バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

12月のコーディネート 「和、そのもの」を感じる古典の組み合わせ

2014.12 10

誰もが知っているように、「和」と言う言葉は、「日本」を表す言葉である。「和食」「和服」「和楽器」「和菓子」などなど、「和」は、「日本独自の」と言う意味で使われている。

では、「和」とはどこから来た言葉なのか。源泉をたどれば、「和」=「倭」であった。日本史の教科書の最初の方に出てくる、中国の歴史書、「後漢書東夷伝」や「魏志倭人伝」の内容を思い出して頂きたい。いずれも、古代日本の姿を留める貴重な資料である。

紀元前後の日本と中国の間は、「朝貢」という形の関係であり、それは、日本の支配者が、貢物を持って中国を訪ね、それに対して中国の王が賜物を与えるという「従属」とまではいかないものの、一定の上下関係があった。

先に挙げた二つの資料の中に、中国国王が日本の王に授けた「印」の記載がある。「後漢の皇帝・光武帝」が「日本の奴国王」に与えた「漢委奴国王」の印と、「魏の皇帝・曹叡」が「邪馬台国女王の卑弥呼」に与えた「親魏倭王」の印である。

いずれも、「倭(委)」=「わ」の文字が見える。紀元前後より中国の支配者が日本のことを「倭」と呼んでいたことがわかる。古来、日本でも自らのことを「倭」、「倭人」と称しており、これが奈良中期頃に、「和」の字に転じている。(「続日本紀」の記述に「大和」が登場していることからもわかる)。なお古墳時代、日本で初めての本格的支配政権が、奈良の「大和」の地に起こったこと(ヤマト王権)が、「倭=大和」=「和」と転化した要因と考えられている。

 

国としての「わ」の成り立ちをかいつまんでお話したが、キモノや帯の文様や図案に「和」模様が登場したのは、平安初期の「国風文化」の勃興以後のことだ。それまでは、「正倉院文様」に代表されるように、中国大陸やその先のオリエントからもたらされた、いわば「異国」の文様だった。

「国風文化」は、様々な日本固有の文化を生み出した。「かな文字」が作られたことで生まれた、「源氏物語」や「伊勢物語」は、平安当時の貴族社会の姿を鮮明に描き出した。それと同時に、絵巻物のモチーフが、日本そのものの事象や風景、行事などから取られ、屏風・障子などの室内用度品にも「日本独特の文様」が描かれるようになったのである。

この「日本的な絵や模様」のことを、「大和絵(やまとえ)」と呼び、これが今に続く「古典模様」の原点になっている。

今年最後のコーディネートなので、少し「重厚」な古典的模様の品物をご紹介して、改めて「和模様」の素晴らしさを感じて頂こうと思う。あまりにも、「古典的」すぎる合わせ方なので、「堅苦しい」ような印象を受けるかもしれないが、たまには、こんな「本格的」なモノもよいだろう。

 

「琳派」を想起させる図案のキモノと帯

(白鼠地色 山水四季花模様 手描き京友禅色留袖 菱一)

平安期に端を発する「大和絵」を源流にして、それを今に伝える「古典模様」のデザインとして進化させたのは、室町・桃山期の「土佐派」・「狩野派」とそれに続く江戸期の「琳派」の作家達である。

室町期に幕府の御用絵師として活躍していたのが、土佐光信(土佐派)と狩野正信(狩野派)であった。土佐光信は、大和絵の伝統的技法に忠実であり、写実的で繊細な模様に、鮮やかな彩色が施されていた。一方狩野正信の描くものは、水墨画を基調とし、中国の宋や元時代の画法を基礎にしたもので、両者の画風は対照的なものであった。

狩野正信の跡を継いだ嫡子の元信は、水墨画の中に彩色を施し、晩年は大和絵の画法も取り入れて、大掛かりな障壁画を手がけている。これが、二代後の「永徳」の頃になると、金銀を用いた豪壮な装飾様式に発展し、安土城や大阪城の障壁画をはじめ、二対の獅子が対峙する有名な「唐獅子図屏風」などが製作される。この頃は、強大な力を誇る権力者の象徴となるような、豪華で端麗な作品が好まれ、繊細な画風の土佐派は衰退していた。

 

江戸期に入ると、豪壮な狩野派の装飾と、伝統的な大和絵のデザインを兼ね備えたような新しい流派が誕生する。俵屋宗達、尾形光琳に代表される「琳派」である。宗達の「風神雷神図」や光琳の「紅白梅図」に見られるように、大胆な中にも写実性に富んだ構図と、金箔を惜しげなく使う中に、繊細な色彩も施されている。

