バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

呉服屋の道具・4 色見本帳

2013.10 01

呉服屋には「色を決める」場面が多い。特に感じるのは「仕入れ」をする際である。

「自分の好きな色目」というのを誰しもが持っていると思う。はっきりした「濃い色」を好む人、柔らかい「薄い色」を好む人、また、「暗い色」や「パステル色」がお気に入りという人もいるだろう。それこそ好みは「千差万別」である。

私は「柔らかい色、どちらかというと薄地の色」が好きだ。だから、どうしても「銀鼠色」や「灰桜色」「薄浅葱色」などの地色の品を仕入れることが多い。特に「フォーマル系の品」に」関しては「薄地」に偏ってしまう。

私の先代は「はっきりした濃地」を好んでいたため、今うちにある在庫を見ると「薄地」は私が仕入れたもので、「濃地」は先代が仕入れたものとはっきりと分けられる。

「仕入れをする者」が代替わりすると、その店の地色の傾向が変わるというのは、面白い現象だが、やはり店を構えている限り「バランス」というものがあり、色が偏るというのは、あまり好ましくないだろう。

そんな訳で、今日は「色」に関る、「呉服屋の道具」について話してみたい。

 

(色見本帳 「温故彩影」 昭和52年10月発行)

今から20年ほど前(昭和の時代)までは、「色紋付の無地キモノ」を作る場合、「生地」と「色」をそれぞれ決め、染め出しをして作ることが多かった。最近ではすでに染め上がっている「反物」を見て選ぶことがほとんどである。

それは、「手間要らず」ということと共に、「間違いがない」ということが大きな要因であろう。色を選ぶ「お客様」にとって、すでに染め上がっている品であれば、顔映りの良し悪しや希望の色であるかどうかなどがわかりやすく、安心して選ぶことが出来る。

現在「色染めが減った」のは、白生地を使い、「色見本帳」を見て「色を選び」染め出しをした場合、仕上がった時に、「自分の思い描いた色」と違った色のように感じられることがよくあったことに原因がある。なぜ「色のミスマッチ」が起こってしまうのか、その背景を時代を遡って少し話してみよう。

(色見本帳 「満開106号」 東京都染色工業組合発行)

昭和の頃までの「色見本帳」というのは、取引先の問屋から渡されることが多かった。各問屋では、それぞれが使っている見本帳があり、「色染め」の注文が入った時にそれを使って色を選び、仕事を発注して欲しいという意図で送って来る。だから、無地のキモノが「必需品」だった「昭和50年頃」までは、それこそ「何社からも」見本帳が届いたものだった。

そもそも、「色無地のキモノ」は入学式、卒業式に母親が着る衣装として「定番」であった。これに「黒の絵羽織」を合わせた姿は、「昭和50年以前」の入学式の写真を見れば、皆、申し合わせたようにこの組み合わせで写っている。「呉服屋」が隆盛であった時代の「象徴」とも呼べるような光景と言えよう。

この時代より前がまさに、「色見本帳」で色を決めて、多くの無地の紋付キモノを作っていた時期に当たる。そして「色」を決めるだけでなく、「白生地」をどのようなものにするかということも、お客様自身が選んで決めていた。当時の「定番の衣装」だったため、その「需要」はヤマのようにあったのだ。

「白生地」というものは、多くの選択肢があるモノである。「紋綸子」にするか、「一越ちりめん」にするか、「羽二重」にするか、まず大雑把な分け方をすればそのように分けられる。そして「紋綸子」ならば、「織られている紋織」の柄の種類が沢山あり、それを「サヤ型」がよいのか、「四君子」がよいのか、「橘」がよいのかなどと選ばなければならない。「ちりめん」ならば、「鬼シボ」のものも「小シボ」のものもあるし、生地自体の「匁=重さ」ということもよく問題にされたのだ。

「生地」が決まれば、次は「色」である。「色を選ぶ」ということは、非常に難しく、悩ましいことであった。「依頼するお客様」の「好み」を最優先するのはもちろんであるが、例えば、「グレー系で」といっても「濃淡」で何十種類もある。そこで「見本帳」の登場なのだ。

一つの「見本帳」に収納されている色の数は約150~200色程。それが10冊あれば1500~2000色である。不思議なことに「同じ色」というものがほとんどない。これはいかに「染める」ということが難しいかということをよく表していると思う。

