バイク呉服屋の忙しい日々

現代呉服屋事情

呉服業界の後継者問題(5) 問屋・メーカーの人材難と苦境

2014.05 24

先週の日曜日、「振袖」に関する相談に訪れたお客様が二組重なった。振袖に関する「宣伝」など何もしない当店では、めずらしいことだ。

一組は、長年うちのお客様だった方で、おかあさんの振袖を娘さんに直して使うことの相談で、お見えになった。もう一人は、さる方に「紹介されて」、初めて来店された方。この両方のお客様に共通しているのが、再来年の成人式を考えての準備ということである。

「来年」ではなく、その次の年とすれば、まだ一年半もある。「成人式」の衣装を考えるには、いささか「気が早い」と思ったので、「まだ慌てることは何もないですよ」とお話した。

ところが、である。お客様は、「松木さん、もうあちこちの呉服屋さん(俗にいう振袖屋)から、いっぱいカタログが届いている。早くしないと良い柄が無くなるなんて言ってますよ。」などと仰る。周りでは、すでに「振袖の支度」を済ませた人がかなりおられるらしい。

 

私は、「振袖屋」がどんな手管で商いしようが、関係ないことなので頓着しないが、どうやら、お客様を不必要に「急かせて、慌てさせる」ことで、成人式の支度を早めにさせようとしているようだ。

お二方から、その「急かせる」手法の一つを教えてもらった。それは、サービスとして付いている「成人式当日」の着付けに関することだ。成人式が始まるのは、どこの自治体も10時頃からである。「振袖屋」では、その前に全ての購入者に「着付け」を済ませなければならない。そこで目をつけたのが、「着付け」の時間だ。

それは、早く購入した人から、自分の好きな時間に「着付け」をする時間を選べるようにしたというものだ。誰だって成人式の当日、朝の3時や4時からの「着付け」は避けたい。7時あるいは8時頃から準備できればそれに越したことはない。

「振袖選び」が遅くなれば、希望する着付けの時間は空いていないなどと言い、「焦らせる」のである。「サービスに着付け」を付けていながら、それを「逆手」にとって、商いに利用する。情けないほど「小手先で姑息」な手法である。そして、「早く決めないと良い柄が無くなる」というのも、「笑止千万」だろう。そもそもカタログに出されている「インクジェットモノ」は、「印刷すれば何枚でも出来る」代物。何を持って「良い柄」とするのか、その理由を教えて欲しいものである。

こうして「知識を持たない消費者」は、「急かされ、焦らされて」品物を選んでいく。そして、「何も気づかないまま」成人式が終わっていく。残念だが、我々のような呉服屋は、この現状を「傍観」しているだけである。業界にいる者として、誠に、恥ずかしく、申し訳ないことと思う。

我々が接しられるのは、先日来店された二組のお客様のような、この「振袖屋のカラクリ」を見抜いたり、端からそんな店を相手にしていない方だけなのだ。「世間が焦っている」ことで、一年半も前に相談に来られたというのは、皮肉なことと言うしかない。そして、そんな「お客様方」から、振袖屋の手管について教えてもらう。これはこれで、なかなか「勉強」になるのだ。「灯台下暗し」ではないが、このような情報は、我々にはわからないことばかりである。

 

また、つまらない前置きが長くなったが、今日の本題は問屋・メーカーの人材難と苦しい現状について。前回までは、「モノ作りや職人」の後継者問題であったが、今日から「流通の現場」における「人」や「会社」を、考えてみたい。まずは、問屋の社員に課せられた仕事と、現在置かれた状況からお話していこう。

 

呉服に関る問屋、メーカーといっても、様々である。うちのような「専門店」が取引する相手と、NCや百貨店、量販店、そして「振袖屋」に品物を供給する会社は全く違う。また、ブログの中でもお話している通り、「モノ作り」をするメーカー問屋と、品物を動かしているだけの問屋では、仕事の内容が異なり、業態もかなり違う。

これからお話するのは、専門店には欠かすことの出来ない、自ら商品を開発し、提案するような「メーカー問屋」についてである。

 

「モノ作り」をしているところ、例えば染め呉服を主流にしているところなどは、商品を「プロデュース」していかなければならない。例えば新しく「小紋」を作るとしよう。製作にあたり、まず、「生地」と「柄」を考える。そして中の配色や地色を何色作るか、考えなければならない。「小紋の型」を作り、染め出しし、その仕事に見合う価格を決める。小紋などは、「型代」に一番費用がかかり、沢山染めれば染めるほど、採算ベースが下がる。

