バイク呉服屋の忙しい日々

ノスタルジア

藍地120亀甲総絣 地機結城紬キモノ

2013.12 08

キモノとは面白いもので、反物の巾によっては、男女の区別なく使えるものが多い。問題になるのは「裄丈」だが、昔と違い反巾そのものが9寸5分程度まで広くなっているので、1尺8寸5分程度までの寸法には、対応出来ている。

女性の裄丈は、ほとんどの場合、1尺8寸5分以内で間に合うが、男性の裄丈では少し体格のよい方だと、短いケースがある。

当店のお客様の中にも、男性で女性物の「琉球絣」を購入される方や、女性で男性物の縞大島をお求めになる方もいらっしゃる。特に織物では、色目や柄行きにより、男女問わずに使える品物は多い。

 

今日は、「男物」の結城紬を女性用に仕立て直した品を紹介しよう。

(藍地色 120亀甲総絣 結城紬 1970年頃 甲府市Y様所有)

もともとこの結城紬は、男物であり、「疋物」として作られたものであるため、当然「羽織」も付いていた。今回キモノの方を「女物」に仕立て直した。

すでに、かなり使いこまれた品物だが、今回「洗張り」したことで一層着心地の良さが増した。「結城紬」は、「着倒す」ほど生地が柔らかくなじみ、2,3回洗張りを繰り返すうちに、体になじむものになる。織られてから、すでに40年以上経つが品質に変わりはない。

結城紬は、まず「真綿」作りから始まる。「繭」に取り巻いている「セリシン」という淡白質を「煮る」ことにより取り除く。それを湯の中で5,6粒重ねて袋(袋真綿)にし、乾燥させる。この袋を50枚に束ね(94g=1匁)、これを1秤(はかり)という単位として取引される。

結城紬一反分に使う「袋真綿」は7秤で、繭の数で計算すれば、6×50×7ということになり、約2100個ほどが必要ということになる。

この後の作業、「手つむぎ」が結城を語る上で、特に注目されるものである。「糸を作る」という作業において、「撚糸」(より糸)を使わず、ただ、繊維を「まとめただけ」の糸というのは、「結城紬」だけである。

結城の「手つむぎ」は、「つくし」という道具に真綿をからませ、片方の指先で糸を引き出し、それをおさえながら、もう片方の指に「唾をつけながら」捻るようにしてまとめる。この時、まとめた糸が均一の太さになるようにすることが重要で、かなりの経験と技がないと出来ない仕事である。

1秤(94g)から紡がれる糸は約80g。この「真綿が糸になった」80gの単位を「1ボッチ」と呼んでいる。1ボッチを紡ぐのにかかる日数は個人差があるが5日~10日ほどである。紬一反分は7ボッチが必要なので、この「紡ぐ」という作業だけで7×5~10日ということになり、約1ヶ月~2ヶ月の時間を要するのだ。これだけでも「気の遠くなる仕事」ということがわかる。

糸紡ぎから、染色と下糊付け、乾燥を経て、糸巻きと機のべの工程に入る。糸巻きの前には糊付けがされるのだが、「手紡ぎ糸」はもろくて切れやすく、それを繋ぐ時間が長くかかる。「機のべ」というのは、必要な糸の長さを「延べ台」の上で「のべる」ことを指す。結城紬の反物の長さは1反=3丈7尺と規定されている。これは、1956(昭和31)年に、国の重要無形文化財に指定された際、厳密な検査規定が定められたことによるものである。(のち1962・昭和37年には本場結城紬検査協同組合が設立され、茨城県の職員による厳密な検査が行われるようになった)。