例えば「山吹色系統」の色に染めたいと考えよう。そのときにこの系統の色をどの「見本帳」を使って選ぶかという問題が起こる。それは、それぞれの見本帳で微妙に色が異なるからだ。だから「見本帳どうしを比較」して、最終的に色選びをする必要が出てくる。

ここで問題になるのが、「色見本帳」の「見本」の小ささである。昔の見本帳は実際に染めた生地の「ハギレ」が貼り付けられていた。上の見本帳の画像からもわかるように、その見本寸法は縦5cm×横2cmだったり縦3cm×横4cmだったりと、要するにかなり「小さい」ものであった。

こんな小さい「色見本」で「色を決めなければ」ならないこと、それが「思うような色に染まらない」大きな原因である。選んだ色が「反物」になって染め上がってきた時に、「違った色のように」感じてしまう。それはもちろん「まったく別の色」ということでなく、問題になったのはその色の「濃淡」である。

人の目というのは、「小さい見本から大きい完成品」になると、色が「濃く」見えてくる傾向がある。そして沢山の見本帳があることで同系統の色が沢山あり、「微妙に」それぞれが違うことから、依頼人の目に「迷いや違うという感覚」が起こるのだ。

そして、染める時にもう一つの問題がある。それは、「使われる白生地」の種類で微妙に発色が異なるということだ。「同じ見本帳の同じ色」を使っても、使う白生地が「紋綸子か鬼シボちりめんか」では、仕上がりが違った色になる。それは染める際、「生地の質」というものまで考えて仕事にかかる必要があるということだ。

そして「染め方」が「引き染め」なのか「吊るし染め」なのか、などという「染めの方法」が違っても「色の変化」が起こってしまう。

 

このように、「白生地」から「色見本帳」を使い、「色無地のキモノ」を作るという仕事が、かなり「厄介なもの」だったことがおわかりかと思う。だから、今は、すでに「反物として染め上がった品物」を見せて選んでいただくという方法が一般的なのであり、「間違いがほとんどない」(仕上がった時に依頼人が違う色と感じることがない)のである。

 

「昭和の世代」のお客様の「色を見る目」は大変厳しいものがあったようだ。それは「微妙な色」を見分けるという、「日本人」の繊細さがその時代に生きた人達にあったことの裏返しといえるのではないだろうか。

今、わずかではあるが、「色無地」を「染め替える」という仕事の依頼がある。染め替えをするには、今ある色を「色抜き」して、一旦「白生地」に戻し、新たな色に染め替えるという方法が一般的だ。ただ、これは元の色が「濃い色」ならば、色が抜けきれず「白生地」には戻らない。このような場合、出来る限り「色抜き」し、元の色の系統で「色をかける」と言う方法をとっている。

また、「付下げ」や「訪問着」など、柄をそのまま生かし、地色だけを染め替えて欲しいと頼まれることがある。これは、「派手になった地色」を「地味にすること」で使う期間を延ばしたいという考えからだ。依頼される方はその品が特に「お気に入りのモノ」であることが多い。

このような「染め替え」はかなり難しい仕事になる。まず「柄」の部分に染料が染みこまないように「糊で伏せる(糊伏せ)」。そして地色の色抜きをする。これは無地モノと同じ要領だが、先に話したように色の濃さにより出来るもの、出来ないものがある。出来るものは新たに「地色をかけ直す」。それが終われば、「柄の部分の糊を落とす」。このように、幾つかの工程を経なければならないため、「経費」が掛かってしまう。このような「染め替え」の仕事は、まず代金の「見積もり」をした後、要相談ということになる。

今、「色見本帳」の出番は、ほぼ「染め替え」の仕事に限られるのだが、少なくなったとはいえまだ「色染め」にこだわり続ける職人さんがいる。そんな方達の「腕」を見せられるような仕事を、少しでも受けられるようにしたいものである。ほとんどの「無地の反物」は2,3回の染め直しには十分「耐えられる」生地なのだから。

 

「色見本帳」という道具を通して、時代の変化とともに変わる「手間」ということを考えて見ました。うちに残る何冊もの「見本帳」は、古き良き時代の呉服屋の「道具」ですが、「色を染める」という仕事がいかに大変で難しいものであるか「再認識」させられる「道具」でもあると言えましょう。

本当は裏地の「八掛見本帳」の話も一緒にするつもりでしたが、長くなりましたので、次回のこのカテゴリーで取り上げたいと思います。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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