バイク呉服屋の忙しい日々

ノスタルジア

初代由水十久 三番叟黒留袖

2013.06 09

私は「いきものがかり」の楽曲が好きだ。特にバラードは何を聞いても心に響く。このカテゴリーの「ノスタルジア」もそこから想起させていただいた。。「ソプラノ」や「会いにゆくよ」「愛言葉」などたくさんのバラード楽曲は、「せつなさ」をかきたてられる。若い人の表現力は我々世代にない感覚で、とても素直で、素晴らしいと思う。

今日はその「ノスタルジア」をテーマにして話をすすめよう。

紹介するのは、加賀友禅作家 初代由水十久の「三番叟」黒留袖である。

(1980年頃 未仕立品 非売品)

このブログの一番上の壁紙に埋め込まれている「童」、これが「由水作品」と気が付いた方は相当の「キモノ通」である。由水は加賀友禅作家としては異色な画風として知られ、特に「童」をモチーフにした作品を多く残している。加賀友禅では写実的な「草花模様」を題材にとることが多く、人物を描くことは難しいとされてきた。

加賀友禅は図案、下絵、糸目糊置き、彩色の工程を一人で全て行う(地色染めと糸目糊置きはそれぞれの職人にさせているので、分業ということになるが、品物の最終責任は一人で取られている)ことで、「作家」と呼ばれる人がいる。京友禅の場合工程別に職人がいて、いわば「分業」の形態のため「作家」と呼ばれる人は少ない。京友禅の代表格といわれる「森口華弘」や加賀友禅と京友禅を融合させた作風の「羽田登喜男」や「上野為二」などが思い浮かぶくらいだ。

加賀の場合「作家」と呼ばれるためには、一定の技術の基準を設けている。それは1974(昭和49)年に発足した加賀染振興協会によるところのものである。この協会の「加賀友禅手描技術者登録名簿」に、「落款」を登録しているものだけを「加賀友禅作家」として認定している。

「落款登録」するには、いくつかの条件がいる。一つは加賀友禅作家の下で修行を7年以上積むこと。そして独立する時、自分の師匠のほかもう一人の作家の推薦をもらい「加賀染振興協会」の「審議会」でその技術を認定されること。こうして初めて「加賀友禅作家」としての「落款」を持つことが許される。

ただ、現在「落款登録者」をしていない、加賀友禅作家の存在も、わずかながら認められる。それは、既存の「協会」のあり方に問題意識を持つ人や、「組織」を離れて自由な作家活動を望む人がいるという証であろう。

京友禅の場合、「作家」にたいする「決め」はないため、誰でも、何でも「京友禅」を名乗れる。変な話インクジェットで印刷したものも「京友禅」になってしまうのだ。だからわけのわからぬ「落款」をやみくもに付けて「消費者」を惑わせたりする品物も多く見受けられる。

上の画像を見ていただくとわかるが、この作品のすごさは「糸目糊置き」の精緻さにある。特に一番上の「童の髪の毛」を見て頂きたい。髪の毛一本一本に糸目を引いているのだ。

「糸目」というのは模様と生地、模様と模様の間に入る白い線のことである。上の画像で言えばこの糸目の白い線を「髪の毛」に使っている。糸目は友禅の技法においてほとんどのものに使われている。(無線描友禅と呼ばれ糸目のないものもある。)

糸目を引くのは「糊」を使って引く。「糊」を天然素材である糯米粉や水、塩などから作られる「糊糸目」と化学剤を調合して作る「ゴム糸目」がある。そしてその「糊」を特殊なフィルムでつくられた筒の中に入れ、その先に「先金(さきがね)」を差込み、そこから糊を抽出して糸目を引いていく。もちろん先金の先の抽出口はものすごく細いものであり、繊細な糸目を引くことが出来るように作られているのだ。簡単に原理を例えれば、「生クリームを絞り出すチューブ」を思い浮かべていただくとよい。もちろん糸目を引くものはもっと小さく精緻に作られている。

こうして気の遠くなるような「糸目糊置き」の作業を一人の作家が行う。もちろん糊置きの後は、これにも増して大変な「彩色」の仕事が待っているが、「糸目糊置き」はその作品の根幹をなす仕事で、その描き方により品物の価値までも決めてしまうものと言えるかも知れないのである。

上の画像は「裾の返し」の部分に付けられた「三番叟」の「小道具」。表にでない隠れたところにまで付けられた模様は、この作品に込められた作家の心憎いまでの気配りとこだわりが垣間見える。「黒留袖」だからこそ映える「童」の「三番叟」の舞は、人が全ての仕事を手仕事として完成させたとはとても信じられないほどの「躍動感」があり、「絵画」ではとても出せないような「立体感」があると私は思う。「由水十久」だけが描くことの出来る世界なのだ。

「三番叟」は「能」や「歌舞伎」「人形浄瑠璃」で「事の始めのおめでたい時」に演じられる題目であるが、、地方の小さな神社などでも演じられることが多い。それは、「三番叟」が「農民」だからであろう。農民の象徴の「烏帽子」をかぶり「扇子」と「鈴」を持ち「五穀豊穣」を寿ぐのである。

「童が舞う三番叟」は描かれている「童」が何とも愛らしい。そして扇や鼓、裾裏の小道具である三番叟鈴(神社の巫女が持っているモノ)、入れ槌、烏帽子が絶妙に配され、いつまでも見ていたいそんなほほえましい仕上がりである。

 

「童」の「三番叟」いかがでしたか?画像で実際の品物を写すことは大変難しく、まして私の稚拙な技術でこの作品の素晴らしさを表すことは無理だと実感しました。

ぜひ本物をご覧になってみて下さい。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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