作られた小紋が、取引先に順調に売れていけばよいが、思うように売れないと元もとれない。それは、「型紙」の代金にも追いつかないようなこともあるだろう。だから、「モノ作り」の問屋に求められる重要な仕事は、いかに「センスのよい、売れ筋の商品」を生み出すかということに尽きる。当然、「売れない品物」ばかり作っていると、経営の悪化は避けられない。

高価な手仕事の絵羽モノ(振袖・訪問着・留袖類など)などは、それが売れるか否かは大問題である。友禅の「糸目糊置き」を「手描き」にするのか、「型糸目」を使うのかで、価格はまったく違う。柄行きや色目、中にどんな「あしらい」(箔や刺繍、疋田など)を用いるかでも違う。どんな価格設定をして、それに見合う商品をどのように作るのか、「プロデュース」することが、メーカー問屋には求められる。そして「企画」したことを、モノ作り現場の「ディレクター」である「染匠・悉皆屋」の親方と相談して、製作する。手の込んだ、高い価格の品物を作ろうとすれば、それだけ問屋側のリスクが増大するのは言うまでもない。

このように、メーカー問屋の商品製作の現場にいる社員にかかる負担と、「プレッシャー」はかなりのものがある。「作った品」が売れない時、または設定した価格通りに売れない時の責任は重大なのだ。

 

染め問屋の核となる「モノ作り」を任せられるには、やはり「経験」が必要だ。柄や色ばかりか、どのような「白生地」を使うか決めるだけでも、豊富な知識と磨かれたセンスは欠かせない。また、設定した価格帯で、どの程度の仕事を職人にさせるのか決めなければならない。

何しろ、商売の相手は「消費者」ではなく、モノを見極める目を持った「小売屋」である。商品にほどこされた仕事が、価格に見合うものでなければ、(見合うというより、より以上に良心的になされてなければ)、簡単には仕入れてはもらえない。この辺りは、我々小売屋側はかなり「シビア」に判断する。「良いほどこし」の品物を少しでも安く仕入れようとするのは当然のことである。

 

メーカー問屋の新入社員が、最初からモノ作りの現場の仕事など、させてもらえるはずもない。昔ならば、まず荷造りと取引先の荷物運びが最初に覚える仕事だ。その後、先輩に付いて取引先を回り、それぞれの呉服屋がどんな形態で、どんな仕入れをしているのか、覚える。「呉服屋の主人」など、海千山千の「曲者」ばかりで、一筋縄ではいかない人ばかりだ。

呉服屋の主人は人により、その柄や色目の好みも千差万別である。店の経営形態や経営方針も店ごとに全く違う。このことが、「仕入れる品物」と直結する。問屋の社員がモノを売るためには、相手を知ることが第一と言える。取引先の売れ筋品や、仕入れにくる主人の好みをつかめば、商売の成功率は自然と上る。

これは、我々小売屋が、お客様にモノが売れるようになるのと、一緒である。我々は、相手(消費者)の上手を行かなければ(柄や色の知識、コーディネートのセンスなどを認めてもらえること)、モノは売れないのが普通である。つまり、自分で商品の知識を持ち、色のセンスを磨くしかない。結局、「小売屋」も「問屋の社員」も、お客様にモノを買ってもらえるようになるまでには、かなりの時間を必要とする。そして、現場を「経験」することでしか、その技量は上っていかない。

メーカー問屋では、営業マンとして経験を積み、成績が優秀な者を、「モノ作り」の現場に向かわせる。「営業成績の良い社員」というのは、取引先の好みや売れ筋品がよくわかっている証拠だ。ここを把握しているからこそ、より多くの仕入れをしてもらえるのだ。

「売れ筋」や流行っている色、柄に敏感なものにしか、「モノ作り」はさせられない。製作した品物が、より確実に仕入れてもらえるようにするためには、何よりも「客の心」を掴んでいる人間が、商品開発に携わらなければならない。この社員こそ、会社の命運を左右する人間である。

これまで何度もこのブログの商品に登場する、今はなき「北秀商事」では、それぞれ部門別に「オーソリティー」というべき社員がいた。例えば、「白生地」に関することでは、この人の右に出る人はいないというほど知識を持った社員である。色無地に使う生地一つでも、「紋綸子」ならば、どのような織り柄にしたら色目が生かせるかとか、生地の重さ(匁)はどのくらいなら着心地のよいものになるか、とか全てのことを理解した上で、使う白生地を選んでいくことの出来るような人である。