特に光琳の描く題材と画法は、それまでに例を見ないほど独創的であり、「光琳模様」と称される「意匠」は、現在のキモノや帯の図案の中に多く息づいている。

では、品物を改めて見ていこう。

上品なごく薄い鼠色の地色の中に描かれているのは、波の中に浮かぶ小島。島は「山」のようにも見え、「山水」模様とも言えようか。11世紀の大和絵の代表作に、京都の教王護国寺(東寺)に伝わっている「山水屏風」があるが、これは一枚の屏風の中に、「山」と「水辺」両方の模様を表現したもの。上の品物も「波頭」が描かれているものの、「水辺文様」のようなイメージにはなっていない。

写実的に描かれている図案(上前おくみと身頃)。古木の梅の木の下に佇む「尾長鳥」の回りに、牡丹などの四季の花が描かれるている。

柄を拡大してみた。この品物は型を使わず、人が糸目糊を置いた手書きの友禅である。糸目の微妙な「ブレ」が自然な形となって表れている。また、様々な刺繍のあしらいも見える。上の画像の「白牡丹」の花で見ると、白く光っているように見える部分。左端にいる鳥の黄土色の羽の一部にも同様のほどこしがある。

「梅ノ木」の拡大。梅の花弁にも刺繍。花弁を表現するときによく使われる「縫い切り」と、花の中の「赤い点々」は「相良縫い」。このような手を掛けた友禅の品物には、いくつもの「縫い」の技法が併用されている。「手間」を惜しまぬ証拠であろう。

色留袖の場合、裾に付けられている数箇所の図案と彩色だけで、その印象が決まることになるが、この品物の柄の中に施されている一つ一つの「精緻」なあしらいは、図案全体を浮き立たせ、控えめな中にも重厚感のある印象を残している。時代が変われど「価値」の変わらない品物と言えよう。

 

(焼箔いぶし金地色 光琳流水に四季花 琳派模様袋帯 紫紘)

「琳派そのもの」ともいえる図案の袋帯。「焼箔」を施しているため、ご覧のような赤みがかった金の地色になっている。流水の中に抱き込まれるような形で四季の花が織り込まれている。焼箔というのは、純銀に硫黄を使い、熱処理することにより、銀が硫化して変色するという、「化学反応」を利用して作られる「箔」のこと。熱の温度や硫黄の量により様々な色に変わる。加える熱の温度が高くなるごとに、赤みがかった金から青、そして黒へと変化する。

この帯の中で使われている図案には、それぞれ「光琳独特」の意匠化した模様が見える。その辺りを詳しく見て頂こう。

まずは、この帯全体を支配している「流水模様」である。大胆かつ不規則に付けられた「流れ」は、光琳独特のもの。代表的な作品の「紅白梅図屏風」を見ると、この流水模様が付けられている。だからこの形を「光琳流水」と呼んでいる。

「光琳流水」の拡大。渦を巻くような、豪快にして、自然で優美な流れ。この流水には、他の流水模様には見られない「立体感」がある。

「光琳梅」と「光琳椿」。どちらの花も「光琳」独特の表現が見える。彼が描く植物は「丸み」を持った線で描かれる。また、花弁や花芯などを出来る限り略すことが多いのも特徴。上の画像を見ると、花の蘂や芯はあるが、丸みを帯びた花弁は「光琳」を意識して表されている。

 

重厚感のあるコーディネート。改めて合わせてみると、帯の「光琳流水」模様が全体を引き締めている。これが、他の「流水」模様だったら、このような映り方にはならない。帯地色に使われている焼箔の渋い金の色も、全体を落ち着かせる役割を果たす。

また、キモノと帯に描き出されている「四季の花」も共通するものが多い。「桜」「梅」「松」「牡丹」等々、一般的な「古典模様」に使われる花が、ある程度限定されたものであることがわかる。

 

キモノ、帯双方の模様は、おそらく百年経っても変わらない「古典」であり、また、百年前以上前から使われてきたものでもある。要するに、「古典模様」というものは、「変わりようのない」模様であり、決してその時代の「流行」に左右されるようなものではない。

あまりにも隙がなく、少し息苦しいように思える組み合わせだが、伝統に裏付けられた古典模様とは、そういうもので、「洋」に影響を受けた現代の感覚を寄せ付けない。「和、そのもの」を受け入れることは、「毅然」とした姿勢を表現することに繋がっていると言えよう。

最後に合わせを、もう一度どうぞ。

 

年の瀬なので、今月のコーディネートの稿を少し早めに書いてみました。私自身、ガチガチな「古典」よりも、少しだけ現代感覚を取り入れたような品物を好むので、このような「合わせ方」をしてみると、自らが「衿を正す」ような気持ちになります。

きっちり仕事がなされている「質の良い」古典の品物を見ると、身が引き締まるような感覚になります。それこそが、時代を超えて現代にまで伝えられている「文様の力」なのでしょう。

我々が扱うキモノや帯は、もっとも「和の力」を感じさせてくれる品物なのだと、改めて、思い知らされました。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
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