規定のメートル単位だと12,3mの要尺だが、実際は14m以上の長さにしておく。経糸の一反分は約1320本(上糸、下糸660本ずつ)になる。機のべが済むと、経絣、横絣の順に筬(おさ)通しと図案の墨付けをする。 墨付けをした部分は、綿糸によって縛られ、これによりこの部分には染料が入らない。これが「絣くくり」と呼ばれる工程で、絣の色の数だけ、「くくりと染色」を繰り返す。
この作業は「絣」の良し悪しを決める、もっとも重要なもので、「くくる力」が弱いと「色が付かない」部分が染まってしまったり、「縛った綿糸」がほつれてしまうことになりかねない。そういう理由で、「絣くくり」の仕事はもっぱら男性によって行われている。
「絣のくくり」は反物の絣の細かさにより、その手間が変わる。代表的な「亀甲絣」(今日紹介しているような品の絣)を例に取って見ると、反巾9尺6寸(36cm)に80の絣を入れる(80亀甲)とすれば、その柄一巾に160箇所の「くくり」を施さなければならない。これは、絣が細かくなればなるほど「くくる回数」は増え、120亀甲なら240箇所、160亀甲なら320箇所、200亀甲なら400箇所もの「くくり」をしなければならない。
反物全体の「くくり回数」は数万箇所にも達する。この「くくり」はその「縛る力」が人により異なるため、最初から最後まで一人ですることになる。先ほど述べた「手紡ぎ」と並んで手間のかかる工程であり、費やす時間は数ヶ月を要する物も出て来るのである。
「くくり」が終わると、「絣糸」は棒に巻きつけられ、たたき台の上にたたきつけるという方法で染色される。その後、3回ほどの糊付け、乾燥を繰り返す。これは、元々「撚り」がかかっていない糸の強度を上げるために施される。そして、筬通し、機巻きを経て、糸が掛けられ、ようやく「機織り」の作業に入ることができる。
「結城紬」の製織方法は、「地機」と呼ばれる原始的な「織機」が使われている。(高機という簡略な足踏み機の場合もある)。この「地機」は日本最古の織機と言われ、「経糸」の張る力を織手の腰で調節しながら、大きな杼を使い緯糸を織り込んでいくという極めて「人為的、原始的」方法である。
極めて「簡略」した、「結城紬」の工程をお話したが、とてもその全ての仕事を書ききれたものではない。とにかく、基本的なことから全てが「人の手」による仕事であり、一点の品物を仕上げるのに、数ヶ月以上を要することがおわかりいただけたであろうか。あらゆる工程が、「職人の感覚と経験」に基づいて成されており、改めて「文化財」としての「価値」を感じざるを得ない。
 
さて、今日の品を改めて見てみよう。この「亀甲絣」は総絣であるが、一体どのくらい「亀甲」が並んでいるのだろうか。この一列にならぶ「絣の数」により、手間のかかり方が異なることは前述した通りで、その「価格」もそれに伴うことになる。
少し判りにくいが、「絣」の大きさを測ってみた。おおよそ「1寸の中に13の絣」が入っているのが見て取れる。これで割り出してみると反巾(これは元々「男物の疋物」だったので)は1尺5分前後の巾と計算し、おおよそ140前後の絣が並んでいたと考えられる。これを通常の女物の反巾9尺5寸で換算すれば、約120である。このことから、この品物は「120亀甲絣」と考えられるのである。
「120亀甲」ということは、一巾240回の「糸くくり」が施されているということになる。結城紬をお持ちの方は、一度この「亀甲」の数を数えてみれば、それがどのくらい「糸くくりに手をかけた」品物であるかがわかる。
「160亀甲」はおおよそ「1分の中に2つの絣」が入っているものだが、現在では、これが最高に細かい絣で(結城の織問屋の「奥順」には、3年を要して完成したという「240亀甲」などという考えられない品物が展示されている)あり、これだけの「糸くくり」ができる職人は限られていて、年に数反ほどしか生産されない。
近接した「亀甲絣」。整然と狂いなく並んでいることは、「くくり手」の精緻な施しを想像することが出来る。このような品は、作り手の「息使い」が伝わる貴重なものであり、これから先、まだ何十年も「世代を越えて」使い続けることが出来る。「キモノ」という大切な文化を繋げていくためにも、残したい「文化財」である。
なお「重要無形文化財」に指定される要件は次の三点である。使用する糸は全てが「真綿の手つむぎ糸」であること。「手くびり(くくり)」による絣の模様付けであること。「地機」で織られたものであること。
このことは、まさに、「手つむぎ」「手くびり(くくり)」「地機」の工程が「結城紬」の骨格を成すところであり、この「人の手による手間」なくしては、本当の製品にしてはならないという証でもある。
最後に、この「120亀甲絣」に合わされた帯を紹介しながら、この稿を終えたい。
(森志湖 白地紬辻が花模様工芸帯)
 
「気の遠くなるような」手仕事の話をさせていただきましたが、言葉の説明だけでは何とももどかしいものがあり、十分にお伝えすることはできなかったと思います。
これだけの「技術」を要する品を残すことが出来るか否かは、その「需要」の有無に関ってきます。「手間のかかり方=品物の価格」とすれば、現状の流通経路では、やはり「高価格」になることはある程度避けられません。そうなると、「着手」が限定されることになり、これから先の時代を見通して見ると、その「市場原理」だけに任せていては「商品」として残ることは至難であろうと思います。
「国」による「技術保護」の策や、「作り手」と「消費者」の距離(つまり、流通過程での問屋や小売を飛び越すような)を近づける方策も必要なのではないかと思います。将来的には、「作り手が小売できるような」形態になることが理想なのでしょう。「伝統的文化」を守るためには、何より「作り手」と「その技術の保護、継承」を最優先に考えるべきであり、そのためには、「流通段階で生きる者」がある程度「血を流す」こともやむを得ないような気がします。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
 
 
 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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