バイク呉服屋の忙しい日々

現代呉服屋事情

成人式を考える

2013.05 24

私には年頃の娘が三人いる。22歳、20歳、18歳の順に並んでいるが、一人は今春大学を出て就職し、あと二人は大学生である。三人とも家を離れ今は夫婦二人暮しだ。その娘達にここ数年ずっと「呉服屋さん」からの「振袖カタログ」や「展示会案内状」がひっきりなしに送られてきている。「呉服屋さん」ばかりでなく「貸衣装屋」や「写真スタジオ」からも随分来る。DMだけでなく、「勧誘電話」もかなりしつこい。

高校を卒業したと思ったら、「成人式」までまだ2年もあるのに早々と「勧誘」してくる。この「振袖販売」を主な戦略として展開している店は、「一刻も早く販売したい」と、まるで「青田買い」のようなことを厭わず行っているようだ。

「成人式」に「振袖」を着るのが当たり前になったのはいつの頃からだろうか?私が学生だった頃(昭和50年代半ば)は、今ほど「着ていなかった」ような気がするが、はっきり覚えがない。というより当時私や私の周りにいた友人達も「成人式」に出ていないのでわからないのだ。だいたい地方出身の貧乏学生たちは、滅多なことで実家に帰らなかったが、私は、「成人式」がわざわざ帰郷するような、特別なものにも思えなかった。だから「20歳の記念写真」など写してはいないし、「スーツ」さえ持っていなかった。

今春、うちの次女が成人を迎え「成人式」に出席したが、彼女に聞くと同級生の8割以上が来ていたとのことで、女の子はその9割以上が振袖を着ていたと話してくれた。今や「成人式」に出るなら「振袖」は「必須アイテム」になっていると言えるだろうが、私はどうも違和感を覚える。「皆が同じ格好」である必要があるのだろうか?という疑問だ。「呉服屋」が、自分のところで扱っている商品を着ていただく機会がある、ということに疑問を持つなどということは「商売人」として「非常識」かも知れない。だがこの疑問は「呉服屋」としてではなく、「人として」である。

数年前の「朝日新聞の投書欄」に次のような一文を見つけた。確か横浜在住の20歳の女子学生のもので、おおよその内容は次のようなものである。「成人式に出るには、振袖が必要だけれどもそれを買うにしても借りるにしても親に負担をかける。大学の学費だけでも大変なのにこれ以上迷惑をかけたくない。だから私は出なくてもよいが、みんなと同じでなければ出席しにくい成人式とはどういうものか?」

「成人式」を主催する自治体の中には、上記のような「思い」をさせることのないように、「華美な服装はしない=振袖など着てこない」ということを申し合わせている所が以前はあった。今そういうことを決めている所があるか、調べてみないとわからないが、「振袖販売を主とする呉服屋」にとって、もしそういう「配慮」があるならば、大きな問題になるだろう。それは「最大かつ唯一の商いのチャンス」を摘み取られてしまうからだ。

「振袖」はもともと「成人式用の衣装」としてのみ利用するものではない。結婚前の女性の「第一礼装」として扱われるべきものであり、私は「成人式に出るためだけ」に用意するのであればまったく納得がいかない。このブログを読んでいただいている方からは、「ではあなたは、今ほとんどが成人式でしか使わない振袖を売る時にそのような能書きをお客さんに話して理解してもらえるのか?」と言われるだろう。だが「売り手」がこういう意識をどこかに持つことが重要なのではないか。呉服屋が「品物がただ売れればよい」ではいけない。「伝統衣装」である限り、それがいくつかの場面に使えて、次の世代にも受け継いでいってもらえるようなスタンダードな品物だと理解してもらえるよう努力することが、呉服屋としての責任だと思う。「成人式その場限りの振袖」にはしたくないものである。それが「キモノという民族衣装」を次の世代が後に身に着けてくれるかどうかの分かれ目のような気がする。

最後に「思い出に残る振袖」を書きとめておきたい。

もうかなり昔の12月初旬のことである。店に入ってきたのは50歳くらいの男の方で、両手で大きな風呂敷包みを抱えていた。私の前で広げた中から出てきたのは白地に大きな鶴が大胆に飛んだ柄の振袖と金地の御所車模様の袋帯である。

今では少なくなったが、「白地」の「振袖」は昭和40~50年代は珍しくなかった。やはり少ししみや汚れが目立ったが使えないものではない。帯も傷みはなくシワさえ伸ばして仕上げ直しをすれば文句なく使えそうである。

男の方は一枚の白黒写真を取り出した。背景はどこかのお宅の玄関先で撮られたもので振袖を着た娘さんが写っている。画像が白黒なので最初気づかなかったが、その着ている振袖と帯は男の方が持参した品物である。

「実はこれ家内なんです。」 話を伺うと奥様は数年前に亡くなられたという。

「このキモノ、娘に着せたいのですが、出来ますか?」 

娘さんは成人式に振袖を着ることを考えていないらしく、着物のことをこの父親に相談することもなかったようだ。父親が亡くなった奥様の妹さんから「振袖」が家の「箪笥」にあることを教えてもらい、探し出してきたものである。写真も同時に見つけてきたらしい。

私にも小さい娘がいる。この父親の気持ちは痛いほどわかる。これは何とかしなければならない。それも「この白黒写真」の印象をそのまま残さなければいけない。私は次の日そのお宅に伺い、長襦袢や帯〆、帯揚げなど必要な物、おそらくその振袖に使ったであろう品物を探した。「白黒」のため色がわからないが、使ったと思われる朱色の絞りの帯揚げと丸ぐけの帯〆が見つかる。その当時袖は今より少し短めのいわゆる「中振袖」であったが、それ用の襦袢もあった。これで、あとは寸法を直し、しみ汚れをきれいにすればよい。幸い身丈や身巾はあまり変わらず裄直しだけでよさそうだ。

「これ、娘さん使えますよ。立派なものですよ。」と話したときのご主人の嬉しそうな、本当に心から嬉しそうな顔が忘れられない。

成人式を終えたあと、娘さんの写真を見せていただいた。

そこには、白黒写真の奥さんがカラー写真になって戻ってきたような、本当によく似た娘さんの姿があった。

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました。

なおブログ更新は毎週火、金、日曜日の予定です。  

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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