て刺繍で施しているという、大変贅沢な希少品。綴れというものは、図案を見ながら、人の爪先を使って織り進められるという、単純であるが、大変手間と根気が必要な仕事である。帯の中で、もっとも手仕事を感じることが出来るもの。手間の掛かり方と価格はほぼ比例するので、それだけでも大変贅沢なものである。

この帯は、そんな綴れの技法を使った上に、多様な刺繍の技法を駆使して模様付けがしてある。つまりは、一本の帯の中に、二つの人の手による技術が集約されていることになる。一体どれくらいの時間をかけて、この品物を完成させたのか、想像も付かない。

お客様によれば、お求めになってからすでに40年ほどが経過していると言う。数々のフォーマルの場面で使い続けて来られたとのことが、さすがに手直しせざるを得ない状態になってしまったようだ。

まず、どんな状態で持ってこられたのか、お見せすることにしよう。

 

太鼓部分の柄は、三連の扇面。地の綴れの織り出し方が扇面ごとに変えられており、その中には松・竹・梅を刺繍で表現している。扇の輪郭も金駒縫いという刺繍で施されているが、ご覧のように糸が帯地から着脱している。はずれてはいないまでも、よろけたり、縫い目がほつれてしまっているところは、あちこちに散見される。長い間使っているうちに糸が弱くなり、劣化してこのような状態になったのだろう。

駒縫い糸脱落は、ほぼ全ての扇面輪郭部分に及ぶ。また、綴れで織り出された地の部分にも、横に擦れたような箇所が多数見られる。上の画像でも、扇面下端の少し上、変色したスジがある。

もう一つは、帯地全体の歪み。綴れ地の表面に、細かいシワが幾筋か付いているのがわかる。画像にはないが、前に出る柄部分には、半分に折って締めた時の「折りスジ」がかなり付いていて、それが汚れて変色している。

 

このように、帯地本体に汚れやキズがあり、中に施されている刺繍部分にも不具合があるので、それぞれ分けて修復をしていかなければならない。

修復の仕事は、トキをして、帯全体の状態を確認するところから仕事を始める。手を付けるのは、刺繍部分からである。もろくなっている扇面輪郭部分の糸をはずし、新しい糸で同様の駒縫い技法を用いて縫い直す。今回は全ての扇面模様がやり直された。これだけでもかなりの手間である。

修復された扇面輪郭部分の駒刺繍。ほぼ同じ箇所を写した、上から二つ目の画像と比較されたい。刺繍の修復もだが、綴地本体に付いていた擦れが無くなっており、その上に本来の銀砂子地がきれいに浮かび上がっている。修復前と後の違いは歴然としている。

刺繍補正の後、部分的なしみやスジ汚れを落とし、全体を洗う。そして、結んだ時に出来た帯地の折りシワや、歪みを直すための仕上げ加工が施される。その結果、帯が本来持っていた綴糸の輝きが戻り、見違えるような仕上がりとなる。

霞模様が施されている綴地。くすんでいた色が明るさを取り戻した。

帯の前部分の模様。二つ折りにして使うところだけに、どうしても二つの柄の間に結びシワが付く。この帯の場合、長く使われていたために、そのスジが汚れ、変色していた。画像をご覧の通り、汚れはもちろんのこと、跡形もなくスジが消えている。全くフラットな状態に戻った。

 

最後に、松竹梅模様の素晴らしい縫い取りがしてある、それぞれの扇面柄をお目にかけよう。これほど手の掛けられた綴帯は、なかなか出会えないと思う。

「松」部分。それぞれの松には色を替え、縫い技法を変えた施しが見られる。地の金砂子綴を生かし、松模様が浮かび上がるように、糸の色が工夫されている。前部分が松、お太鼓部分でも柄の中心は松。

「竹」部分。笹の葉一枚一枚にもそれぞれ違う表情が見られる。鳥の羽先のように、光の当たり方で色合いが変わる。また、竹の節の作り方などを見ると、柄の細部にまでこだわった作り手の意図を感じることが出来る。

「梅」部分。梅花や木の枝は、刺繍でなければ表現できない立体感である。この模様を染技法で同じように色を挿しても、このようにはならない。渦をまく観世流水までもが、縫い取り。贅沢すぎる施しだろう。

修復を終えた綴帯。今回全面的に手直ししたことで、お客様にはしばらくの間、安心して使って頂けるものになった。今となっては、これほど手を掛けた品物を作り上げること自体、難しいだろう。

 

貴重な品物であるからこそ、時代を越えて受け継がれなければいけない。元に戻すということは、品物を作り上げた職人の施しを理解し、その技を忠実に再現させ、さらに痛んだ箇所を復元する技術まで持たねばならないことになる。

何としてでも、品物を蘇らせようとする職人の心意気が、新たな命を吹き込む。モノを作る職人とモノを直す職人、この両方が存在することで、この国の伝統的な文化の基が築かれてきた。絶やしてはならないと思う。

なお、今回の手直しに掛かった費用は、4万円弱。だいたいこのあたりが、直し仕事の上限価格になる。品物にもよるが(今回の帯はあまりにも上質だった)、これ以上掛かるとお客様の方でも直すことに二の足を踏む。出来る限り、使う方の負担は少なくしなければならない。なるべくならば、難しい手直しでも、2万円以下で完了させたい。お客様と修復職人の間を取り持つことになる呉服屋の「仲介料」などは、極力抑える。それこそが、呉服屋自身の「直すこと」に対する心意気の見せ所になるだろう。

 

職人さん達の話では、難しい仕事ほどファイトが湧くそうです。今までの自分の経験を生かし、智恵を出し工夫する。直し方を一つ間違えれば、品そのものが、二度と使えなくなるようなリスクを抱えています。

それぞれの職人さんが、自分の技術を信じて、修復の仕事に向かう。そんな姿が、民族衣装としてのキモノや帯を縁の下から支えていると言えましょう。呉服を扱う者は、その存在に対し、常に敬意を払わなければなりません。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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