もちろん高価な手描き友禅を担当する社員もいて、どのような仕事をどれだけさせたら、どのような品物が出来上がるのか、そのコストと販売する価格を割り出す。そして、「この商品がこの価格なら、あの店のあの人が必ず仕入れてくれるだろう」と、予め「売り先」まで設定してモノ作りをしてしまう。それがまんまと当てはまり、思い通りに売れていくような時代もあった。

 

ここまで読まれた方は、モノ作りのメーカー問屋の社員というのは、なんと大変なことだろうと思われるだろう。「一人前」の営業マンになるだけでも、時間がかかり、その上、その先には、商品開発という重責が課せられる。収益に貢献出来るようになるまで、社員をどのように育てるのか、ということが会社に課せられた最大の課題となる。

呉服業界が、活況を呈している時代は、この「人材育成」ということも上手くなされてきた。会社も儲かっていたので、人が育つまで待つことが出来た。入社から10年くらいは、「修業期間」と位置づけ、収益に貢献できなくても目をつぶっていられたのだ。

 

だが、この20年で業界を取り巻く環境は一変する。呉服市場が最盛期の10%以下に縮小したことで、それまでと同じようなモノ作りをしても、思うように売れていかないという状態に陥った。「需要」が減れば、仕入れをしないのは、至極当然である。「作っても、作っても売れない」ならば、経営は逼迫する。そして結局、破綻や廃業に追い込まれる会社が多くなる。平成に入ると、当店の取引先も、あの「北秀商事」を初めとして、何社もが倒産・廃業していった。

良質なもの作りをしていたメーカー問屋を苦しめたのは、需要の落ち込みばかりではない。それは、質の良い品物を見極められる消費者の減少、そしてそれを扱うことのできる専門店の減少、そして呉服店そのものの質の低下が拍車をかけた。

売り上げの減少を、無茶な売り方で補おうとしたような「組織販売的呉服屋」が跋扈したことで、消費者から業界そのものが信用を失ったことや、「インクジェット」の品を手管で売り込むような、品物の質を度外視した「振袖屋」の出現は、縮小した呉服市場に何とか対応しようとした、マトモなもの作りをするメーカー問屋を一層苦境に陥れたのだ。

メーカー問屋では、売り上げが上らないことが、多様な「モノ作り」をすることを不可能にした。ある程度「リスク」を背負って商品開発をするような余裕は、ない。どうしても「限られた量」だけしか、品物は作れないのだ。昔のように、価格帯も柄行きも色目も、様々な種類のものを作れるような資金力も、それを売り切る営業力もない。

それどころか、肝心な社員がいない。経営の悪化は、人減らし、人件費の削減に直結したのだ。もちろん社員の新規採用など何年もしない。また、稀に若い社員を入れても、以前のように10年は「修業期間」として、育てるなどと悠長なことを言ってはいられない。すぐにでも「売り上げ」という結果を残してもらわなければ、会社が立ち行かないのだ。

大体、今の人に全く馴染みのない、厄介な「呉服」という商いが、入社まもないような経験の浅い若者に出来ようもない。それを求める方が無理というものだ。むしろ昔以上に、丁寧に人材育成に時間を掛けなければ、戦力にはなるまい。尤も、若い人がこの業界自体に嫌気がさし、辞めていく方が先であろう。

こうして、呉服問屋社員の「高齢化」は深刻なものになった。少なくなった「モノ作り」を担当する社員は、年齢の高い、ある程度経験を持った人に頼らざるを得ない。会社によっては、定年を過ぎた「嘱託社員」のような人が担当している場合もある。しかし、いずれ、この人達も退社していくことになる。そうすれば、後に続く人材はもういない。「モノ作り」の現場にも、それを売り切る「営業」の現場にも、いない。「そして、誰もいなくなった」という状態になることが、現実味を帯びてきている。

 

業界に「若い人」がいない、というのはある意味、「革新」出来ないということです。新しい感性で、新しいモノ作りがなされ、質の良い商品が供給される道が絶たれることなのです。

「新陳代謝」の無くなった呉服業界に、今後待ち受けているものは何でしょう。それはやはり、伝統に則った良質な品物が姿を消すことに他なりません。

今日、最初にお話したような「振袖屋」で扱うような「インクジェットモノ」を、本当の品物ではない、と見極めて、良質なものを求める消費者は、どんな時代になっても必ずいらっしゃるはずです。このような方々の期待に、どう答えていくのか、何としても考えなくてはなりません。

その答えを出せるのは、良質なもの作りが出来るメーカー問屋と、良識的な小売屋のはずですから。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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