バイク呉服屋の忙しい日々

ノスタルジア

京友禅 花兎文様付下げ 米沢新之助

2013.08 30

これまで、「ノスタルジア」の稿では、「重厚」な作品ばかりを紹介してきた。加賀友禅や京友禅の「振袖」や「留袖」など、もう手に入らない品ばかりである。

今日ご紹介するのは、そんな「大御所」の品ではないが、「京友禅」の図案の描き方や挿し色使いに特徴のある、珍しい品物である。

作者の米沢新之助は、昭和50~60年代のわずかな時期だけに、品物をつくった「京友禅」の作家だ。この人の手に繋ると、何となく「女性らしい」、またある意味「現代風」な「優しいタッチ」で「伝統的図案」が描かれるという「稀有」な作家であった。

「こんなキモノもあったのか」と興味を持って見て頂きたいと思い、取り上げることにした。

 

(白鼠色地 角倉文様・花兎に流水 付下げ 1990年 甲斐市O様所有)

淡い鼠色の地色に花兎文様が何とも「愛らしい」品である。挿し色は全体が「はんなり」とした優しい色で統一されていて、キモノにはめずらしい「パステル調」ともいえる色の使い方であり、「女性的」な印象を受ける。

作者の米沢新之助(よねざわしんのすけ)は、京友禅の製作会社「野口」の抱える作家であった。この、野口という会社は「小紋を作ること」を得意としていたのであるが、その図案や挿し色は他社とは違う独特の「あか抜けた」雰囲気があり、より「おしゃれ感」の強いセンスのよいもの作りで知られている。

そんな野口がこの作家を使って描かせた品は、従来の「堅い友禅」と一線を置き、「しゃれ感」の強いことをアピールすることが出来るものだったと言えよう。

この品物は「付下げ」であり、フォーマルとしての扱いの品だが、「遊び心」がかい間見え、「堅苦しさ」を感じない。だが、その図案は「伝統模様」から外れたものではなく、それをいかに「おしゃれに表すか」ということが、この品の見所でもある。もちろん作り方は「京友禅」の伝統に則った、「糊置き」、「箔置き」、「色挿し」が施されたものであり、かなり「手の掛かった品」である。

具体的に図案と色を見ていこう。

柄のポイントである「花兎模様」。別名は「角倉文様」。

上前身頃を中心とした、柄の全体を見る。流水に囲われた花兎模様をメインに、梅鉢と七宝の文様を散りばめた柄が配置されている。

この品の「花兎」の柄は、もちろん「伝統模様」の一つだ。これは、別名「角倉文様」とも呼ばれており、「名物裂」に使われている文様としても知られている。名物裂は、鎌倉から、安土桃山、江戸まで、長い間中国より伝わってきた織物であり、「金襴」や「錦」「間道」など、様々なものが含まれていた。(龍村美術織物の光波帯でこの名物裂を復元した模様のものを多数見ることが出来る。)

ここに、織り出された模様は、動物や魚などをモチーフに使ったものが多く見受けられ、「花兎模様」もその一つである。「花兎」の描き方には特徴があり、「前足を上げて、一緒にあしらわれている花を振り返る」というもの。また、兎と花の下には、「盛り土」が描かれている。

この「花兎文様」は、桃山時代の豪商である角倉了以(すみのくらりょうい)が好んで愛用した文様であったことから、「角倉文様」と呼ばれるようになった。角倉了以は「朱印船貿易」で財をなし、京都の高瀬川等の水運開発を推し進めた人物として知られている(高校の日本史教科書にも登場するので、ご存知の方も多いと思われる)。

 

改めて、この模様の特徴と紹介した品の柄を比べて見てみよう。二匹の兎はそれぞれ前足を上げ、花の方を振り返っている。白兎の体はそれぞれ淡い藤色と鼠色に「ぼかし」が施されている。「花」は、特定できない「図案化」されたものだが、「花芯」部分は「駒刺繍」により強調されていて、それぞれの花の色は「藤色と紫色」で挿されている。また、「盛り土」も描かれていて、伝統文様の柄を忠実に表している。柄の背景は、「箔」の技法が用いられ、特に上の兎に使われている、「箔の中から兎柄が浮かび上がるよう」に工夫されているものは、「箔はがし」と呼ばれている。

このやり方は、一旦箔を全体に均一に貼った後、それを乾燥後に「わざと剥がして」しまい、図案を浮き立たせ強調するというものである。下の兎の背景の箔置きのやり方はこれと違い、「たたき加工」あるいは「砂子」と呼ばれる技法を使い、付けられたものであろう。

このように、さりげなく付けられた金箔でも、様々な「友禅のあしらい」を見ることが出来、この品物が手を抜かず、「技法に忠実」に作られたものということがわかる。大切なのは、「どのようにして作られているか」ということであり、「柄」や「色挿し」のユニークさは、その上に立ったものでなければ、それが優れた「品」とは言えないのだ。

全体の「挿し色」は、「柔らかな、優しい」印象を与えることを主眼としていて、どの色も「控えめ」に付けられている。しかし、「薄ぼけた」ような感じはなく、実に「はんなり」したものになっている。使われている色の種類は決して多いものではないが、「葉の緑系の色」や「散らされている梅鉢と七宝に使っている藤色と桜色」のバランスのよさ、センスのよさが伺えるのだ。

このように、一枚のキモノの印象を全体で見ると、作者の「意図するところ」が見えて、実にモダンで特徴のある品になっている。このようなキモノがどこにでもあるかというと、実は「ない」ものだといえよう。本格的な「京友禅」の技が散りばめられた、少し「遊び心」のある、実は稀な逸品ではないだろうか。

米沢新之助の落款。「米」のデザインがまたおしゃれ。

最後に、品物の全体を撮ったものを見て頂こう。柄の「嵩」はなく、「シンプル」なもの。

 

ご紹介した品は、いかがだったでしょうか。「本格的でかっちりした」品もよいのですが、この作品のように「少し肩の力を抜いた」おしゃれ心のあるものがあるということで、「キモノの奥行きの広さ」を実感します。先に述べましたが、よい品の大前提は人の手により、細かい部分まで「工夫」がされており、「手を抜いていない」ということです。

米沢新之助が作品を作っていたのは、もう20年ほど前で、ある日突然友禅の仕事から手を離れ、その後の消息がわからなくなりました。当店が扱った数はおそらく3,4枚だったと思います。残念ながら、現在こんなやさしいキモノを本格的京友禅で作る方は見当たりません。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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